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ロストSavior  作者: TNO
8/13

008 塔への帰還

 息を切らしながらもダイスは必死に走った。


 まるで角を曲がるとそこにあの化け物が待ち伏せしていそうな感覚に、軽くパニックを起こしていた。呼吸は早くなり、肺が悲鳴を上げる。まずこの建物を脱出して、塔へ情報を持ち帰らなければ。無我夢中に廊下を走り続けると、階段を発見する。表記には地下四階と記されていた。酸欠になりかけている自分の体に鞭打ちながら階段を上る。

 地上階に辿り着くと、豪華なロビーに出る。床や壁、全て大理石で作られたロビーは長い年月を経てもその輝きを失ってはいなかった。あまりに体に無理をさせたせいか、ここで休む事にした。ロビーの中央に佇む立派な柱にもたれ、息を整える。

 成るべく多くの酸素を取り込み、体を落ち着かせる。天井を見上げると、映った光景に思わず息を呑む。


 美しい夜空が、そこには広がっていた。


 まるでそのまま切り抜いたかのような絵画が天井を埋め尽くす。半球型の天井はまるでプラネタリウムの様に立体感を感じさせる。

 塔の中で過ごしていたダイスは夜空を見たことがない。もちろん、任務で外に出る事もあるが、夜はミュータントから隠れる時間帯。決して夜空を見上げて、眺める余裕などないのだ。例えそれが仮初であっても、ダイスに感動と落ち着きを与えるには十分だった。

 もし、別の状況で訪れていれば、もっとじっくりと食事でもしながら眺めていたかもしれない。


 「さて、そろそろ行くか」


 大分呼吸が回復し、僅かながら体が軽く感じられる。夜空の絵画を見たことによって、精神安定の効果もあったのかもしれない。


 「この程度なら、塔までなら持ちそうだな」


 軽い足取りで豪華な建物の入り口から外へと出る。


 建物を抜け出し、ニーナという化け物から逃れる事に成功した。だが、外にもミュータントはあらゆる場所に潜んでいる。


 「一難去ってまた一難……幸いまだ昼か」


 本来は、不用意に暗闇や建物に入らなければ、そうそう出会う存在ではない。昼間ならば、比較的ミュータントに出くわさず行動が可能である。ニーナが異例のミュータントなのだ。

 周囲を確認して位置を探ると、かなり塔に近いことが判明した。公園と塔の丁度中間辺りだろうか、距離は分からないが正面の道を進めば塔は目と鼻の先である。この程度ならば、今の体力でも十分辿り着けるだろう。行動を決めたダイスは早速走り出す。時折車や障害物が邪魔するが、それらを軽々しく飛び越えていく。


 (アドレナリンか、それともランナーズハイと言うやつか?体が妙に軽い、幾らでも走れそうダ!)


 予想よりもかなり早く塔の入り口の前に立っていた。僅かに肩を上下させながら内部への連絡用のボタンを押す。少し間を置いて、向こうから警備兵の声が返ってくる。


 「誰だ?」

 「詮索部隊のブラボを率いるダイスだ。フレイ陛下二……ジョウ報?そう!情報ヲ持ってキタ」

 「……今扉を開ける、少し下がってろ」


 何故か、報告の途中でダイスは自分が何を報告するのかを忘れかけた。重要な任務を忘れるとは――。


 (そうイエバ任務ってナンダッケ?)


 考え込んでいると、何時の間に開いたのか、中から散弾銃を持った警備兵が二人出てくる。出迎えがいるのは珍しいが、意にも介せずダイスは歩き出す。


 散弾銃の重い発砲音が響き、ボトリと後ろに何かが落ちる音がする。


 物音の正体が気になりダイスは後ろを振り向く。すると、そこには禍々しい化け物の腕が地面に落ちているではないか。一体何故このような場所にミュータントの腕が?


