決戦
俺の転送術を使ってユズルナの所まで降りると、ユズルナは一番最初に落とした金色に輝く剣を引き抜き、それを松明代わりにして辺りの様子を窺った。
「光が漏れていたと言うのはどっちの方なんだ?」
「あっちの方だよ」
ユズルナの問いに、リオが指で方向を示しながら答える。
「ふむ」
リオが差した方向に剣を向けると確かに空洞の先に穴が続いているようにも見えた。
底に降りて、光源があってもまだはっきりとは確認できないと言うのに、リオはこんなものに気づくことができたのか。
ユズルナも先の方に確かに何かあると感じたのか、足元を注意深く照らしながら進んでいく。
近づくにつれ、はっきりと横穴があるのが確認できた。
いままではユズルナが明かりを持って先頭を進んでいたのだが、ギャメルがユズルナを手で制する。
そのまま上着を脱ぐとユズルナの剣にそっとかけた。
金色の剣はギャメルの上着を通してぼんやりと光を通していた。
「明かりは最低限でいい。敵さんにこちらの動向を悟られやすくなるからな。ないとは思うがトラップの心配もしていこうか。これからは俺が先頭を行こう」
ギャメルの歩き方はユズルナとは全く違った。
足音がしないのは盗賊の技能であろうが、体重のかけ方も独特に見えた。
床に何か仕掛けがあった場合にすぐに反応できる歩き方なのであろうか?
それでいて歩速が遅くなったりはしていなかった。
横穴に辿り着くと、ギャメルは穴の中を覗き込んだ。奥の方を確認し、床、天井を確認するとハンドサインで俺達を手招きする。
ギャメルの表情は思った以上に険しいものになっていた。
「ざっと見た感じそんなに規模が大きいものだとは思えんな」
横穴の入り口までくると、奥の方から光が盛れてきているのがはっきりわかった。
すぐそこにガリウス博士が居るのだろうか?
俺は逸る気持ちを押さえつつもギャメルの後に続く。
大した距離ではなかった。この位置から考えると、さっき俺たちがスケルトンと戦闘していた場所の直ぐ下ではないだろうか。
俺たちが降りて来た空洞よりもさらに大きな空間が地下に存在していた。そこに博士と魔神が居た。
彼らは俺たちがいる方とは反対を向き何かを話しているようだった。
その視線の先には、見たことのない巨大な像が建っていた。
見るものの心を凍らせるかのような威圧感を放ち、眼下を睨んでいる。
王国にもいくつかの宗教団体は存在しているが、こんな像は見たことがなかった。
仲間達も圧倒されていたようで息を飲んでいた。
「今なら奇襲をするにはうってつけかもな」
いち早く我に帰ったギャメルがそう呟く。
確かに彼らは俺達の存在に気づいている様子はない。
博士を視界にとらえたユズルナはその手に剣を召喚して飛び出していく。
「あ、おい!!」
ついギャメルが大声を出してしまう。
博士と魔神はこちらを振り返った。
しかしユズルナは、ためらうことなく突っ込んでいく。速い。
あっという間にガリウス博士の眼前に立つと、ユズルナは剣を振り上げる。
戦いに疎い俺の目から見ても完璧なタイミングだ。上段から降り下ろされる攻撃を博士は交わせないだろう。
大きく振りきった剣の軌道。俺は見た。隣の魔神が何かを呟くと博士の姿と共に掻き消える。
ユズルナにはそれが解っていたのだろうか、慌てた様子も見えず辺りを見渡していた。
「どうやってここに入ってきたんだ」
ヒステリックな声が空洞に響き渡る。
ガリウス博士は巨大な像の肩に魔神と共に立っていた。
「せっかく敵の不意が付けるところだったんだ、作戦位は立てるべきじゃなかったのか」
ユズルナのもとに駆け寄りながらそう言ってみる。
実際ギャメルは足音をたてずに歩くことができるし、リオにしてみれば元暗殺者だ。もっと上手くやれたのではないだろか。
「ふん。ファボリムは私達に気付いていた。奇襲なんか成功しなかっただろうな」
ユズルナはそう言う。ギャメルやリオもそれを肯定するようなリアクションをしていたので俺一人だけ状況を察していなかったのか。
「奴を取り逃がしたくはない。ファボリムに転送を使われる前に叩く!!」
ユズルナはそういうと、さっき空洞に降りた時の逆の要領で短い剣から順番に召喚し、巨像の上まで剣の階段を作り上げた。
