ありふれた異世界転生には興味ない
『ありふれた異世界転生には興味ないんだよな』
『ただでさえ現実逃避なのに王道に手厳しいな。ありふれてないよ異世界に転生なんてのは』
I
思い出したのはそんな会話だ。他愛ない日常の断片、微笑ましくなる程に無知で幸せな僕たちがそこにはいて。あまりにも場違いな思い出だった。
いつまでも浸っていたいそれから目覚めさせるかのように喉から込み上げてくる衝動を吐き出す。
『───ッゴプ……ッ』
赤黒い色が無機質な石の床を彩る。生々しい音と共に口端からポタポタ滴れる液体の感覚に慄然とする。肉体とは裏腹に回転数を上げる思考回路、床に広がる血溜まり、周囲に漂う鉄臭さは鼻を突き、僕の心を折るには充分過ぎた。
膝から崩れつつも震える手で重い身体を必死に支え、肩越しに見た光景。
おびただしい量の赤黒い液体がこちらまで続いていた。
それは権力者を導く赤い絨毯の如く。ここが終点だと言わんばかりで。
『う……嘘だろ───。』
───これ全部、僕の血……。
震える声は最後まで続かない。心臓の奥が凍える感覚に力が入らず血溜まりに身体が落ちる。
ベチャという生々しい音が耳を突く。
鉄くさい香りで鼻が痛い。気持ち悪い。五月蝿いな耳鳴り。
そうだ、アイツは。
霞む視界で捉えた友の姿は凄惨そのものだった。暴力の嵐に晒されていた。
右肘の先がなく、背に刺さるナイフが数本、血溜まりに沈む全身は真っ赤で目を背けたくなる程に酷い有様で。
そんなの、まるで僕だ。みっともない姿を晒すのは僕のキャラだろう。お前じゃないだろう。お前はいつも余裕があって……いつも……。
もう頭の中にも言葉は浮かばない。ただでさえ霞む視界は涙で滲む。海の底にいる気分だった。
自分の命が零れているのを感じながら、震えた声は僕の純然たる想いだ。
『───て……』
生きて───。
せめてお前だけでも。たとえ絶望的だとしても奇跡でもなんでも起こして。
『畜生ォ……生きてくれよ』
掠れた声。動かない友人。背後に気配。金属の擦れる音。
死ぬ際、耳が最後まで生きているという記事を何処かで読んだ。
最後に聞いた声。
それは真っ暗になる視界で、輝いて見えた気がした。
───さようなら、少年。死んでくれ。
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