3日後
ガリウス博士やファボリムとの戦いから三日経っていた。
俺は強大な魔力を使ったことによる反動なのか、体に極度の疲労感が付きまとい、まともに動くことが出来ないありさまだった。
今は店には俺だけしかいない。
ユズルナは博士の死を確認した事で自らの使命を終えていた。アルマーレの寝床の世話もしなくてはならないので自分の国であるエマールナに帰っていったのだ。
リオは昨日までは動くことの出来ない俺の世話を甲斐甲斐しく行っていたのだが、今日は朝から店にいないようだ。俺が動けなくて溜まっている仕事の依頼を、俺が復帰した後に効率よくこなせる様まとめてくれているようだった。本当に助かっている。
ギャメルは元々店の人間ではない。盗賊ギルドの仕事に戻っているのだろう。街に帰って来てからは、一度も顔を見せてくれていなかった。俺が動けるようになったら、俺の方からホテルにある盗賊ギルドに顔を出すとしよう。
午前中いっぱいユズルナが居なくなった事で自由に使えるようになった自室のベッドで休んでいたら、何とか動けるようには回復してきた。
若干の空腹を覚えて壁に手を付きながら階段を下りていく。
店舗として使っている区画に入ると、丁度店に誰か入って来たようだ。
「あれ、お兄ちゃんもう動いて大丈夫なの?」
リオだった。普段は無骨な恰好をしているが、今日は普通の町娘の様な恰好をしている。
「おう、元気になったか」
その後ろからはギャメル。
ギャメルもどこがどうとは言えないが、どこか雰囲気が違う気がする。
「丁度挨拶に伺おうと思っていたんですよ」
「ん、俺にか?」
「はい。なんだかんだで色々お世話になったんで」
俺がそう言うと、ギャメルははにかんだような今までに見たことがない表情をしていた。
「まあ、なんだ。あんまり気にしなくていいんだがな……。これからは俺の方が世話になるかもしれんから……」
「はい?」
ギャメルの言葉は最後の方がゴニョゴニョしていてよく聞き取れなかった。
「それで今日はどんな御用ですか?」
「おう。ちょっとお前に報告と相談があってな」
「相談……ですか?」
ギャメルは頬をポリポリと掻きながら言いずらそうにしていた。
「まあまあ立ち話もなんだから、奥に入った入った」
リオはお茶を用意するためだろう、台所の方に向かいながら俺達をテーブルまで誘導する。
ギャメルはリオが戻るのを待ってから話し始める。
「とりあえず報告ってのはな。仮にも元魔法学院の博士を俺達が倒しちまったって事で一応学院の方に連絡をしたんだわ」
俺はお茶をすすりながら話を聞く。確かに追放されたとはいえ、それなりに権威を持っていた人だ。学院に伝えないわけにはいくまい。
「そしたらな、俺が思っていた以上に学院の方では博士の事を重要な件と考えていたらしく、禁呪を持ち出した事や街道にドラゴンを召喚した事、それらを学院だけでは対応しきれないって事で王国に相談していたらしいんだよな」
話の腰を折らないように相槌だけを返す。
「王国が中心になって博士に対する策を練っているって言われたんで、あんまり気は進まなかったんだが、俺がそこに行って博士を倒してきましたよって報告した。連中博士の事を王国の存亡に関わるくらいのものと考えていて、もう俺が英雄だなんだって凄いのなんのってな」
ギャメルは言いながら少し顔を赤くしていた。盗賊と言う仕事を生業にしている為、あまり人から褒められるという事がないのかもしれない。
しかし、アルマーレやファボリムを召喚していたことを考えると、国の一つや二つ滅んでもおかしくはないと思う。王国のその反応は正常な物だろう。
「もちろんお前やユズルナの事も話しておいたぜ。つーか、殆どお前らがやったようなもんだからな。お前らはこの間のドラゴン退治に関しても王国で噂になっていたらしく、かなりすごい褒賞を準備するって言ってたぜ。期待していいんじゃねえか」
そう言えば街道を警備していた兵士達もそんなことを言っていた気がしたな。なんだろう勲章でも貰えるのだろうか。それだと商人ではなく貴族になってしまうが。
「で、俺なんだがな。その功績が認められて市民証を貰えることになったんだ」
え!?
今までの話の中でここがよく理解できなかった。
ギャメルは盗賊である。孤児や犯罪者が多い盗賊であれば市民証を持っていないこともあるだろう。ギャメルもそうなのかもしれない。
だが盗賊と言う仕事をする上では市民証などの身分を証明するものは邪魔になるのではないだろうか。
ギャメルは嬉しそうに言っていたが、それでいいのか?