「丁度生贄も足らなかったのだ、むざむざ逃げたりはせんよ。ここならそれなりの空間があるからな。いでよアルマーレ!!」
ガリウス博士は両手を前にかざす。俺達の足元に巨大な魔法陣が光り出した。
ユズルナがもう少しで博士に届くと言うところで、足場にしていた剣達は地面から引き抜かれ倒れていく。
そこには街道で出会った赤いドラゴン、火竜王アルマーレが現れた。
ユズルナは何とか着地し、アルマーレから距離を取る。
「ふははは、アルマーレ、奴らを攻撃しろ!!ただし命までは奪うなよ。殺さない限り好きにやれい!!」
博士がそう言うなりアルマーレは大きな咆哮を上げた。
まるで心臓を鷲掴みにされたようだ。
咆哮はすでに止んでいるのにもかかわらず、足が震えていて動くことができなかった。
ちらりと視線だけを送ると、リオやギャメルも俺と同じ状況の様だ。
アルマーレは前足を振り上げ、それを俺達に向かって振るおうとしていた。
あれだけの質量の攻撃を食らったら、死ぬんじゃないか?いやしかし博士は俺達を殺さないよう命令していた。手加減するのだろうか?
危機的な状況で、俺の思考は関係ない事を考えていた。
何とかして攻撃を回避しなければならない。
だが、アルマーレの前足は俺達に振るわれることはなかった。
距離を取っていたユズルナがアルマーレの横に近づき、巨人殺しを召喚していたからだ。
×の字に召喚された巨剣は振り上げた前足を押しつぶし、アルマーレの動きを封じていた。
アルマーレが態勢を崩した瞬間、俺の脚は俺の命令を聞く様になった。
さっきの咆哮にはもしかしたら魔法的な要因が含まれていたのかもしれない。
「さっきの見たか?」
ユズルナは俺達の方へ近づいてくるなり、俺にそう訪ねてきた。
「?」
「アルマーレの額を見てなかったのか?」
「額?」
「ちっ、よく見ていろ!!」
そういうとユズルナは俺を突き飛ばしてきた。俺は大きく横倒しになる。
「なにす……」
ユズルナに文句を言おうとした瞬間、さっきまで俺が立っていた場所にアルマーレの尻尾が降ってきた。
前足を拘束されながら、器用に尻尾を振るっている。
見るとリオ、ギャメルの二人は既にさっきの場所にはなく、左右に分かれアルマーレの的を外していた。
ユズルナはアルマーレを指さすと、自分の額を示して見せた。
さっきから何が言いたいのだろう?
考えている暇もなく、俺達の危機は続く。
いつの間にかファボリムがアルマーレの行動を封じている巨人殺しに取りついていた。
そして次の瞬間巨剣は掻き消えていた。
転送の魔神……。その存在を忘れていた。
「ええい、アルマーレ!!一人二人は殺しても構わん。やれぃ!!」
ガリウスがそう命令をする。
殺さないようにしろから、殺してもいいに命令が書き換わったアルマーレは、行動でそれを示した。
首を大きく持ち上げると大きく息を吸い込んでいく。蛇の様な長い喉が見る間に膨らんでいく。
まさか!!こんな所でブレスを吐くつもりなのだろうか。広いとは言っても所詮は地下にある空洞だ。こんな所で炎が燃え上がれば博士の方も危ないのではないか。それに酸素の問題もあろう。火が燃える為には酸素が必要になる。今は特に問題ないが、火が燃えていくなか、それだけの空気が供給されるとは到底思えない。
躊躇うことなくアルマーレは炎を噴出してきた。
それは以前見た放射状に撒き散らすのとは違い、炎を塊の様に打ち出してきたのだ。
炎は周りに燃え移らなかった。その代わり着弾する度にものすごい衝撃破が発生する。
何度も炎を打ち出すアルマーレに対して、俺達は直撃する事こそなかったものの、衝撃波で体を地面に打ち倒されダメージを蓄積させていく。
俺以外の三人もこの狭い空間でいく度も襲ってくる衝撃を回避する術はないようだ。
「ヤバイな、本格的にヤバイ」
自然と出た呟きに、ユズルナが反応する。
「何を言っている……、今がチャンスなのではないか」
ユズルナもかなりのダメージがあるのだろう。声からいつもの覇気が少なくなっていた。
「チャンス?こんな状態からどうするんだよ?」
「お前、さっき私が言った事をもう忘れたのか?」
さっき言っていたこと?額を見ろってやつか?
