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転送屋スレイプニル  作者: 堀江すてる
14/19

ガリウス博士

ギャメルが待ってくれと言っていた数日の間、俺は未だに手を付けていなかった仕事をこなしていた。

 街道が封鎖されていたおかげで舞い込んできた仕事ではあったが、街道が再び使えるようになった後でもそこそこ仕事の依頼が入ってきていた。

 どうやら盗賊ギルドのほうで自分達の息のかかった商店にスレイプニルを宣伝してくれているらしい。こんな所でもギャメルが俺達に感謝していると言うのが良く伝わってきた。

 仕事の大半は王都からの搬入作業であり、俺やユズルナ、リオは一度王都に入り依頼された物資をどんどん街に転送していくことになった。

 一度に多くの依頼を受けてしまったことで、転送の作業以上に仕分け作業が大変だったが、リオがいつの間にか仕分けリストを作成してくれていたおかげで滞りなく作業は進んでいった。うーん、リオを引き受けたのは正解だったのかも……。

 移動時間も含めて四日で店に帰ってくると、入口でギャメルが俺達の事を出迎えてくれた。

 両手や背中には大量の荷物を抱えている。その表情からはどうやら話は上手くまとまらなかった のが窺えた。

「すまん!!」

 店に入って腰を落ち着けるなりギャメルはそう言って謝ってきた。

「どうにも相手が頑固で剣を譲ってもらう事が出来なかった。代わりと言ってはなんだが街で手に入る剣を片っ端から持ってきた。これで勘弁してはもらえないだろうか。もちろん一本とは言わず何本でも……」

 ギャメルが持っていた大量の荷物は全て剣だったらしい。ユズルナはそれを無造作に手に取りながら確認していく。

「ふん。私はこんなクズ剣が欲しい訳ではない。こんなものを何本も貰った所でいい迷惑だ、持って帰れ」

 さすがにこの物言いはギャメルの方も激昂するのではと肝を冷やしたが、ギャメルはそれでも自分に非があるように対応してくる。

「しかし……それでは俺の気が……」

「ならばその魔術師とやらの所在を教えろ。私が直接交渉に行ってやる」

「それは……」

「交渉になんて行く必要ないわよ。家が解るんならあたしがちょちょいっと盗ってきてあげる」

「ほう、小娘にそんなことができるのか?」

「あたしは元暗殺者だかんね。暗殺者ってのは音もなく忍び寄って相手を仕留めないと務まらないでしょ。相手に気付かれ無い様に剣を盗ってくるだけなんて軽い軽い」

「ならばそれでいくか」

 リオとユズルナの会話にギャメルは目に見えて狼狽していた。

「頼むから学院と揉め事を起こすのだけは勘弁してくれ……」

「貴様はあれもダメ、これもダメ……。本当に何とかする気があるのか?」

 その後小一時間ユズルナに言いたい放題言われていたギャメルは、事を荒立てる事だけはしない様にと念を押して魔術師の所在を教えて帰っていった。

 その後もユズルナとリオがなにやら色々と打ち合わせをしていたようだったが、仕事と王都への移動で疲れが溜まっていたので眠りに落ちてしまった。

 まさか本当に盗みに入る訳はあるまい……。


 目を覚ますと窓から差し込む日の光はかなり弱い、夕方?いやこの外の静けさは夜明け前だろうか。

 昨日はかなり早い時間に寝てしまったという事もあってか、結構な時間寝ていたようだ。

 この店で起きるときに、このように何もなく朝起きると言うのは結構久しぶりかもしれない。

 ここ最近の流れとしては、俺が目を覚ますとリオが水を持ってきてくれるのだが、さすがにまだ起きていないのだろう。

 俺の寝床になっている店のカウンターから身を起こすと、簡単に身支度をしようと店の奥に向かう。

 丁度そこで二階から降りてくるユズルナと鉢合わせた。彼女はいつもこんな時間に起きていたのか?

