31 菖蒲と父と兄
殺施王での公開処刑が行われた後の後宮は、表面上はいつも通りだった。そもそも普通に過ごしているだけでは由貴妃に遭遇することもない。皆それぞれ思うことはあったと思うが、処分を恐れてかそれに関する話題を出すことはなかった。
菖蒲には、さすがに休みを取らせた。一気に主人と息子を処刑された実家の母、そして兄嫁の容態が気になるだろう。しばらく戻ってこないかもしれないと思ったが、予定された日数よりも早くこちらに戻ってきた。
「もう帰ってきて大丈夫なの?」
「しばしのお暇、ありがとうございました。父の形見を母に渡して来られましたので、十分です」
「形見?」
「実は……父がこうなるだろうことは、事前に本人から聞いて知っていたのです。その時に、父から預かっていたものがありまして」
彼女は父親と会っていた。以前、官舎に行くと言って登龍殿から離れていたことがあったが、その時だったということだった。
「……止めなかったの? 御前会議で国王陛下と由貴妃を糾弾する、なんてこと」
「父の狙いは、『事を大きくすること』でした。内々で排除しようとしても潰されてしまう。大衆にこの危機を広く知らしめることで、社会を動かそうと。もちろん、賛否は分かれることでしょう。ただ、これを受けて国のために動いてくれる者が現れればいい、それが大きな波になれば、国王にも由貴妃にも止められなくなるから、と言っておりました」
「はじめから、そのつもりだったのね」
自分にも、何かできることはあるだろうか。
『この国はヤバい』と思った。
ただ思っただけで、結局彼らの処刑を止めるために自分がしたことは何もない。ただ『自分は無力である』と思って、行動すらできなかった、いや、"しなかった"のだ。
私は無力というよりも、それよりもさらに下のーー自分がただの傍観者でいてしまった無能さを、ひしひしと感じていた。
「お母様と、お兄様の奥様の様子はどう?」
「母は、憔悴はしていますが、なんとか。兄嫁の方は、今は絶対安静にとのことで」
「改めてお見舞いを贈るわね。他に何かできたらいいんだけど」
「そんな、お気持ちだけで……。あ、でもあの。もし、できたらでいいんですが」
「なに?」
「暫くしたら、その、兄がこの後宮に入ってくるはずです。罪人扱いなので最下層からと思うのですが、何かあったら、その、助けになっていただけたら……」
女官でも宦官でも、新入りいじめは後宮では定番だ。何より、あれだけ公衆の面前で尊厳を奪われた師団長だ。あのことをネタにからかわれたり、蔑まれたりするだろうことは想像に難くない。元々が地位の高い人間だったため、より一層、日頃の鬱憤を晴らしたい人々の格好の餌食となりやすいだろう。
「ええ、わかった。何かできることはないか、考えてみる」
今、自分自身がこの後宮内で権力があったり、顔が効くわけではない。素の自分だけで何かができるとは、到底思えなかった。だが、王太子殿下なら、黎なら、何か力になってくれることもあるかもしれない。利用するようで申し訳ないが、彼らの力を貸して貰えるよう頼んでみようと思った。
それはそうと、殿下はあの処刑の日以来こちらに顔を見せていない。話したいことは沢山あるというのに、待っていたら数週間も経ってしまっていた。
私は話は変わるんだけど、と断ってから、菖蒲に問いかけてみた。
「ねぇ、私しばらく殿下とお会いしていないの。こちらから向こうに伺おうと思うんだけど、道順を教えてくれる?」
「道……? それならお越しいただけないか打診してみましょうか?」
「なんか待つのも面倒くさくなっちゃって。まだ日も高いし運動がてら歩いて行ってみるわ。貴方は帰ってきたばかりだし、今日は休んでいていいわよ」
半ば強引に場所を聞き出し、殿下の処へ徒歩で向かうことにする。本当は一人で行きたかったが、道中何かあっては困るということで同伴の宮女を一人付けられて出発した。
妃の身分になると一人で行動することが難しくなる。これはなかなかに動きづらいな、と改めて思った。




