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ロストSavior  作者: TNO
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006 救世主現る

 コメットは夢を見ていた。


 塔の中で学んだ旧バシリア国の夢。


 辺りには活気があり、誰もがこれから起こる悲劇を知らずに、何時もの日常を過ごしていた。道には幾つもの自動車が走り、歩道には人が波のように行き交う。今日は何かの祭りなのか、それとも普段からそうなのか、コメットには分からなかった。

 

 景色が一変して、公園が映る。噴水の周辺には子供と遊ぶ親や、恋人と戯れる若い男女の姿があった。満ち足りた表情を持つ者もいれば、疲れ切った表情で公園のベンチもたれ掛かる者もいた。様々な人生がそこにあり、その全てがもうすぐ終わろうとしていた。


 最初の切っ掛けは誰だったのだろう。手を放してしまい、上へと飛んで行く風船を目で追っていた少女だろうか。それとも、休日の昼をゆったりと過ごし草に寝そべっていた青年だろうか。はたまた空へ羽ばたく鳥を眺めていた老婆だろうか。


 誰が切っ掛けだったかは分からないが、一人が気付き空を指すと、徐々に周囲の視線も空へ向く。徐々に赤に染まる、幻想的にも見える絶望の空を……。




 周りの騒々しい音により浅い眠りから目を覚まし、コメットはもたれていた壁から立ち上がる。

 最後に夜の番をしていたコメットが必然的に最後に起床していた。

 寝起きは良くないが、最悪ではない。銃を抱きながら寝たのは初めてではなく、セーフハウスの中で寝られるのはかなり快適な方に値する。ベッドを使えばさらに快適だっただろうが、流石に女子供の死体を退かしてまで眠りたいと思う者はこのチームにはいなかった。

 

 何だか不思議な夢を見た気分なコメットだが、内容は覚えていない。

 

 水で濡らした布で顔を拭うと、寝起きで回転の鈍くなった頭が徐々に回復する。意識がはっきりし始めた事を確認すると他のメンバーを探す。

 番をしていたハリスは梯子の横から軽く手を振り挨拶してくる。ボーラスは部屋の隅にあった簡易電気コンロを使って何らかの食事を用意していた。ベルクの姿は見えないが紙を漁る音から察するに研究側で持ち帰る資料を集めているのだろう。

 昨夜の事を思い出したコメットは険しい顔になる。

 資料を見つけた時、一部を塔に持ち帰って上層部へ報告すると総意のもと決断された。情報を持ち帰るのは事実だが、それを許されるのは一人だけと知っているコメットは、未だに決断できてない自分に嫌気がさす。しかし、今は成し遂げなければならない任務に集中すべきと自分に言い聞かせる。

 

 「……」


 食事が完成したのか、ボーラスが沸騰した水が入った鍋を小さなテーブルの上に置いた。その音を聞きつけ、ベルクもカーテンを捲って入ってきた。

 番をしてるハリスを除く三人でテーブルの椅子に座ると、湯気が立ち上がる鍋の中を覗く。中には銀色の袋が四つ並べてあった、恐らくレトルト式のカレーだろう。


 「何だこれは?」

 「隊長は食べたことないんですか?レトルトのカレーっす!自分が持ってきました!」


 ハリスが親指を立てながら歯を光らせる。


 「そんなもん見れば分かるわ!そもそも何でカレーを持ってきてるんだ!」

 「そりゃあ、食べるなら美味しい物を食べないと力が出ないからに決まってるじゃないですか!」

 「ハァ、そもそもこんな物食べられる場所は限られているだろうに……勿論、米もあるんだろうな?」


 あっ、と短くハリスが漏らす姿を見てハリスの頭に青筋が浮かぶ。また小言が始まるのを感じ、コメットが妥協案を提示する。


 「仕方がない、乾パンに付けて食べるとしよう」


 全員が持参している乾パンを取り出し付けて黙々と食事を始める。カレーはどんな形でもやはりカレーでそれなりに腹が膨らんだ。

 

 一早く食事を済ましたボーランがハリスと番を交代する。


 全員の食事が終わると任務の再確認に入る。主任務は変わらず鉱山を調査する為デルタと合流する事。そして、追加で集めた資料やその情報を塔に届けること。そこでベルクが小さく挙手をして疑問点を述べた。


 「思ったのですが……この情報は既に過去の部隊が持ち帰ったのでは?我々にこのセーフハウスの位置情報が知らされ、印も付いているんですから」

 「確かに、言われてみればそうだな……」

 

 コメットは顎に手を添えて考え込む。昨夜は研究資料の内容に気を取られ、その考えには至らなかった。ならば、ここにあったデータや物資は既に運び出された後だと考える方が納得が行く。


 「だが確証が持てない以上、最低限の資料を持ち帰るべきだろう」


 異論は無く、出発する事が決まった。全員マスクと暗視ゴーグルを付けて順番に退出する。


 「お邪魔しました」


 梯子を上がる前にベルクが胸に手を当てて部屋に向かって軽くお辞儀をしてから登り始める。彼に続いてボーラスとハリスも小さなお辞儀をして退出した。出る前にコメットはもう一度部屋をぐるりと見渡し、言葉にできない僅かな違和感を覚える。

 手前の生活部屋には簡易キッチン、食卓、ベッドに水道。中央を区切るカーテンを超えると荒れた研究部屋が来た時とあまり変わらない状態でそこにあった。


 (何かが足りないような……あっ!)


