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僕らのジャンプ争奪戦争

作者: 熊出

「行っちまったなー」


 智也が窓の外を眺めて言う。


「急な転校だったよな」


 新一が沈んだ表情で言う。


「これからどうしよう」


 大輝が悩むように言う。

 三人共、転校した友達のことを考えていた。

 主に、転校した友達の家のことを。

 理想的な環境だった。ゲームはある。漫画はある。お菓子とジュースは出てくる。

 放課後のパラダイスだ。

 そのパラダイスは遠くへ行ってしまった。手の届かない場所へと。


「とりあえず俺、ジャンプの続き読みたい」


「定期購読してるのあいつだけだったもんな」


「ドラゴンボールあの後どうなるんだ……? アニメ放映なんて待てねえよ」


「俺コロコロも買うからジャンプ買う余裕ないんだよね」


 沈黙が漂う。

 ジャンプは本屋のレジの横に一冊だけ並んでいる。立ち読みを拒むように。


「良いアイディアが出たぞー!」


 そう言って近づいてきたのはこの四人の中でのリーダー格、健二だ。


「良いアイディア?」


「なんだよ、なんか名案を思いついたのかよ」


「名案も名案。まあ聞いてくれよ」


 そう言って、健二はノートを広げる。

 月のジャンプの購入代金を四人で割った額が書かれていた。


「四人で金を出し合ってジャンプを買うんだよ。そうすれば一人あたりの負担は少ない」


「なるほど!」


「そりゃいい案だ」


「それならコロコロとも両立できるな」


「どうせならコロコロも四人で出し合ってもいい。お菓子とかもこれである程度は食える」


「さすが健二だぜ。お前についてきて良かった」


 そう言って、新一が感動した様子で手を差し出す。健二はそれを、しっかりと握った。


「じゃあ、ジャンプ買う当番を決めよう。学校帰りに買っとかないと売り切れちまうからな」


「そしたら自転車で三十分は走らなきゃいけないからなあ……」


「俺、通学路が本屋の近くだから買えるよ。俺が買うよ。」


 そう、智也が言う。


「よし、金は智也に預けよう。月が変わるたびに智也に金を預けるんだ」


「はー、これでドラゴンボールの続きが読める」


 大輝が大きな腹を擦って安堵したように言う。


「とりあえず当面はこの作戦で行くぞ!」


「おう!」


 四人の心には結束があった。


「ねーねー、男子ぃー。なにしてんの?」


 クラスメイトの栞が話しかけてきた。


「うるせえ! 関係ねーよ!」


 これは男子の間の秘密なのだ。女子は混ぜるわけにはいかない。

 何故か理由のない性別間の衝突が、この頃よくあった。


「そ、ならいいわ。べーっだ」




「ドラゴンボール終わっちまった……」


 大輝が肩を落とす。


「GTってアニメやるらしいからそれで我慢しようぜ」


 季節が少し巡った。健二達は変わらず過ごしている。

 そして、また少し、季節が巡った。


「ジャンプ売り切れてたぞ……」


 朝の学校で、智也が唖然とした表情で言う。


「なんでだ? 遅れたのか?」


 健二は、知らず知らずのうちに少し責めるような口調になった。

 智也は少し小さくなる。


「いや、いつも通り行った。レジの横になかったから、在庫を出してくれって言ったら、もうないって」


「なんでだ? 毎週の購買者数は確保してるはずだ。急に、買う奴が増えたのか?」


「中学校の近くだからな、本屋。昼休みとか暇な中学生が買ったのかもしれない」


「今週は俺が自転車三十分コースで行くよ。来週売り切れてたら……その時は相談だ」


「わかった」


 智也の提案に、健二は頷く。

 そして、翌週がやって来た。

 ジャンプは、なかった。


「誰だ! 誰だジャンプを買い始めた奴は!」


 大輝は発狂せんばかりだ。


