003 謎のミュータント
ダイスはコメット隊長に指示を受け、直ぐにチームを連れてチャーリのいる公園通りに向かった。襲撃され、応援を要請して以来チャーリからの通信は無かった。
やがて公園が見えてくる。チャーリがもしまだ交戦中ならば公園の中にいるとダイスは推測する。何故ならばミュータントを相手にするには開けた場所が一番戦いやすいからだ。
ミュータントは通常の人間を遥かに凌ぐ身体能力を持っているが、知性に欠けているため、広い公園ならば近づかれる前に仕留めることができる。
特に今回のような洗礼されたチームならば尚更問題ないはずだ。それが苦戦している?それとも……。
答えが出る前にダイスのチームは公園の入り口の前にいた。長年放置された公園に緑は存在しない。バシリアにレッドラストが降り注いだあの日から息絶えてしまったのだ。今あるのは木々の残骸や人工物だけとなっている。
「これよりチャーリを援護、もしくは救出する。木々や物陰に隠れながら進むぞ」
ダイスのチームはなるべく身を隠しながらゆっくりと、一番見晴らしの良い公園の中心を目指す。
異様な静けさが辺りを支配していた、まるで何かに見られているのではないかと錯覚してしまうほどに。
おかしい、ここまでミュータントらしき物を発見できずにいる。死体どころか、交戦の後すら見当たらない。
中心を示す枯れ果てた噴水が見えてくる。そこに武装した四人の男達が噴水を囲むように倒れていた。
「なっ!?ありえない!」
チャーリの無残な有様に誰かがたまらず叫ぶ、そしてダイスも同じく驚いていた。
謎のミュータントはチャーリを単体で全滅させてたと言うのか?いや、だがまだ単体と決めつけるには早すぎる。
だが、これでチャーリから通信が来なかった理由が判明した。信じ難いがミュータントは応援の要請から自分達が到着するまでの十数分でチャーリを全滅させたのだ。
「ダイス、周囲にミュータントは見当たらない。今の内に後始末をしといた方がいいんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。まだ死んでから間も無いはずだ。ここはレッドラストが少ないからまだ十分時間があるだろう。ガム、この中で一番経験が少ないお前がやれ」
「了解しました」
短く返事をすると、隣の木で身を隠していた背の低い男が拳銃に持ち変える。
レッドラストとは厄介なもので、死体でも汚染してミュータントに変えることができる。故に、倒れた仲間の死体はミュータントにならないように脳を破壊する必要があった。
かつての仲間の死体を目に、更に追い討ちを掛けるような真似は誰でも戸惑う。それが時には命取りになる。何故ならば、レッドラストの濃さによってはものの数分もしない内にミュータント化する事もあるのだから。
そしてミュータントとなれば、仲間だった者達を躊躇なく襲う。だから死んだ者はもう一度、確実に殺さねばならぬのだ。
何度やっても慣れるものではない。いや、慣れてはいけないのだ。だが、一度でも経験があればその差は大きい。ここでは一瞬の戸惑いが命取りになる事が多いのだから。
ガムは一人一人死亡を確認してから確実に脳を撃ち抜いていく。既に遺体の腹や胸に一つ大きな穴が空いていて、いかに強力な一撃で貫かれたかが分かった。
最後に、チャーリを率いるフェルジオの体に近づき死亡確認をしていると、驚きの声をあげ、振り向く。
「ダイスさん!フェルジオさんはまだ息があります!」
「何だと!ならばまだ助かるかもしれん、直ぐに応急措置をしろ!」
命令を飛ばしたが返事ではなく、まるで腹を思いっきり殴られたかのように後ろに倒れた。そして、遅れて発砲音が響く。
「なに、狙撃だと?!ちっ!」
狙撃だと気付いた瞬間、体が近くの公衆トイレに向かって走っていた。ダイスが命令せずとも側にいた二人も遅れず付いてくる。
訓練された彼らは瞬時に狙撃の方向に目星を付け、それから隠れる位置に移動したのだ。幸い公園にはレッドラストが少なく、汚染される心配なく壁に背中を付ける。
音の遅れからして距離は近くなかった、それなりの距離からの狙撃だ。恐らく、公園に隣接する建物のどれかにいるのだろう。
「……油断した、のか?」
