新店長?新人?
ドンドンドン。
俺は大きな乗り物に乗って小麦畑を走っていた。
サンサンと照らす太陽が気持ちいい。
正面に積まれているエンジンが子気味良い音を立てている。
ザクザクザク。
乗り物の前方部には、巨大な刃が付いておりそれが小麦を刈り取る仕組みになっているようだった。
後ろを振り返ると畑の中に、乗り物が走ったところだけが道の様になっていた。
ザクザクザクザクザクザク。
自然に乗り物の速度が上昇する。それに伴って周りの風景も流れる速度を増していった。
ザク。ザク。ザク。
刈り取り音がゆっくりになったと思ったら、小麦畑が終わっていた。
荒野に生えている雑草を刈り取っているようだ。
前方を見て、俺は目を見張った。大地が途切れているのだ。その先は崖になっている。
乗り物を止めなければ落ちてしまう。運転席を調べると足元にペダルがあった。
おそらくこれで乗り物を止められるはずだ。俺はそのペダルを踏み抜いた。
瞬間、乗り物は速度を更に加速させ、俺共々崖に転落していった。
俺はゆっくりと目を開けた。
最近こんな夢ばかり見るのは、俺の精神に何か問題があるのだろうか?
ザクッ。
夢の中で聞いたような音が、俺の耳元で聞こえてきた。
何となく目をそちらに向けると、ん、なんだこれ。何か銀色に輝く棒みたいなものが目に入ってくる。
「なんだやっと目を覚ましたのか」
冷たい女の声が、頭上の方から響いてきた。
そちらに目を向けると、口元に笑みを浮かべた黒髪の美女が逆手に剣を持って立っていた。
彼女は俺の額の真上に照準を合わせ、剣を逆手に持ち替えると、何ら躊躇う事もなくそれを離した。
「うおおおおおおおおお」
俺はガバッと起き上がって剣を回避する。
さっきまで俺の顔があった場所には見事に剣がザクッと突き刺さった。
「いつまで寝ているのだお前は。さっさとこのユズルナ様の食事の用意をしないか」
「うえ?」
寝起きで頭が上手く回ってくれなかった。
「なんだ、まだ刺激が足りないようだな」
そういうと彼女の手の中には、何処から取り出したのか剣が握られていた。
「おおおお。ちょっと待って待って」
俺は腰を付きながら後ずさると、少しも移動していないのに何かが背中に当たる感触がある。
あれ、この部屋ってこんなに狭かったっけ?
首だけを後ろに回し覗き込んでみると、俺の背中にも剣が刺さっているではないか。
いや、それは間違いだった。
俺が寝ていた床を囲むように数十本の剣が突き刺さっていたのだ。
「なんじゃこりゃあああ」
「ふふふ。お前がなかなか起きないのでな。余興を楽しんでいたのだ」
「おまっ、余興で人んちの物置をこんなにするか普通」
そう、俺は物置で寝ていた。昨日から勝手に俺の家に居座ることを決めたユズルナに寝室を取られたからだ。
「とにかくこれは片づけておいてくれよ。俺はその間に朝飯の準備をしておくから」
「ん?何処に片付ければよいのだ?」
「どこってお前がポンポン取り出したんだから、そこにしまって……あ」
ユズルナは剣士であり召喚魔法の使い手だった。
彼女が召喚出来るものは自身で魔法の印を付けている物に限られるらしい。それは一般的には強制召喚と呼ばれていて、彼女が印を付けてさえしまえば物質や生き物であっても相手の都合を無視して召喚できる恐ろしい技術だった。
強制召喚の他に召喚術には契約召喚と呼ばれるものがある。こちらは物理的に印を付けることが出来無ければ召喚対象に出来ない強制召喚と違い、炎や水、魔力と言った形を持たない物であっても召喚することが出来る。ただし契約召喚は、その契約を交わすまでに長い時間を必要とし、使い勝手で言えばあまり効率が良いとは言われていない。
ユズルナは剣士でもあるので、彼女が召喚するために印を付けている物は剣などの刃物が中心になっているようだ。
俺が今気付いたのは、彼女は召喚士であるという事だった。
どこかに保管してある剣を召喚しているのだろうが、彼女が出来ることはこの場に呼び寄せる事だけなのだ。
召喚した剣を元にあった場所に戻す力は彼女にはない。
俺は寝起きから彼女が召喚した剣を彼女の部屋(元々俺の寝室)に運びいれてから、食事の支度をする羽目になった。