「智也、誰が買ってるか聞いてないのか?」


「覚えてないって誤魔化された。床屋で読めるっちゃ読めるけど」


「お前は毎月床屋に行くのか?」


「行かないけど……」


「くそ、低学年のガキか? 誰だ? 見つけたら吊し上げてやる」


「ちょっと落ち着け大輝。クールダウンだ。とりあえず今週は交代でジャンプを買いに行こう。そして、来週、犯人を見つける」


「そうだな……」


「くそ、許せねえ。俺達のジャンプを!」


「だから大輝はちょっと落ち着けって。こえーよ」


 怖いと言われて流石に堪えたようで、大輝は黙り込んだ。




 翌週、帰りの会を欠席して、四人は本屋で立ち読みをした。

 目立たないようにばらけている。小説コーナーに回された大輝は暇そうにしていた。

 そのうち、店の扉が開いた。


「おばちゃーん、ジャンプある?」


「はいよ」


 そう言って、店主はレジの横に並んでいるジャンプを差し出す。


「待て!」


 健二が言って、四人が並んで購買者の前に立った。

 ジャンプを買おうとしているのは、栞だった。


「どういうことだ、これは!」


「女のお前がなんでジャンプ買うんだよ」


「るろうに剣心読みたいもん」


 栞は平然としている。


「お前りぼん派だろ。そんな金銭的に余裕はないはずだ!」


「ふふ……」


 栞は妖しく笑う。


「ジャンプを買ってるのが私一人だけだと思ってたの?」


「まさか……」


 健二は、ある考えに辿り着いていた。けれどもそれは、あまり想像したくない結論だった。


「そうよ。貴方達の分担購入システムは、学校の中でブームになってるの! ジャンプがなくなったのも、ジャンプを買うグループが増えたからよ!」


「くそ、真似しやがって、卑怯だ!」


 大輝が憤慨したように体を震わせる。


「待てよ。俺達四人しか知らないシステムがどうして学校中のブームになるんだ?」


 健二は不思議な思いで言う。


「そこの馬鹿三人が言いふらしてたのよ」


 馬鹿扱いされて、三人はぐうの音も出ないようだった。


「まあこのジャンプは私が貰っていくから、皆は来週に期待したら? じゃあね!」


 そう言って、栞は去って行った。


「なんでバラすんだよ……」


 健二は三人を睨む。せっかく、良いアイディアだったのに。


「話題にぽろっと出たっていうか」


「そう、ちょっとぽろっとな」


「親に訊かれて、それを弟に話したりな」


「俺達独占できないじゃん」


 沈黙が漂う。そのうち、健二は苛立ちのあまりに、智也を殴った。


「やりやがったな!」


 智也が殴り返す。

 そのまま、乱闘。


「騒ぐなら出ていきな!」


 店主が言い、追い出される。大人の力には敵わない。

 そして四人は、本屋の前で立ち尽くした。


「ふん」


 そう言って、智也が去って行く。その後に、新一が続く。

 大輝はしばらくどうしたものかと悩んでいたようだったが、沈黙に耐えかねて去って行った。

 後に残った健二は、その場に座り込んで、深々と溜息を吐いた。




 翌日の朝だった。昨日は帰りの会をサボった件で親にたっぷりと絞られた。

 健二が大声を上げてクラスに入って来た。


「お前ら!」


 散って席に座っていた三人は、気まずげに健二の元に集まっていく。


「良いアイディアがある!」


 健二は、声を落として言った。


「なんだ?」


「母さんに買って貰うんだ。買い出しのついででいいなら買ってくれるって」


「なるほど、それなら帰りの会をサボる必要もない!」


「流石健二だぜ。任せておいて良かったよ」


 大輝が調子のいいことを言う。


「けどお前ら、これを言いふらすなよ。今度こそ水際作戦だからな」


「わかった」


 三人は頷く。そして、散った。

 そして、帰りの会が終わった。栞が、数人と目配せをして、教室を出る。

