炸裂、閉鎖空間のチョーク
そこは閉鎖された王国だった。
国が定め、王が評価した文だけが王国にあった。
学問だけを重視し、娯楽は捨てられている。
──タロスはその国のチョーク売りであった。
「チョークをいらないかぁ、よく書ける、ハヤいチョークだぞぉ」
フラフラとした足取りと品のない言葉は、彼が良い階級出身でない証だ。
道行き交う人々は彼をいない者として扱う。
「ハヤいよぉ、学問の嗜みになるよぉ」
タロスは路地裏をチラッと覗く。そこにはお得意さんが隠れるようにいた。
大金を受け取り、タロスは路地裏から出た。
彼は上を見上げた。壁に覆われ、国の外の景色は見えない。
タロスは、国の外を知らない。
学問に支配されない国があるだろうか。タロスは度々妄想した。
妄想だけが、タロスの数少ない娯楽であった。
また新たなお得意さんにチョークを見せつける。
「こんだけかぁ、足りないなぁ」
「頼む、そのチョークがないと生活がガタつくんだ!」
タロスは背の高いお得意さんを見上げ、見下した視線を送る。
「仕入れる為に苦労してるんだぁ、シケた金じゃぁ渡せねぇなぁ」
「うぉぉぉっ……」
「金がないなら去るぜぇ、あばよぉ」
「チッ……いい気になりやがって!」
男は懐に入れていた手を抜き出した。
──巡回していた憲兵達が、路地裏からの悲鳴を聞きつけた。
「何をしている!?」
二人の男が取っ組み合った現場に憲兵が駆け寄る。
男たちは憲兵を見るなり、急いで逃げ出した。
「待て!! ん……?」
憲兵の一人が道に落ちたチョークを目にし、拾い上げた。
「これは……?」
「鑑識に回せ。この王国に出回っている“チョーク形の麻薬”かもしれないぞ」
憲兵たちは、男二人を追跡した。
──タロスは腹を抑えて下水道を歩く。
ナイフで刺され、血が止まらない。
下水道を流れる紙を目にした。駄文であり、ここに投げ棄てられたのだろう。
「ハァ……ハァ……俺もぉ、アレと一緒になるのかぁ」
タロスは残ってたチョークを握りしめる。
「ハァ……ハァ……いい鉛筆でぇ……机の上でモノを書いてぇ……いたかったなぁ」
タロスは力なく腰を落とし、下水道の天井を見上げながらチョークを噛み砕いた。
「こんな場所でぇ……こんな国でぇ、死にたくねぇよ……」
──ある少年が、道に落ちたチョークを拾った。あまりに白く、不気味にも感じた。
少年は喜んだ。ちょうどチョークを切らし、今すぐ替えが欲しかったからだ。
試しに持っていたバインダーに書き込んでみる。
そのチョークは、全然何も書き記すことが出来なかった。
「使えないです!!」
少年はチョークを投げ捨てた。
いい文を、学問を書かなきゃ。少年は真面目で、それ以外を知らなかった。