 途端に、自分の左腕から耐えがたい痛みが走る。


 「う、ウゴアアァア!」


 右腕で痛む腕を押えようとするが、あるはずの場所に左腕が無い。違和感を覚えたダイスは、初めて体の異変に気付く。右腕は大きく膨れ上がり、以前の数倍の太さになっていた。血管は膨張し、脈打つ度に波が皮膚の上を伝う。これではまるで汚染され、ミュータント化しているみたいではないか。


 (ナ、何故?マスク、付ケ……ッ!)


 疑問が生じる。そう、マスクを付けていた自分は汚染するはずがない。では何時から汚染していた?気絶している間にニーナに何かされたのか?だが、あの時に汚染されたならもっと早く症状が出ていたはずだ。ならば何時だ?

 痛みにより思考が途切れそうになりながらも、必死に思い返す。

 今思うと、ニーナの行動にも不可解な点が幾つかあった。死体に話しかけ、あの部屋以降追跡せず、死体のフィルターだけ取り忘れ――。


 (フィルターッ!)


 丁寧に自分の装備とフィルターを全て奪った彼女が、まさか死体のフィルターを取り忘れるだろうか?答えは否である。そこでマスクに何らかの細工がされていた事をダイスは悟る。そして、警備兵が散弾銃を自分に向ける訳も。


 「ア、ァァアアア!オレハ――」


 ダイスの体には、発砲音と共に穴が腹と胸に空けられた。巨大化していたそれは体を地に伏せ、息絶えた。赤い血溜まりが徐々に広がり、地面を汚す。


 「まったく、面倒ごと増やしやがって。元同僚を殺さなきゃならない俺たちの身にもなれってんだ」

 「ほら、ごちゃごちゃ言っていないでさっさと袋に入れて運ぶぞ」

 「……大体これを何に使うってんだよ」

 「レッドラスト対策の研究だって聞いたぞ」


 警備兵は持ってきたビニール製の袋に遺体を入れて、チャックを閉じる。それなりの重さに膨張していたそれは、二人係で塔の中へ運ばれる。




 取り外した狙撃銃のスコープ越しに、一部始終を見ていたニーナは関心して口笛を鳴らす。


 「ひゅー、あそこの人間は相変わらず容赦ないにゃー。それにしても――」


 彼女にとってもこの結果は意外だった。まさか彼が完走するとは想定外だったのだ。今まで捕まえた奴は皆、塔に着く前にミュータント化して目的を失い、街中に消えるが殆どだった。中には逃げずにニーナの大人しく帰りを待った者たちもいたが――。


 「にしし、でもどっちにして結果は同じか」


 ついつい思い出し笑いが漏れる。


 「さて、アレはあたしへの何らかの警告かな?それとも偶々こちらに来てしまっただけなのか……うーん、面白くなってきたにゃー!」


 見世物が無くなった少女は、考えを巡らせながら屋上から退出した。




 ・・・




 リビングにはソファに拘束されながら座るシオンを除いて、全員が呆れた表情をしていた。

 

 「もう一度聞くが、それがお前の知る全てなんだな?」

 「もう、何度もそう言ってるじゃない!」


 何度も繰り返された問答に対して、彼女は眉を寄せながらも答える。

 溜息が全員から漏れる。その反応にシオンは一層不機嫌になる。


 彼女から聞き出した話を要約するとこうだ。


 ある日、目覚めて外を見たら国が滅んでいた。何が起きたか分からず、混乱したまま街を散策していると印が付いてるセーフハウスを見つける。するとその印を頼りにセーフハウスを巡り歩き、何とか今日まで生きてきた。そこで、ここに来たら偶然にもコメット達に出会った。そして、今に至ると……。


