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ロストSavior  作者: TNO
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002 本来の目的

 コツコツと靴の底が無人の真っ白な廊下に反響する。円を描いた形で緩やかに曲がっている廊下をコメットが歩く。ここは塔の高層部、重要な役職に就いているごく僅か者が部屋を与えられている場所である。全ての指示が通信で伝達されるこの塔で直接上層部に向かうことなど皆無である。故に人通りは少なく、ここに来るまでは誰ともすれ違っていない。尚も廊下の先から誰かが来る足音も聞こえない。

 コメットが向かう先は父親の執務室、今回配属された特殊任務についての補足説明を聞くためだ。


 「出動前日に補足説明って……一体どんな内容なんだ?」


 思わず疑問が溜息と一緒に出てしまい、ハッと口元を手で隠す。予想以上に静かな廊下に自分の声が響いたため反射的にそんな行動をとってしまった。念の為後ろを振り向いて誰かいないか確認するが、先程と同じ無人のままだった。今の独り言を聞かれたかと心配したが、どうやら杞憂だったようだ。どうやら緊張と不安で気が緩んでしまっていたようだ、気を引き締めねば。立ち止まってしまったコメットは再び父親の執務室を目指し歩き出す。


 目的の部屋に辿り着き扉の横に埋め込まれているプレートを確認する。


 【チップス・バーリング総司令執務室】


 部屋に間違いがないことを確認すると一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。意を決するとプレートの下にある呼び出しボタンを押す。


 「どちら様でしょうか?」


 少し間を置いてスピーカーから年老いた男の返事がくる。


 「コメット・バーリングです。任務の件で来ました」

 「お待ちしておりました、どうぞお入りください」


 カチャリと鍵が外れ扉が少し開くと、コメットは軽く扉を押して中へ入る。

 飾りっ気のない真っ白な廊下とは違い、あまり大きな部屋ではないが執務室の中はとても豪華な見た目だ。床には真っ赤な絨毯が扉から机の元まで敷かれ、壁際には多大な書物が本棚に収められている。

 そんな部屋の机で作業している男が二人。書類を退かし、飲み物をグラスに注いでいるのがコメットを招き入れた老人、通称ココ爺。そして彼が仕えているのがコメットの父親、チップス総司令である。彼は来訪者がいるにも関わらず書類にペンを走らせる。


 「来たか」


 チップスは書類から視線を上げもせず短く言う。そして書き終わると書類をココ爺に手渡し、注がれた水を口にして初めてコメットに視線を合わせる。


 「さて……まずは与えられたお前の任務を言ってみろ」

 「はっ!私が与えられた任務は鉱山へ向かい希少な鉱物を捜索し、発見したならばそこまでのルートの確保です」

 

 聞いた作戦内容の要点を告げるとチップスは頭を縦に振る。


 「そうだ、しかしこの任務にはもう一つの目的がある、それを今からお前に伝えようと思う。当たり前だが、これは極秘でありお前の部隊には知られてはならん」


 ただならぬ雰囲気に思わずコメットは唾を飲む、そして次の言葉に絶句してしまう。


 「今回の任務でお前の部隊には死んでもらう」


 コメットはこの男のが言った言葉が理解ができない、というより理解したくなかった。一体どんな理由があれば死ぬ事が命じられるというのか?確かに外の詮索は危険が多く、死者も極稀に出る。だが飽くまでそれはミュータントによる襲撃や、レッドラストとの思わぬ接触によるものに限る。断じて命令されて死ぬような任務など課せられるはずがない。そもそもそのような事がフレイ陛下がお許しになるはずがない。


 「そのような事フレイ陛下が――」

 「許可されたのだよ」

 「……えっ?」


 思ったことをそのまま口にしようとしたらそれを否定する言葉が返ってきた。


 「聞こえなかったか?お前たちはこの任務で失敗し、死ぬことを陛下が許可されたのだ。一体どのような状況で、どんな方法で失敗するかは問わぬが、可能な限り鉱山を詮索してから情報を持ち帰る者を一人送り返してくれるのが好ましい」

 「一人……ですか?」

 「そうだ、流石に全滅とあっては消耗品や銃器の投資が勿体ない。それならばせめて有用な情報の一つでも持ち帰ってもらわねばな。例え死ぬのがお前でも特に構わん、替えなど幾らでもいる」


 伝えることは全て伝えたとでも言うように、彼はグラスから水を飲み干し、次の書類に向かって事務的作業を再開し始めた。


 「そ、そのような言い方では理解しかねます!せめて――そう、せめて納得の理由を教えてください!」

 「納得する理由を聞けば問題ないのだな?」

 「そ、それは……」


 コメットは戸惑う、どんな理由があろうと納得できる気がしなかった。仮に、ここで納得するような理由を述べられたからと、割り切って仲間や自分の命を喜んで捧げられるだろうか?