 ユズルナは俺を見るなり驚愕を顔に浮かべていた。

「あ……あ……。まさかアキがもう起きているとは……」

「リオはもう起きているのか?」

 俺はユズルナの言葉に苦笑いを浮かべながらそう尋ねた。

「ん……、小娘はまだ……寝ているのではない……かな?」

 ん?なにやらユズルナの歯切れが悪い。

「じゃあ今日は俺がリオを起こしてやろうかな」

 そう言いつつリオの寝ている二階の物置に向かおうとする。

「まあ待て。アキもこんなに早く起きては寝足りないだろう。どうだもう一眠りしては」

「いや、昨日は結構早くに寝ちゃったから全然眠くないんだよな」

 言いながら階段を登って行こうとするが、階段に立っていたユズルナが通せんぼする形で俺の進路を妨害する。

「れ、レディの部屋に男が入るのは良くないんじゃないか」

「レディって……。リオはまだ子供だろう。それに俺の妹って言ってんだから問題ないだろう。ってかユズルナ、なにか隠してる?」

「そ……そんなことは……ないよ」

 ないよ?ユズルナらしからぬ言い回しである。

 俺は仕方なしに店に戻ると、後ろからユズルナが胸を撫で下ろした風に息を吐く音が聞こえる。

 店とを繋ぐ扉を閉めると、俺は昨日の恰好のままで寝ていたので腰に下げたままになっている魔法の粉を床に振りまいた。

 軽く呪文を唱えるとそれは魔法陣を形成する。

 陣の中に入って魔力を溜めるのだが、そんなに大きな魔法を使う訳ではないので少しの時間で充分だ。

 必要な魔力が溜まったのを感じると俺は自分自身に向け手の平を押し当てた。

 本当はこんなくだらない使い方をしたくはないのだが……。

 俺はさっきユズルナが通せんぼをしていた階段の最上部をイメージする。

 瞬間、俺は転送していた。

「あっ、貴様汚い……」

 まだ階段に残っていたユズルナが、突然上に現れた俺に気付いて猛然と階段を駆け上がりながら俺を罵る言葉を吐いていた。

 俺はそれを聞き流しながら物置に向かう。ノックもせずに物置の扉を開くと、そこにはリオは居なかった。

 一通り部屋の中を眺めた後、後から付いてきたユズルナに視線を向けると、彼女はばつが悪そうに目を逸らしていた。

「どういう事だ?」

「なにがどういう事なのだ?はっきり言わないと何が言いたいのか相手に伝わらないと思うが。貴様はそんなことも教わらなかったのか」

 言ってる事はいつものユズルナみたいだが、声色が完全にすっとぼけた感じに裏返り気味になっている。

「リオはどこに行ったんだ?」

 俺の口調は自然と強くなっていた。

「な……何のことかわからんな……」

「お前……本当にリオに剣を盗みに行かせたのか?」

「ふ……ふん。私の物になる予定だった物を取りに行かせて何が悪いと言うのだ」

 ついにユズルナは開き直ってきた。

「大体な、貴様の借金は帳消しになるし、仕事は増えるわで気分が良いのかもしれないがな、私はここ最近無駄足ばかり踏まされているのだ。今回の剣だけは絶対に譲れん」

「だからってリオを巻き込むなよな。リオはやっと盗賊ギルドから足を洗えたって言うのに、こんなことを繰り返していては何も変わらないじゃないか」

 そう、リオは盗賊ギルドを抜けることを心から願っていた。せっかく念願叶って脱会することが出来たのに盗賊の仕事を続けていては何も意味がない。

 さすがに今の俺の物言いにはユズルナも思うところがあったらしく、それ以上の言い訳はしてこなかった。

 リオが学院の魔術師の家に忍び込んでしまったのではしかたない。

 俺達はリオの帰りを店のテーブル席で待つことにした。


 昼を回ってもリオは一向に帰っては来なかった。

 さすがに夜明けに盗みに入り、こんな時間になるとは思えない。

「まさか……見つかったのか?」

 俺の呟きにユズルナが反応する。

「ちっ、小娘め下手を踏んだか」

「ユズルナ!!」

 ユズルナは軽く舌を鳴らすとそっぽを向いてしまった。

 俺の心臓の鼓動は早くなっていく。

 盗みに入って見つかってしまった場合、その処分はどのようなものになってしまうのだろう。詰所にでも引き渡されるか?いや、家主と戦闘になって怪我をしたのかもしれない。最悪死んで……。

「心配ならばギャメルにでも相談しに行ってみればいいのではないか?こういう事例には何かと詳しいだろう」

 俺の顔色を窺ってかユズルナが意外にまともな事を言ってきた。

「ギャメルさんと言えば……盗賊ギルドか。しかし俺は盗賊ギルドの場所を知らない……」

 盗賊ギルドと言うのはその性質上わかりにくい場所に存在していることが多い。今までのギルドとのやり取りはギャメルの方が店にまで出向いてくれていたので、俺はギルドの所在地を把握していなかった。