ユズルナに言われてアルマーレの額に注目してみた。そこには魔法陣があったのだ。ガリウスの声に反応して光り輝いていたから、何かしらの魔法なのだろう。
「それがどうかしたのか?」
「わからないのか?街道でアルマーレの話を聞いていたか。お前はリオが襲ってきたときに何をしてやった。今回も同じことをしてやればいいのだ」
アルマーレの話?俺がリオにしてやった事?
「まさか……?」
「ああ、私の予想通りなら上手くいくはずだ。時間なら私が稼いでやる」
そう言い残してユズルナは俺の前に立ちはだかった。
アルマーレは俺達を目標に定めたようだった。今までより大きく息を吸い込むと喉が破裂せんとばかりに膨らんでいく。
「はぁぁ!つるぎの盾!!」
ユズルナは両手を前に突き出すと、巨人殺しが俺達とドラゴンを遮るように召喚された。
丁度その瞬間、立っている場所の温度が急激に上がった気がした。
アルマーレの放ったブレスは街道で見せた放射状に吹き出すタイプだった。
爆発するのではなく、炎の温度で敵を焼き尽くすのだ。
巨人殺しは神々の時代に作られ、神々の時代から生きているドラゴンの必殺の攻撃を受け流していた。
それを見て俺は腰にぶら下げていた魔法の粉を地面に撒き散らす。
呪文を唱え見慣れた魔法陣が形成されると、俺は魔力の供給を受ける。
今回使う魔法はかなり難しいものだ。しっかりと魔力を溜めこんでおかなくてはならないだろう。
以前にも巨人殺しはアルマーレの炎を防いでくれた。アルマーレが特別な行動をしない限り十分に魔力を溜めることが出来るはずだ。
ユズルナは巨人殺しの裏で一応は警戒していた。超一級の剣士であるユズルナが神経を集中させていたにも関わらず、そいつは突然やってきた。
ファボリムだ。
巨人殺しの裏に居る俺達の所へ瞬間移動してくると、その手に三又の槍の様な物(よく見ると蝋燭を立てておく燭台の様に見える)を持ってユズルナに襲いかかった。
転送術によって現れた相手に対し、若干反応が遅れていたもののユズルナはその手に剣を召喚し、迎撃態勢を取る。
ユズルナが召喚した剣は変わったものだった。真っすぐに伸びた刃の先が、外側に向かって反り返っていたのだ。Yの字になっている剣を匠に操りファボリムが付きだしてくる槍を剣で受け止める。ファボリムが再度攻撃を仕掛けようと槍を手元に引き寄せようとしていたが、ここに至ってユズルナが何故このような剣を召喚したのかが判明した。
剣先が三又の槍に絡まっており、引き戻す事では離すことが出来ないようだ。
ユズルナは片手で剣を抑えると、空いている手でもう一本剣を召喚した。こちらは何度か見たことがあるような気がする。ユズルナの愛用の剣だ。
槍を固定されているファボリムに向かってニヤリと口元をゆがませると、ユズルナは使い慣れた剣を魔神に向かって一閃させた。
確実に首を狙った一撃はファボリムの頭を跳ね飛ばしていた。
よろよろと膝を落としていく魔神の体はその手を武器から離した。
それを見てユズルナは自分の持っていた剣ごと槍を地面に投げ捨てる。
魔神ファボリムは倒した。後は俺がアルマーレを何とかすれば博士には俺達と戦う手段は残されていないだろう。
ユズルナとファボリムの戦いはものの数秒と言った所だったが、その間も巨人殺しはアルマーレの炎を防いでくれていた。
俺の中に魔力が溜まっていくのを感じる。そろそろ行けるかもしれない。
魔法を使うために精神を集中させようとした俺の視界はファボリムが起き上がるのを捕えた。ユズルナは俺の方を見ていてそれに気付いていないようだった。
「ユズルナ!!」
俺は叫ぶ。ユズルナも俺の視線を感じ取ったのか剣を構えて振り返った。
起き上がったファボリムの頭は、先程のユズルナの攻撃によって失われたままだった。しかしそれとは別に肩から二つの頭が生えていた。
「しぶとい奴め」