 全てが無茶苦茶で、作り話なのは誰が聞いても明らかである。酷い頭痛を感じ、顔を手で覆うが、コメットは尋問を進めることにした。


 「仮に君の話が本当だったとしよう。ならば君はどうやってミュータントを避けてきた?」

 「あんなの夜に出歩かなければ大体大丈夫でしょうが」

 「確かにそうなんだが……じゃあ、救世主とやらは何だ?」

 「それは私がそうなんだって、パパとママが言ってた」


 新しい情報にコメットは顔を上げる。生きているならばその両親は塔の人間だろうか?許されることではないが、もし彼らが少女を外に捨てたのならば、それなりに辻褄は合う。


 「その両親は今どこに?」

 「多分死んでる」

 「多分……?」

 「分からないの……でも多分ここでは長く生きられないから」

 「そうか……」


 これ以上の追求は無駄と判断して、尋問を切り上げた。もし彼女の両親が塔の人間ならば、シオンという名を塔のデータベースで調べれば何らかの情報が得られるだろう。まだ疑問点は幾つか残るが、それなりの時間を浪費してしまった。これ以上は任務に支障が出る。

 

 (さて、この少女をどうするかだが……)


 そこでタイミング良く無線機から通信入る。


 「隊長、デルタです。鉱山にもう間もなく到着します。そちらの進行状況はどうですか」

 「……困った事になった」

 「な、もしかしてミュータントの襲撃ですか?!」

 「……子供を拾ってしまった」

 「……は?」


 間の抜けた返事が無線機を通して返ってくる。至極当然の反応である。

 シオンに視線を向けると、無線機の話が聞こえない彼女は首を傾げるだけだ。


 「兎に角、こちらは少し遅れる。鉱山に到着したら、入り口付近で合流するまで待機だ」

 「了解しました」


 通信が切れるとコメットは立ち上がり、シオン以外に付いてくる様に顎をしゃくる。四人が玄関に集まり、作戦会議を始める。


 「誰か良い案は無いか?」

 「放っとけば良いんじゃないっすか?今まで一人で大丈夫だったようですし」

 「貴様!」

 

 ハリスの発言を聞いた瞬間、ベルクが凄い形相で睨みつける。たが、ハリスがそれを単に薄情だから言っている訳ではない。彼の過去を思い出したベルクは、深呼吸して正常を保つ。


 「……ふう、流石にそれはどうかと思うぞ。連れて行くべきだ」

 「……それも、危険」

 「ボーラスの言う通りだな。我々が向かう場所は鉱山だ。あそこはここよりも遥かに危険が多いと予測できる。足手まといを連れて行ける程人員に余裕はない」

 「ならば、塔に一旦引き返すのはどうですか?塔に預けた後に鉱山に向かえば……」


 発言の途中でベルクは自分の非現実的な提案に気づき、黙り込んでしまう。我々の任務が鉱山調査である以上、余計な事で引き返すことは許されない。それ以前に、この任務で一人を除いて無事帰れない事をコメットのみ知らされている。押し進む以外の選択肢は初めから存在しないのだ。

 結論が出ず、途方に暮れていると、議題に上がっている本人が、リビングから提案してきた。


 「私なら戻ってくるまでここで待っているけど?」


 どうやら内容は聞かれていたようだ。特に距離が開いていないのだから当然と言えば当然か。


 「ほら、本人もああ言ってますし」


 ベルクが最後まで抵抗したが、最終的に折れた。彼女をここに残す事に作戦は決定された。


 シオンの拘束を解くと、鉱山の調査が終わ次第ここに戻り、彼女を塔に連れて行くことを約束する。最後までベルクは細かい注意をシオンに教えた挙句に、拳銃まで手渡そうとしていた。気持ちは分かるが、流石にそれはまずいので止めさせた。

 しょぼくれたベルクが玄関に向かい、コメットも退出しようとすると、シオンに軽く腕を引っ張られた。彼女は耳を貸せと手招きをする。何事かと思いながらもしゃがみ、耳を寄せる。


 「おにーさん一番偉そうだから言っとくね?もし何かあったらここに来て、私が救ってあげる」


 彼女はそれだけ言うと、マスクで見えないが、二コリと微笑み、ソファに座る。

 言葉の意味を問おうとしたが仲間に急かされ、仕方なく玄関へ向かう。

 

 彼女は微笑みながら小さな手を振り、彼の背中が見えなくなるまでその手を振り続けた。

失敗に気づくのが遅れたダイス。

深まるシオンの謎。


次回ようやく鉱山に辿り着きます。

第9話「もう一つの入り口」

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