商売繁盛
盗賊ギルドの暗殺者リオ。襲撃者のリーダーだった彼女は部下達に自分がギルドを抜ける事を宣言し、彼らを解放した。そして彼女が俺の妹になった翌日、スレイプニルは開店以来初の賑わいを見せていた。
今まで全くと言っていいほどお客さんが来なかったのに、今日は朝からひっきりなしに人が訪れていた。
「えーっとそれでですね、先に下見にいったうえで……」
俺が店のカウンターでお客さんとの商談をする。店の中央にあるテーブル席では、リオがかいがいしくお客様にお茶を出していた。
ユズルナはと言うと、店にはその姿は見えなかった。
日も高くなり、客足もまばらになってきた。そろそろ昼休憩にでもしようと軽く伸びをすると、ユズルナが帰ってきたようだった。
「ふむ、なかなか忙しかったようだな。結構結構」
「結構結構って……。お前はどこに行ってたんだ?」
「ん?私はリオの情報を聞いてギルドの調査に行ってきたのだ。色々と面白いことも解った」
「面白い事?」
ユズルナはテーブル席に腰を降ろすと、リオに声を掛けた。
「それより喉が渇いた。リオ、お茶をくれないか」
リオは料理には自信があると言って厨房に引っ込んでいた。盗賊ギルドで育てられた彼女は暗殺術以外にもいろいろと仕込まれているらしく、朝食を食べた時にはその料理の腕はなかなかの物だった。
「なんであたしがあんたに奉仕しなくちゃいけないのよ。自分で用意すれば」
「なんだと……」
リオの言葉にユズルナは反射的に剣を召喚していた。今にも厨房に飛び込んでいきそうな勢いだった。
「リオ、頼むよ。ユズルナにお茶を出してやってくれ」
「お兄ちゃんがそういうなら……。ほらよ」
お盆に持ってきたお茶をぶっきらぼうにユズルナの前に置く。リオは昨日の事でユズルナに対してはしてやられた感が強いらしく、あまりいい印象を持ってはいないようだった。その点俺に対しては、盟約の印を外してもらったこともあってか、お兄ちゃんなどと呼んできてとてもなついているようだった。
「ふん。満足に茶を出すことも出来んのかこの小娘は。おいアキ、こんな娘はさっさと追い出した方が身のためだぞ」
「追い出すって……、昨日はユズルナも俺にはリオの印を外した責任があるなんて言ってたじゃないか」
「ならばちゃんと教育するのだな。人様にこんな態度をとるようではアキ、お前が恥をかくのだぞ」
正直お前が言うな、お前が。と思ったりもしたが、俺は自分の身が可愛いのでそんなことを言うようなことはしない。
「あんたなんかにそんなことを言われる筋合いはないわよ。あたしは午前中はしっかりお客様におもてなし出来てたんだから。ね、お兄ちゃん?」
「うん確かに。リオの接客は完璧だったよ」
リオは俺の言葉を聞くと、満足げに笑みを浮かべる。
「あんたみたいな無骨な女にあたしの真似が出来るのかしらね。まあ到底無理でしょうね」
リオの挑発的な言葉にユズルナの何かが切れる音が聞こえた様な気がした。
「いいだろう……。私に喧嘩を売った事を死ぬほど後悔させてやろうではないか」
そして女のプライドをかけた勝負が始まったのだった。
ユズルナは一旦自分の部屋(元々は俺の寝室)に引っ込むと、何やらドタンバタンと大きな音が響いてくる。
リオの挑発が頭にきて、まさか部屋を破壊しているんじゃないだろうなと心配になった俺は、寝室のある二階に向かった。
二階に来た時点で音は収まっているようだったが、まだ安心することは出来ない。慎重に俺はユズルナの部屋をノックする。
「入れ……」
部屋主の了解を得た俺は、部屋の中に入った。その部屋は俺が寝室に使っていたころと比べ、たった二日で大きく様変わりしていた。
元は寝る為の部屋のつもりだったので、大して物は置いてなかったはずだ。ベッドに小さなタンスくらいしかなかったのだが、今では三方の壁に大量の剣がかけられ、空いている壁には大きなタンスが二つとその間には立派な鎧が飾られていた。壁際に設置していたはずのベッドは部屋の中央に移動されその上にユズルナは腰を掛けていた。
「丁度良かった、お前の意見も参考にしておこうか」
俺を見るなりユズルナはそう言ってきた。
ユズルナが何をたくらんでいるのかが解らなかったが、彼女は俺の反応を無視して足元に置かれている着物箪笥の蓋を開けていた。