ユズルナはそう吐き捨てながら、再びファボリムに向かって剣を繰り出す。魔神は今は武器を持っていない。先程よりも簡単に決着を付けられると思っていた。
だがファボリムはユズルナを見ることもなく一目散に逃げ出した。巨人殺しの方へ……。
ファボリムが巨人殺しにトンッと軽く手を添える。ユズルナはすぐにその行動の意味に気が付く。
「あっ、しまった」
ファボリムの転送術によって巨人殺しは再び何処かへ転送された。もちろんアルマーレのブレスは未だに止んではいなかった。
ユズルナは両腕で上半身をかばうように覆った。伝説級のドラゴンのブレスがそんなものでどうにかなるはずはないのだが。
ファボリムは巨人殺しを転送した瞬間に自身も消えた。
そして俺はそれを高いところから眺めていた。
ユズルナは自分の身に何も訪れない事を訝しみながらもゆっくりと顔を上げる。
すーっと上がってくる視線は俺の視線と絡まった。
俺はアルマーレの頭の上に居た。
アルマーレは俺に乗られていても、抵抗する様子はない。
それはそうだ、俺はアルマーレの呪縛を解き放ったのだから。
アルマーレは前に言っていた。召喚の契約には逆らえないと。何か特別な物でもあるのかと思っていたが、簡単な事だった。印によって強制力を持たせていたのだ。
そして俺は以前、リオの盗賊ギルドの盟約の印を転送術により解呪することに成功していた。
ならばアルマーレの契約の印も解呪できるかもしれない。ユズルナはそう言いたかったのだ。
俺はファボリムの狙いを悟ると、すぐにアルマーレの頭の上に自信を転送した。アルマーレはブレスを吐き続ける為に頭の位置を固定していたので、簡単だった。
そのまま溜め込んだ魔力をアルマーレの契約の印に集中させる。一度やった事があるのでイメージはすぐにできた。ガリウス博士の契約は強力であったのだろうが解呪に対しては対策はしていなかったようだ。あっさりと外れたのだ。もしかしたらまたアルマーレが力を貸してくれたのかもしれない。
その証拠にアルマーレは印が外れると、すぐさまブレスを中断した。
外面的には俺達を攻撃してきたが、内面では強く抗っていたのだろう。
(感謝するぞ)
印を解除したことで意思の疎通が出来るようになったのだろうか、アルマーレの意識が流れ込んでくる。
アルマーレはゆっくりと俺を地面に降ろすと、巨像の上に載っているガリウス博士に向かって唸りを上げた。
「ば……ばかな……。契約はどうした。私を攻撃する命令など出してはいないだろう」
ファボリムの力によって巨像の上に運ばれた博士は俺達には簡単に手の出せない高さに居た。しかしアルマーレの巨体であれば造作もない事だ。一人では簡単に降りることが出来ないその場所に居る事で博士は逃げ場所を失っている。
アルマーレは咆哮を上げる。今度は俺達に向かってではなかったが、それでもビリビリと肌を刺激する。
「ファ、ファボリム。ファボリムはどこだ?私を助けろ!!」
博士の訴えにファボリムは登場しなかった。巨人殺しを消し去った後からその所在はしれない。
アルマーレは大きく息を吸い込むと、その喉が大きく膨らんでいく。その光景を眺めながら博士の顔色は見る間に青ざめていった。
「やめろ、やめろ~~!!」
博士の訴えを無視するようにアルマーレは炎を噴出した。俺達に放っていたのとは比べるまでもなく控えめなブレスであったが、逃げることも抵抗することもかなわない状況の人間を相手にするにはその程度で十分と判断したのであろう。
巨像の方で爆発が起こる。巨像はどのような鉱物で造られているのかはわからないが、アルマーレの炎を受けても崩れることはなかった。その上には人の影はもうない。爆発によってバラバラに吹き飛ばされたのだろう。
「終わったな」
俺がそう呟くとそばまで来ていたユズルナがコクリと頷いていたのが視界の隅で見えた。
アルマーレに攻撃されていた最中はその行動が確認できていなかったリオとギャメルも揃っていた。二人とも炎と爆発の中を必死に逃げ回っていたのだろう。体中に擦り傷があり、顔は煤だらけだった。
