【キスフレ改めて、恋人以上夫婦未満と言う関係性で】
スーパーからの帰り道。あたしは荷物を3つ持っていた。1つはお財布が入った斜め掛けの鞄。もう二つはスーパーで買った食品や飲み物。そのうちの一つを右肩にかけ、もう一つを左手に持っていた。だから、あたしの両手は塞がっている。そんなあたしに用がある人なんていない。
いつもと同じ様に、スーパーを出て歩き、あと少しで近所の公園に着くという所で、突然、腕を掴まれた。普段、そんなことをされないあたしは驚き、戸惑う。だけど、あたしの腕を掴む、その手に、強引さはない。だから、あたしは振り返り、その手から逃れようとは思わなかった。だって、あたしの手を掴んだ男の子はあたしより年下で、凄く真剣な顔をしていたから。
「あの……、なにか?」
もしかして、何か落としたのかと思った。だから、あたしの事を引き止めたのかもしれない。そうあたしは勝手に理由を付け、その男の子に話しかける。すると、男の子は、あたしの顔を数秒の間見つめてくる。それが、なんだか、ただ単に引き止めただけじゃないと伝わってきた。そして、あたしが言葉を発しようと口を開くよりも先に、男の子の方が先に口を開いた。
「あの……! いつも、ここで見かけていて……。貴女の雰囲気が忘れられなくて……」
「はぁ」
その言葉にあたしの口から間抜けな声が漏れた。そして、まだ何か言いたそうに、モゴモゴと何か言っている。そして、その間ずっと、あたしの腕を離してくれない。
(重い……、なぁ……)
スーパーで買った物が重い。歩いている間はそんなに感じなかったが、こうして立ち止まっていると、その重さのみを感じ、より重く感じる。だから、本当は、もう男の子の話を聞かないで、ここから立ち去りたくなってきている。だけど、その男の子があたしの腕を離してくれない。そして、男の子の手を振り払うのもなんだか悪いような気がする。だって、男の子からしたら、あたしに伝えたいことがあるからこうしているんだから。だから、あたしは公園の中に目を向けた。そこにはちょうどベンチもある。荷物も置ける。少しだけ、休める。スーパーで買ったものも、直ぐ様冷やさなければならない物もない。
「とりあえず、公園のベンチに座らない?」
あたしは男の子にそう声をかける。すると男の子は、嬉しそうな顔をしたと思ったら、直ぐ様、顔色を変えた。
「はっ、すみません。荷物、持ちます!」
男の子はそう言って、あたしが持っている荷物を持ってくれた。荷物が斜め掛けの鞄だけになり、あたしは身軽になる。
「ありがとう」
そう言って、ベンチに座ると、その男の子は「ちょっと待っててください」と言い、公園の外にある自動販売機に行き、飲み物を買ってきてくれた。
「どうぞ……」
そう言って渡されたのは温かいホットチョコレートココア。それはあたしが冬になるとよく飲む飲み物だ。それを知っているのは、あたしの家族と友達だけ。今日初めて会った男の子にそれを渡され、あたしは少しだけ固まった。
「なんで……、あたしの好きな──」
「ずっと、見てたから……貴女の事を……、架純さんの事を」
あたしの好きな飲み物、そして、あたしの名前まで知ってる男の子。だけど、あたしは男の子は全く知らない。その男の子はあたしの反応を気にせず、こう言葉を続けてくる、真剣な表情で。
「ボク、貴女の事が、架純さんの事が好きです……。ずっと前から……、架純さんの雰囲気が忘れられなくて……」
「あたしの事……、知ってるの?」
「はい」
その返事は自信に溢れていて、当たり前と言っているように聞こえる。そして、こうも言い換えられる気がした。
“忘れるわけない”
その返事からそう受け取ったあたしはジッと男の子の顔を見つめる。数秒の間見つめている、なんだか懐かしい気持ちになってきた。だけど、それ以上、思い出せない。だけど、なんとなく懐かしい気持ちになってきた。そして、ふとこんな台詞が浮かんできた。
“斗環……、なにするのよ……”
その浮かんできた台詞と一緒に浮かんだ、イメージの中であたしは口元を押さえ、赤面していた。
「斗……、環なの?」
あたしの口から出てきた名前に、その男の子は嬉しそうに、あたしに近づいてくる。
「そうです! 思い出していだだけましたか?」
そう言って、あたしの口元に鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅いでくる。
「ちょっと……、近い……んだけど……」