チャーリの最初の通信で相手が銃器を使うと聞いていたのにも関わらず、ミュータントが狙撃銃を使う可能性を懸念していた。
しかし知性に欠けてるミュータントが狙撃とは俄かには信じ難い。いや、あり得ない。人間である方がまだ説明がつく。だが、それもまたあり得ない、塔の外の人間は皆死に絶えたかミュータントとなったのだから。
ならば、今の状況をどう説明する?今まさに謎の敵が狙撃銃を使って敵対しているのだ。
「まずいぞダイス、ここだと狙撃手の絶好の的だ」
そう、ここには狙撃銃の弾丸を止められる頑丈な障害物がほとんど無い。相手が銃器を持っていようがミュータントならば少なくとも接近戦になると予想をするのが自然だ。だが、今回は相手が狙撃銃と予想の斜め上を行かれ、公園に入った時点でダイスは失敗していた。
「だがこの公衆トイレなら相手もそう簡単に撃ち抜くことはできないだろう。今の内にコメット隊長に報告して応援をーー」
通信をコメットに繋げようと無線機に手を伸ばした時、隣にいた男の頭が破裂した。
ダイスは一瞬何が起きたか理解できなかった、なぜなら狙撃の方向がさっきと真逆だからだ……。
「うっしゃあ、あと二人!」
公園に隣接したビルの屋上で、深くフードを被った少女がスコープ越しに笑う。その顔にマスクは無い。
床に伏せ、身長の倍はありそうな狙撃銃で公園にいる男達を狙っていた。
「ありゃりゃ、トイレに隠れちゃった。やっぱ流石に外はやばいって気づいちゃったかな?」
残った二人は一瞬戸惑いを見せたが、直ぐに公衆トイレの中に駆け込んでいた。彼女の持つ狙撃銃ならば何発か撃てば十分貫通できるなんとも頼りない壁だ。
「でもそれじゃあ全然面白くないにゃー」
少女は起き上がり側に置いてあった大きな鞄の中を漁り始める。
「ふんふふーん、今日はどれにしようかなー」
まるで遊びに行くかのような楽しげな声とは裏腹に、取り出された物は決して可愛らしい物ではなかった。
「よーし、君に決めた!やっぱ接近戦はこれだよね!」
腰に手を当て、高らかと掲げていたのはポンプアクションの散弾銃。彼女はエメラルドグリーンの瞳をキラキラさせ、後ろに伸びる猫のような尻尾を揺らしていた。
そこで、少女は思い出したかのように鞄を再度漁り、弾の箱を取り出した。その中から適当に掴み、乱暴にコートのポケットに入れる。
もう一度スコープを覗き、動きがない事を確認する。そして、流れるように身を翻し、屋上から飛び降りた。通常の人間ならば潰れたトマトのようになる高さから飛び降りたのだ。
だが、彼女は短パンから伸びる足を軽く曲げただけで五体満足着地し、まるで何事もなかったかのようにそのまま公園に向かって走り出す。平均男性より遥かな速さにより、一瞬で公衆トイレの前に辿り着いていた。
「おにーさん達、あっそぼうよ」
誰もが可愛らしいと頬を緩めそうな無邪気な掛け声だったが、このような場所では異質以外の何でもなかった。そして、それに対しての反応にはやはり、少し怯えと戸惑いが聞き取れる。
「な、だ、誰だ!ここは危険だ、さっさと立ち去れぇ!」
急に現れ、対話してきた存在に対する戸惑い。少女らしい声と釣り合わない状況に対する混乱。現在謎の狙撃手に狙われている窮地に対する恐怖。様々な感情をフードの下に隠れる耳で聞き取りゆっくりと壁に近づく。
「いいねぇー、実験台は君に決定!」
向こう側から小さな悲鳴が上がるのと、少女の手が壁を突き破るのはほぼ同時。相手を掴んだ手を無理やり引き抜くと男の体が壁の穴を広げて出てきた。あまりの衝撃に耐えられず、男は気を失っていた。
「ダイス!くっ、ダイスを離せこの――」
手元にいる男と一緒にいたもう一人の男は即座に銃口を少女に向けた。その反応に無駄な動きは無く、その正確さから、いかに訓練されてきたかが伺える。だが、既に遅かった。片手に持っていた散弾銃の重い銃声と共に、中にいた男は後方に吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。
「あーあ、あっけないにゃー」
少し不満そうな顔をした少女はそのまま掴んでいた男を引きずりながら公園を後にした。
現れた謎のミュータント、さらわれたダイス、壊滅したブラボとチャーリ。
次回、コメット達は見つける「印付きの建物」