(我は契約より解放された……。人の子よ、本当に感謝する……)
アルマーレの意識が伝わってくる。他の三人にも聞こえているのだろう。俺達は同時にアルマーレに向き直っていた。
首をもたげてこちらを向いていたアルマーレは、呪縛から解放されたことが影響しているのかその瞳には鋭さが失われ優しさが溢れているように見えた。神々や人と共に生きた伝説の火竜王。これが本当の姿なのかもしれない。
「あなたはどうするのですか?以前のようにあなたの世界に転送しましょうか?」
俺はアルマーレに尋ねる。どちらにしろここはそれなりに広い空間だが、地下から地上にアルマーレ程の巨体が通れるような道はないだろう。俺が転送術を使う事には変わりはないはずだ。
(我はこの世界での肉体を手に入れた。我を縛る契約も消えた。どうだろう我はこの世界に残りたいと思うのだが……)
思ってもいなかった反応を示してきた。伝説の中に存在するようなドラゴンが今の世に生きると言うのだ。魔法が栄えている国ではドラゴンはそこまで珍しい生き物ではないはずだがアルマーレ級となると話は変わってくる。
リオやギャメルは困惑した表情をしていた。おそらく俺も同じような顔をしていただろう。
盗賊ギルドにしろ俺の店にしろ、街中ではアルマーレクラスの生き物が寝床に出来るような場所を確保することは難しいだろう。それともどこか山にでも住むつもりだろうか?それはそれで人がめったに寄り付かないような秘境でもない限り難しいのではないか。
「ならば私の国に来ればいい。私が召喚したことにすれば誰も異議を挟むことはないだろう」
一人だけ涼しい顔をしていたユズルナがそう宣言する。
そう言えばユズルナはエマールナのお姫様だった。一国の姫であれば、発言力もあるだろうしアルマーレが生活する環境を用意できるかもしれない。
(そうか……娘、世話になるとしよう……)
アルマーレもそれに異存はないようだった。
「それでは友好の印に私の魔法陣を刻ませてもらえるかな。なに、心配するな。私の魔法陣は奴の印とは違うからな」
ユズルナは口元に笑みを浮かべながら懐から筆を取り出した。
九九九本の剣を操り、ただでさえ戦闘力の高いユズルナの召喚術の中に、伝説のドラゴンが追加されるのか……。よもや一人で一国を壊滅出来るのではないだろうか。
アルマーレは俺達を信用しているのか、特に抵抗することもなくユズルナとの召喚の契約を交わしていた。
「これでよし。では先に私達が外に出ているからな。地上に出たら一度召喚するから少し待っていてくれ」
ユズルナはアルマーレの首筋に魔法陣を描き終ると、アルマーレにそう説明していた。
俺がアルマーレを転送するものかと勝手に考えていたが、アルマーレを地下から出すのにユズルナが召喚すると言う手もあったか。
アルマーレは首を少し傅かせる事で俺達に同意の意志を伝えてきた。
戦いは終わったのだろう。
ガリウス博士の意図が解る事はなかったが、ユズルナの目的を果たすことが出来たし、禁呪を悪用される心配もこれでなくなった。
降りてきた空洞まで戻ると、俺はリオとギャメルを転送術で地上に送った。
先程溜めこんだ魔力が、今の二回の転送で尽きたのを感じた俺は、自分を転送するための魔力を得るために魔法陣を展開する。
その間にユズルナは降りてきたときとは逆に、剣の鍔を器用に駆け上がり先に地上へと戻っていった。
俺は十分な魔力が溜まったのを感じ、自分を転送するために集中していく。
自分を転送するのは、あまりいい気分ではないのだが仕方がない。
が、俺が転送術を発動させようとした瞬間大きな叫び声が上がる。
「アキ!!お前は上がってくるな!!」
ユズルナの声だった。
俺は術の発動を止めることは出来ず、地上への転送を行った。
一瞬のブラックアウト。
すぐに視界が戻った時には、辺りは暗くなっており俺はすぐに状況を理解することは出来なかった。