名前を思い出したと言っても、きちんと思い出したわけではない。だから、あたしにとっては恥ずかしく感じる距離だ。
「やっぱり……あの時と同じだ。ちょうだい」
「へ?」
その台詞が何故か、先程思い出した台詞とリンクした。
そして、斗環はあたしのいきなりキスしてきた。その行為に驚き、唇が少しだけ開いたあたしの口内にあるクリアミント味のガムを奪い取って離れていった。
「仄かにクリアミント味……」
そう言って、平然とあたしが噛んでいたガムを噛んでいる。
「ちょっ……と、……──」
だんだんとあたしの声は小さくなり、手で口元を押さえていた。
「やっぱり架純はあの時から変わらないね。同じ反応だもん」
そう言う斗環の顔を見ているとだんだんと思い出してきた。斗環はあの時も、あたしが舐めていた飴を同じ様にして奪った。
「いつ、帰ってきたのよ……」
「二、三週間位、前……かな」
「そう……」
斗環の顔を見ていると、ぼんやりと思い出す。幼い頃、とても仲が良かった男の子の斗環。斗環とは5才離れていたが、よく一緒に遊んでいた。そして、あたしが10才になったときに、外国に行ってしまった。
あたしが斗環をぼんやりと見つめていると、斗環があたしに向き直り、こんな台詞を言ってきた。
「小さな頃からずっと言ってきた言葉をもう一度、言わせて」
そこで一度言葉を区切り、斗環が深呼吸した。
「ボクと付き合って下さい」
「えっ……」
「えっ……、じゃないよ。ずっと言ってきたじゃん。架純がずっと断り続けてきたんだよ。斗環が大きくなったら考えてあげるって」
確かに言った。あの時のあたしは10才で、斗環は5才。そして、今は、あたしは28才、斗環は23才。確かに、お互い成長した。だけど、いきなり告白されても困ってしまう。
「まさか……、付き合ってる人──」
「居るわけないでしょ! 居たら……、あんなことしない……」
思わず、反射的に返してしまった言葉。それなのに、斗環はなんだか、嬉しそうにあたしを見つめてくる。
「それじゃあ、ボクと付き合おうよ。キスフレ以上、恋人未満っていう関係性で」
「キス……フレ……」
キスフレンド。聞いたことがある言葉。だけど、付き合うのに、恋人未満と言う言葉にあたしの頭が混乱してきた。それを察知したのか斗環は「架純の家に行こう」と言い、あたしが持っていた荷物を全て持ち、歩き出す。
「あたしの家……、知ってるの?」
「知ってる……架純のお母さんから聞いてるから」
(お母さん……)
その言葉を聞いて、大事なことを思い出した。
“これで、家族になれるわね華子”
“えぇ、羽未”
この台詞はあたしの母と斗環の母の台詞だ。
「まさか……」
あたしの呟きに、斗環が「やっと思い出してくれた?」と嬉しそうにアタシの耳元で囁く。
「アノ約束を……」
「そうだよ。叶えに来た」
そう言う斗環は嬉しそうに囁き、アタシの耳にキスをする。
「だって、ボクはずっと架純と一緒にいたいし」
そんな台詞を大好きな人に言われるのを密かに憧れていたあたし。それを言ったのは、幼い頃によく遊んでいた男の子。そして、成長して帰って来てあたしを見つけ、あたしが密かに憧れていた台詞を言う。あたしが一人頭の中で様々な事を思い出していると、いつの間にか家に着いていた。
「こんにちは塔野さん、皇です。皇斗環です」
チャイムを鳴らし、少し待っていると母が出てきた。
「はい……、まぁ、斗環君なの? 大きくなったわね」
「ご無沙汰してます」
「あら、架純……お帰り」
「ただいま……」
母はあたしより斗環と話に夢中になっている。そして、その会話の中から気になる台詞が聞こえてきた。
「うまくいったの?」
「はい」
「ちょっと……、どういうこと?」
あたしがワントーン声を低くする。
「理由なんて、どうでもいいのよ。こうして、羽未と家族になれることが約束されたのよ。私は嬉しいわ。今日はお赤飯よ」
とても機嫌良く、家の中に消えていく母。それを呆れた表情で見るあたし。
「諦めたら? 架純に拒否権なんて元々無いんだよ。ボクが男の子として産まれ、架純が女の子として産まれたときからね」
その台詞を聞き、あたしは固まるしかなかった。そして、再び、斗環があたしの耳元で囁く。
「と言うことで、今日から恋人以上、夫婦未満と言うことでよろしく」
その囁きにあたしは赤くなり、固まるしかなかった。
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