「リオもギルドから足を洗ったことだし、俺も辞めちゃおうかな~って思ってな。ギルド辞めてきちゃった」
髪の毛を掻きながら軽い調子でギャメルは言った。横ではリオも笑っている。
「ってそんな簡単に辞めれるもんなんですか」
「ん~俺はギルドに対する功績もある事だし、王国の方からも口添えがあったみたいだ。市民証も貰えるんであれば盗賊を続ける必要もないからな」
俺が寝込んでいる間にそんなことがあったのか……。いやまあビックリはしたが良い事ではないのか。
「ついでに二人ともギルドとは無関係になったって事で、さっき役所に言って親子になってきた」
さりげなく言った一言に俺はお茶を噴きだした。
「ふ……二人ってギャメルさんとリオの事……だよね?」
二人そろって頷く。
確かに二人の間には仲間以上の絆みたいなものを感じることがあったが、まさか本当の親子になるとは。
「ギャメルには昔から世話になってるからね。本当の家族に慣れて嬉しいよ」
「おいおい、これからはお父さんって呼べよ」
二人して笑いながらほのぼのムードをまき散らしていた。
強面の盗賊と凄腕の暗殺者。その二人の面影は全くなかった。
「まあでもお兄ちゃんはお兄ちゃんだからね」
リオが俺に対してウインクしてくる。
「おう、なんだ。じゃあお前も俺の息子になるか」
謹んで辞退させていただきます……。
「で、報告と言うのは解ったんですが相談ですか?」
「おう、それなんだけどな。俺をここで雇ってくれや」
「え?」
まさに、え?であった。
盗賊を辞めました。ここまでは一般的に見れば良い事なんだろうが、なぜそこからうちで働くことになるのだろう。
「俺も今は無職同然の身だしな、娘のリオがここで働かしてもらってんなら俺も世話になろうかなと……」
さすがにギャメルも決まりが悪そうではあった。
言っていること自体は、はっきり言って厚かましい事この上ない。
「しかし……今は仕事が増えてきているとはいっても給料を払えるような状況とは言えませんよ」
俺は精一杯の抵抗を試みる。
「そんなもんはどうにでもなるだろう。今やこの店は王国御用達って言ってもいいくらいなんだぜ。なんならお前さんが貰えるっていう褒賞をそういうのにすればいい。そうすれば仕事なんていくらでも舞い込んでくるだろうさ。だがな、商売ってのは上手く行き始めると色々とあるもんだ。商人ってのも最終的には自分のもうけってのを重視するもんだし、盗賊ギルドも利権に群がってくる。そうなった時にお前さんやリオだけでどうにかできるのか?俺だったらギルドは抑えられるし、商売人どもにも顔が利く。店を大きくさせたいなら俺みたいな存在は絶対に必要になってくるんだよ」
むむむ……。確かにギャメルの言っていることは正しいように思える。繁盛している店には必ずと言って顧問と言う存在があるものだ。単純な商売だけではなく、契約や宣伝、店同士や他業種との繋がり、多くの物が絡まりあって商売と言うのは成立する。店が大きくなればなるほどそう言ったものは面倒になる。
俺は只の転送士であるから、実際経営と言うものが解ってはいない。それをやってくれると言うのか……。
俺は大いに悩んでいた。ありがたい申し出ではあるのだが、ここは俺の店でありギャメルの申し出を受けると、それはギャメルの店という事になるような気がしてしまう。
それに一緒に戦った仲間であるが、元盗賊である。どれだけ信用していいものか。
「うむ、いいだろう。ギャメルはスレイプニル専属顧問として雇ってやろう」
店の入り口から聞き覚えのある口調が聞こえてきた。
扉を開けて入って来たのは、騎士の鎧下の様な恰好をした女、ユズルナであった。
「アキ、お前には選択の余地などないだろう。お前が一人でここに居た時に客が来たか?だからと言って学院にも帰ることは出来ないだろう。そんなダメダメなお前には支えてくれる仲間が必要だろうな」
「ユズルナ!?エマールナに帰ったんじゃないのか?」
俺だけではなく、ギャメルやリオも驚いていた。
「ふん。旅の報告とアルマーレの住処の世話をするために一時的に帰ってただけだ。私には目的があるからな」
「目的?」
「前に言っていただろう。私は剣を集めているとな」
それは知っている。九九九本の剣を持つユズルナは千本目に相応しい剣を探しているのだ。
「でもなんでここに?」
「馬鹿者。神の造りし最強の剣の在り処が解っているのだ。みすみす見過ごす手はあるまい」
「最強の剣って……もしかして召喚殺しの事?」
「それ以外に何があると言うのだ?」
「でも……召喚殺しは剣って言うよりは魔法みたいなもんで……、ユズルナにほいっと上げたりできないんだけど……」
「ならばお前ごと私の物にすれば良い」
はっきりとユズルナはそう言い切った。
横ではギャメルがヒューと口笛を吹き、リオは「お兄ちゃんを誘惑するなんて……殺す」と物騒な事を言っていた。
俺は俺で返答に詰まっていて、ユズルナはそんな俺達の反応を見て自分の言った意味がどうとられているのか悟ったようだった。
見る間に顔を真っ赤にしたユズルナは「べ……別にそういう意味で言ったわけではない!!」
と、普段らしからぬ口調で反論していたが、ギャメルやリオに囃し立てられている様を俺は横目で眺めていた。
一部完