 そこで、探していた答えを導き出し、コメットは手を打つ。


 「トイレが無いのか」


 腕を組み、何度も頷く。トイレが無いからと言って特に不思議ではないが、わだかまりが無くなったコメットは満足げな表情を作る。セーフハウスでは水は貴重で、それをなるべく節約する趣向にある。故に、排泄物はバケツのような入れ物に溜め、まとめて外に出て捨てる方法が主流である。

 ならばトイレが無くとも仕方がないとコメットは納得する。

 そもそも、水道からの水自体が確保できないのだから水が貴重なのだが、その疑問点に気づかないコメットは 、電気のスイッチを弾き、セーフハウスを後にした。




 時刻は夜明け。外は太陽の光が差し始めているが、脇道の奥にあるコメット達の建物周辺はまだ暗い。書斎の暗闇には暗視ゴーグルの放つ赤い光が揺らめく。


 「これから鉱山に向かえば、昼頃にデルタと合流するできるだろう。ここから外は常に危険であること努々忘れるなよ?よし、行く――」


 扉を開けようと伸ばした手をボーラスが掴みその動きを止める。ボーラスの表情は険しく、混乱の色も含まれていた。眉を顰めるとコメットがボーラスの言わんとする事を理解し、後ろにいる二人に疑問を投げかける。


 「お前たち、この部屋の扉を閉じた覚えはあるか?」


 二人は首を振り、ボーラスに視線を向けると、彼女も首を振った。もちろん、コメット自身も扉を閉めた覚えはない。入る時、ボーラスに飛ばした命令はセーフハウスの扉を閉める事だった。もしかしたら物のついでに閉めたのかと思っていたが、当の本人が身に覚えがないのならば答えは一つだ。


 「この建物にミュータントが潜んでいる可能性が高い、各員フルオートにセットしろ」


 静かな命令に、全員が真剣な表情で銃を連射に切り替える。このような狭い空間では狙う必要も時間が無く、ミュータントには一発でも多く撃ち込む必要性からの判断だ。切り替え終わった事を確認すると、コメットは扉を開け、素早く廊下に出る。

 部屋を出て右手の玄関へ銃口を向けると、即座にハリスはコメットの斜め後ろに、ベルクとボーラスが廊下の反対側へと銃口を向ける。物音一つ無く、張り詰めた空気に、コメットはマスクの中で汗が額を伝う感触を覚える。手で廊下を進む事を示す先導すると、後ろにいたハリスがベルクの肩を軽く叩き、ベルクがボーラスの肩を叩く。

 一歩進む度にブーツの下にあるフローリングが小さな悲鳴を上げる。来た時にはあんなに短い廊下が、今はえらく遠く感じられた。自分のマスク越しのくぐもった息と鼓動がやけにうるさく耳に響く。

 廊下を出ると天井が吹き抜けに変わり、左手にはリビングがあったと思い出す。ならば、取るべき手順はリビングを後ろにいるハリスに任せ、自分は一番死角となる天井と階段付近を狙うこと。

 行動を決めたコメットはハリスが見える位置で左を指す。前方を見ていたハリスはその意味を瞬時に理解する。


 永遠と思える時間を経て、廊下の終わりに辿り着くと、床がひと際大きな音を立てる。


 天井が吹き抜けに変わり、コメットが振り向くのと、この張り詰めた空気に似つかわしくない甲高い声が発せられるのは同時だった。


 「良く来た君た――ひゃっ!?」

 「んなっ?!くっ!」


 乾いた発砲音が数発、コメットの銃口から破裂する。瞬時に応戦しようとし、上がりかけていたハリスの銃口をコメットが掴んで下げる。


 「待て撃つな!ミュータントじゃない!」

 

 後ろでベルクとボーラスが周囲に注意を払い、コメットとハリスは再度二階の人影へと銃口を向ける。


 「ゆっくりと手を上げろ。変な真似をしたら、今度は問答無用でその頭を撃ち抜く」

 「あ、あわわ……」


 指示に従い、ゆっくりと小さな手が頭の横に上がる。


 「お前は何者だ、ここで何をしてる?」

 「わ、私は」


 陽が昇り、玄関の吹き抜けの窓から日差しが丁度二階の人物と重なり、一瞬姿を見失う。付けていた暗視ゴーグルを瞬時に外し、コメットは二階を凝視する。


 「私は、お前たちの救世主だ」


 そこには、身の丈に合っていないコートに身を包み、腰に届く白髪をなびかせ、マスクから覗く、赤い瞳を持った少女が声を震わせながら宣言していた。

やっとメインヒロイン登場です。


次回は連れ去られたあの人の話。

第七話「奇怪な機械」

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