 その前に、健二達は立ちふさがった。


「どいてよ、私、用があるの」


「さあて、君の愛しのジャンプちゃんは今頃残ってるかなあ……どう思う、智也?」


「非常に怪しいと思うね。だろう? 大輝」


「そうだよ。僕らの勝ちだ。デュフフ」


「何か企んだわね……!」


 舌打ちして、栞は駆けていった。


「ははは、勝者の愉悦とは良いものだなあ」


 新一が満足げに言う。


「今日は健二の家でジャンプ読書会と行こうじゃないか」


「ああ、そうしよう」


 そう言って、四人は満足して帰路に着いた。




 翌週、健二は神妙な顔で教室に現れた。


「作戦が破られた」


「はやっ!」


 智也が落胆に肩を落とす。そして、言葉を続けた。


「ジャンプは元々売り切れが早かったけれど、これは異常だな」


「皆親にジャンプ買ってもらってるんだよ。親からもらった金を親に渡してパシらせてジャンプ買ってるんだよ。ガキが大人を使う時代なんだよ」


 大輝が念仏のように呟く。


「どうする……?」


 新一は躊躇いがちに言う。

 これでは、毎週自転車三十分コース確定だ。


「ふふ、落胆してるようね、悪戯キッズの皆」


 そう言って現れたのは、栞だ。


「私は今週のジャンプ確保したわよ。貴方達はどーう?」


 沈黙が流れた。

 栞の高笑いが響く。


「来週こそそっちに落胆させてやるぜ。俺は親に朝一で本屋に並んでもらう!」


「朝一でですって……」


 栞が驚愕したように言う。


「ええ、じゃあこっちもパパに朝一で並んでもらうわ。貴方達だけには負けない!」


「お前だけには負けるもんか!」


「勝負よ!」


「勝負だ!」


 そう言って、栞は自分の席についた。

 その日の晩。親にいい加減にしろと言われて健二は叱られた。


「けど、母さん。これには女子との対決がかかってるんだよ!」


「母さんは貴方の奴隷じゃないの。やること沢山あって忙しいんだから。もうその話はおしまいね」


 道は絶たれた。




 その日の晩、夕食後に散歩してくると言って、健二はあてもなく彷徨い歩いた。

 近くの、公園に出た。

 ブランコに、少女が座り込んでいる。

 栞だった。

 同じマンションの住人だ。行き場が重なるのもやむないことだった。


「何してんだよ……」


「パパに叱られた。いい加減にしなさいって」


「へ、ざまあみろだな。来週からは俺達がジャンプ確保組だ」


「そうね、そうなんでしょうね」


 栞は、悔しさを噛み殺すように、淡々と言った。

 それを見ていると、健二は、男女間の争いなんてどうでも良くなってきた。


「嘘」


 そう言って、栞の隣のブランコの上に立つ。


「え?」


「俺も親に叱られた。いい加減にしろって」


「なんだ。じゃあ同じ立場なんじゃない」


 栞が、滑稽そうに笑う。

 健二は立ち漕ぎで、勢い良くブランコを揺らした。

 照れを、誤魔化すように。

 そして、ある程度心の決意が固まると、その上から飛び降りて着地した。

 その後頭部に、勢い良く揺れるブランコがぶつかる。


「いてて……なあ、俺達今までいがみあってきたが……自転車三十分コースを避けるためなら、協力できるんじゃないか?」


 健二の申し出に、栞は目を輝かせた。


「いいわ。協力しましょう」


「おう」


 ここに、小さな戦争は終わった。

 今日は健二達の終戦記念日だ。


 翌日、健二の仲間である三人は不平の声を上げた。


「月の徴収額上がるのかよー。何買うんだよー」


「りぼんとちゃお」


「は?」


 健二の言葉に、三人共唖然とする。

 その後、なんだかんだで少女漫画を読んだり少年漫画を読んだりと、本の貸し借りが健二達の間で流行ったのは余談である。





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