 答えは否である。


 「い、いえ結構です。……一人までは生還を許されるのですね?」

 「ああ、そうだ。誰が戻ってくるかはお前の判断に任せる、もちろん自分自身でも構わんぞ。さあ、分かったならばさっさと居住区に戻り、明日までに誰が生還するか決めておくんだな。私はこれでも忙しい身だ、あまりくだらない事に時間を掛けさせるな」

 「……申し訳ありません。失礼します」


 父親の物言いに顔を顰めながらも部屋を退出する。パタリと扉が後ろで閉まると思わず溜息を出し、立ち尽くす。予想以上に父親に告げられたことは衝撃的だった。父親のコメットに対しての態度よりも、フレイ陛下がこの命令に許可をだしたという事に。

 以前から父親は無関心だとは思っていた、例え自分の息子達が怪我しようが眉一つ動かさなかった。そんな父親でもそれなりの成果を成し遂げた時は「よくやった」と一言褒めてくれた。コメットは兄程優秀ではなかったが、それでも父親にはそれなりに愛情を持たれていると思っていた。それが面と向かって死んでも構わないと言われたら、流石にそんな思いは幻想だったに過ぎなかったと少なからず納得する。

 しかし、理解に悩むのがフレイ陛下の方である。彼女は実の母親よりも母親らしいと思う程コメットは慕っている。直接の対面は数える程だが、それでも始めてこの役職を与えられた時の対面は忘れられるものではない。この人になら一生仕えられる、例えこの命に代えてでも守って見せると。

 今まさにその命を捨てる選択を与えられたのだが、コメットの顔は浮かないままだ。まさかこのような形で命を捨てろとは夢にも思っていなかったのだから。


 「誰か一人を選ぶなんて、できるわけないだろう……」


 部隊メンバーの顔が思い浮かぶ、深い付き合いがある者は少ないが、だからと言って彼らを死なせることはできない。そんな選択ができる程薄情になった覚えはない。


 頭を悩ませ、そのまま決められずコメットは居住区へと戻った。




 ・・・




 「……長?どうかしたんすか隊長?」


 ハリスの声に意識が戻る。どうやら未だに決めかねていた事に悩みすぎて集中が途切れていたようだ。


 「あぁ、いや。問題ない、少し考え事をな……」

 「まあ別にいいっすけど……頼みますからぼーっとしてレッドラストに顔面から突っ込むとかはやめてくださいよ?隊長にそんな死に方されたらフレイ陛下に見せる顔がないっすよ」

 「はは、流石にそこまで間抜けではないさ」


 コメットは少しぎこちない笑い声を上げてしまう。そんな返事に何かを感じたのだろう、ベルクはややトーンを落とし問いかけてくる。


 「何か問題でもありましたかな?」

 「いや、本当に大した事じゃない、気にするな。」

 「そうですか?ですが我々はチームです。どれだけ些細な事でもお気づきになった時は報告してください、必ず力になって見せます」


 そんな言葉にコメットは内心狼狽える。

 ここでチームに昨日聞かされたことを教えればどうなるのか?自分が一人で決めてしまうより、皆で決めた方がより正しい選択ができるのではないか?もしかしたら誰も死なずに皆で帰れる方法を閃くのではないか?フレイ陛下が許可した以上、そんな甘い考えは通らないと頭の片隅で理解している。だが一人で十六人の運命を決める重圧に耐えかねたコメットは口を開かずにはいられなかった。


 「実は――」


 しかしコメットが真実を告げる前に事態は急変した、無線機から別チームの通信が入ったのだ。


 「こちらチャーリ!謎のミュータントに襲撃を受けてる!支給応援を願う!」


 悲鳴のような切羽詰まった叫びが耳に響く。彼らは公園通りのルートを進んだチームだ、ミュータントは主に建物の中のような暗がりを好む為、この部隊の中でも一番安全なルートのはずだった。


 「畜生、ダックがやられた!あれは本当にミュータントなのか?ミュータントが銃を使う何て聞いたことがないぞ!」


 ミュータントとは、レッドラストの影響により人間や動物が突然変異した化け物である。その姿は様々であるがそれは主に人間より遥かに強力な筋力を武器とする。決して銃器を扱うような知性を持ったミュータントの事例はない。


 只ならぬ状況であると認識したコメットの判断は早かった。


 「チャーリに最も近いブラーボはチャーリの援護に向かえ!デルタは我々アルファとこのまま鉱山を目指し、入り口にて合流!」

 「こちらブラーボ、了解した。チャーリの援護に向かいます」

 「こちらデルタ、同じく了解した。このまま鉱山を目指します」

 「敵が一匹とは限らない、各員警戒を怠るな!」


 他のチームの了承を確認し後ろに視線を向けると全員真剣な表情で頷く。

 ミュータントは単体でもかなりの脅威、だが完全に武装したチームならばそれなりに対処はできる。にも拘らずブラボーチームを向かわせたのは、相手が未知なるミュータントの可能性があるからだ。


 「アルファ、行くぞ!」


 先程より速度を上げて鉱山をコメットのチームは目指す。

 謎のミュータントの出現と告げられた任務の真実に何らかの意図を感じずにはいられなかった。


 「一体何が起こってるんだ……」


 コメットの呟きに答える者はいなかった。

父親から死んで来い宣言、出動して一日経つ前に発生するトラブル、迷うコメット。


次回、ブラボは見た「謎のミュータント」!

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