昨日の朝ユズルナの部屋に剣を運び込んだ時には、この部屋の状況はもうすでにこんな感じになっていた。彼女は召喚士の中でも、印を描いている物であれば好き勝手に召喚できると言う強制召喚を使える。戦闘時には自分の獲物である剣を召喚していたが、恐らくは身の回りの生活用品にも印を刻んでいるのだろう。短時間で部屋の様子が大きく様変わりしていたのには腰を抜かしそうになったが、理屈がわかってしまえばなんてことはない。しかし今ユズルナが物色している着物箪笥は昨日はなかったと思う。さっきの大きな音はこれを召喚していたという事だろうか。
ユズルナが箪笥から取り出したのは、いつも着ている騎士の鎧下の様な服ではなく、どこかのお嬢様が来ていそうな綺麗なドレスや、フリルのついたシャツやスカートだった。
ユズルナはそれをベッドに並べると、俺の方を振り向いた。
「で……どれが似合うと思う……」
普段の勝気で偉そうな声と打って変わって、か細い声で俺にそう尋ねてきた。
一瞬何を言っているのか理解できなかった俺はついつい本音を言ってしまった。
「もしかしてこれをユズルナが着るのか?うわっ似合わねええ」
次の瞬間俺は冷や汗を流す。
ユズルナが剣を召喚して俺の首筋にあてがっていたからだ。しかもいつもと違って剣が何やら紫色にぬめっているような気がする。恐らくこれには毒が塗ってあるのではないだろうか……。
「笑ったら……殺す」
「はい……」
いつも以上の殺気と、毒の剣という状況に俺はユズルナの本気を見たような気がした。ここで迂闊な事をすれば本当に殺されるかもしれない。
「しかしユズルナってこんな服も持ってたんだな?もしかしてどこかのお嬢様なのか?」
俺はユズルナと二日前に出会ったばかりなので、彼女の事ははっきり言って何にも知らない。
優れた剣士であり召喚士でもある彼女は、恐らく学院の人間だと当たりつけていたのだが、もしかしたらどこかの貴族の出なのかもしれない。
そういう事であれば、護身術として剣を習っているのも不思議ではないし、この若さで魔術師でありながら自由に外を出歩いているのにも説明が付く。普通魔法学院は卒業するか俺みたいに中退するかしていない限りは外界との接触は限りなく持てない仕組みになっている。ならば彼女は何処で魔術を習得したのかとの答えは、家庭教師に習ったと言うのが正解だろう。貴族の中には教養の一つとして魔術を習わせようとするものがいる。しかし学院に入れてしまうとかなりの長い期間会えなくなってしまうので、家庭教師を雇う事になるのだ。その料金は一般の家庭ではまず払えないくらい高額であり、自分の子息に魔術の家庭教師を付けてやると言うのがある種の貴族のステータスになっているともいう。
俺が勝手に何やら納得しかけていたところに、ユズルナはとんでもないことを言い出した。
「これは別に私の服ではないぞ。以前に貴族に雇われていた時に金になりそうなものにマーキングしておいたのだ。貴金属などはすぐに売り払ってしまったのだが、これらは何となくとっておいたのだ。うむ、あの時の私にはこの光景が予期出来ていたのだな。さすがはユズルナ様と言った所だろう。私を尊敬することを許そう」
こいつはそんなことをしていたのか……。昨日確か俺の店の細かいところまでチェックしていたと言ってたな。後で色々と確認しておかないと、いつの間にか召喚の印を刻まれているかもしれない……。
「それで……この服をどうするんだ?もちろんユズルナが着るんだろうけど……」
「ふん。あの小娘、自分の様に接客できるかと言っていたな。甘いのだよ。私が本気を出せばあんな小娘には到底真似できないレベルで完全に完璧な接客が出来るという事を骨の髄にまで教え込んでやらねばならん」
「別にそんなむきにならなくても……」
「なんだと……。私があんな小娘に鼻で馬鹿にされていると言うのに、このユズルナ様におとなしく負けを認めろと言うのか?ありえん、ありえんよ。私は誰にも負ける訳にはいかないのだからな」
俺がなにか言うとますますユズルナはヒートアップしそうだったので、余計な事を言うのはやめた。
ユズルナの言葉に従うように、俺は洋服の感想を述べる。