「あのお、すいません」
俺達が朝食をとり終わったところで店に来客があった。
ギャメルを含めれば、スレイプニル二人目のお客さんという事になる。
この店を訪れてきたのは、まだ年端もいかない少女だった。
金髪がまばゆく揺れている。
俺が対応する前にユズルナが勝手に彼女に応じてしまった。
「やあどうもいらっしゃい。私がこの店の店長のユズルナと言います。あっちが下働きのアキだ」
「おい!お前がいつから店長になったんだよ」
「何を言っているのだお前は。この店はもともと私の物だろうが。雇われている分際で口が過ぎるぞ」
ユズルナが視線に殺気をはらませて俺を牽制する。昨日は倉庫でユズルナにやられているので、下手に逆らうと痛い目を見るのはこちらなのだ。ここは彼女に好きなようにやらせるしかない。
「いえ、あの……。今日はお仕事の話ではないんですけど……」
金髪の幼女は何かもじもじしている。とてもかわいらしい。
「あの、私はそこの角にある肉屋の娘のリオって言います。あの、その、私をここで雇ってもらえないでしょうか」
彼女は意外な事を言ってきた。すぐそこにあるご近所さんであれば、この店の状況はよく解っているだろう。正直客が入ってないこの店で仕事がしたいとはどういう風の吹き回しなのだ。
「いや、雇ってくれと言われても給料なんか出せないんだけど……」
「うむ。この男が無駄に飲む、打つ、買うを繰り返すので、この店の財政状況は火の車なのだ。第一こんな甲斐性なしの男がいる店で働きたいなんて言うのはやめた方がいい」
こいつ言いたい放題だな。俺は酒を飲めないし、賭け事なんかまったく知らない。買う?そんな金どこにあると言うのだ。
「いえ、お給料はもらえなくてもいいんです。私本当は学院に通いたかったんですけど、親が許してくれなかったので……。このお店って魔術師の方が経営してるんですよね?私を弟子にしてもらえませんか。その代わりと言ってはなんですがお仕事を頑張りますので」
なるほど、そういう事か。
魔法学院の教育課程とは、基本的に一般教養を教わる学校とは大きく異なる。その特徴としては全寮制で、卒業又は俺みたいに中退したりしない限りは学院の外と交流を持つ機会はほとんどない。それなので普通の家庭では自分の子供を学院に預けるのを敬遠する傾向が強く、生徒のほとんどは孤児か、家を捨てたものが多い。
家族に理解されている者の多くは親が魔術師である場合が殆どだ。
この子はリオと言っただろうか。親が肉屋と言うように商店を経営しているのであれば、自分の娘をわざわざ学院に入れたいとは思わないだろう。
しかし本人は魔法に興味を持っているに違いない。
そう言った場合によく取られる手段として、家庭教師や学院外で生活を営んでいる魔術師に弟子入りするという方法もある。
家庭教師は貴族の子息などに魔法の教養を付ける為に雇われることが多く、その料金はべらぼうに高い。普通の家庭には無理だろう。
なので一般家庭で魔法の知識を得たいと思えば、誰かの弟子になるのが結構ポピュラーな方法なのだ。
まあしかし、魔術師と言うのは学院に所属しているものが大半だし、外で生活しているものと言っても人里離れた場所に居ることも多い。
俺の様に街で商売をしようと考える魔術師は皆無と言っていいだろう。
彼女にしてみればそれがなかなか都合の良かったことに違いない。
「つまり、ただ働きをするという事か」
ユズルナがリオに確認を取る。
「はい。もちろん弟子にしてもらう訳ですから、お金などいただけませんよ」
それなら悪い話ではない。しかしこの話には大きな問題があった。
俺は魔術師ではあるが、所詮は学院を中退した身だ。自分自身転送魔術と言う裏方の系統使いであり、その魔力も大したことはない。そんな俺が人に物を教えることなどできようはずもなかった。弟子をとるなんておこがましい状態だ。
俺の思いとは裏腹に、自称店長ユズルナは、
「よし、ならばお前を我が店の一員に加えてやろうではないか。その身を粉にして働くのだぞ」
「はい!ありがとうございます」
まあ何となくこうなる気がしていたんだけどね。