「ふふ、前の依頼の時に下調べはしておいた。私に着いてこい」

 ユズルナはそういうと席を立った。前の依頼と言うのはギルドの人身売買に関する事だろう。確かギルドの調査も依頼内容の中に入っていたと言っていた気がする。

 それならばユズルナがギルドの場所を調べていたとしてもおかしくはない。

 ユズルナに着いて歩いていくと、たいした距離を歩いていないのにユズルナは立ち止まった。

「ここだ」

 ユズルナの指し示す建物を見て俺は驚いていた。

 ここは商店街にある宿屋だ。街の中でも一、二を争う大きさの宿屋でありその接客やサービスの質の高さは王都でも評判になっているほどだ。

 こんな目立つところにギルドなど有るものか。

 俺が心の中でそう呟いている中、ユズルナは宿屋の扉をくぐった。

「いらっしゃいませ!!」

 店員の元気の良い挨拶が店に入った瞬間に飛んでくる。

 俺達の出迎えに出てきた店員は、満面の笑顔に洗練された身のこなしで、よく教育されているのが伺える。

 違う、絶対ここはギルドなんかじゃない。

 俺の確信をよそにユズルナは不躾に店員に話しかけた。

「私達は客じゃない。ギャメルに会いに来たんだ、ギルドに案内してもらおう」

 ユズルナの言葉をきっかけにさっきまで笑顔だった店員の表情は一変した。

 無表情な顔つきの中に殺気の込められた目。それはまさに盗賊の顔だった。

「てめえら何でここがギルドだと知っている。兄貴に用があるだと?てめえら何もんだ?」

 店員は俺達の答えによっては即行動に移せるようにか、懐に右手を忍ばせた。ナイフでも握っているのだろうか。

「俺達はすぐそこのスレイプニルと言う店の者だ。ギャメルさんに用があって来たんだけどお取次ぎ願えないだろうか」

 こういう時ユズルナに任せると大抵話が脱線してしまいがちなので、俺がすかさず声を掛ける。

 はたしてその効果ははっきりと表れたようだった。

「ス……スレイプニル?ってあのドラゴン狩りの依頼を任せたら退治してきたって奴等か?」

「ええ、まあ、その通りだと思いますが」

 実際には俺達はドラゴン狩りはしていない。転送して元の世界に送り届けただけだ。

「おお、すまねえすまねえ。えーっとギャメルの兄貴だったな。じゃあこっちに来てくれ」

 店員は懐から手を抜くと、最初の様な笑顔に戻って俺達を店の奥に案内してくれた。どうやら俺達の事はギルド内にしっかりと伝わっているらしい。

 俺達が通されたのは応接間の様だった。当たり前と言っちゃ当たり前だが、ギルドの奥には俺達を入れたくはないようだ。

 たいして待つこともなくギャメルが部屋にやってくる。

 その顔は昨日に増して申し訳なさそうな顔だった。

「まさかギルドにまでやってくるとはな……。あんたの剣に対する執着は解ったから、もうちょっとだけ待ってくれねえかな。俺の方でも色々やってみてはいるんだ」

 入ってくるなりギャメルは頭を下げてきた。

 今回の事ではこちらが頭を下げてお願いに来ている身だ。とりあえずギャメルに席に着いてもらって今回の事情を説明した。

「リオの奴本当に盗みに入っちまったのか!!」

 俺達の話を聞いたギャメルは怒っているとも驚いているともとれる声を上げた。

「はい……、それで昼になっても帰ってこないので、こちらに来れば何かわかるのではないかと伺ったのですが……」

「ちっ、まずいことになっちまったな」

「まずいこと?」

「ああ、どう話したらいいもんか。とりあえずだな、お前さん魔術師ならガリウスって名前は知っているだろう?」

「ガリウス……ってガリウス博士ですか?」

「おう、その博士様だ。今回の剣を先に買っちまったって客はそのガリウス博士なんだよ」

「何者なんだそいつは?」

 ユズルナは横合いから訪ねてくる。

「ガリウス博士って言うのは王都付近の学院では知らない者のいない魔術研究家だよ。彼が編み出したり解明した魔術は数えきれないくらい存在し、現代の偉大な魔術師として称えられているほどだ」

 俺の説明にユズルナはほうと頷いている。ガリウス博士の事は学院以外でも、家庭教師に魔法を習ったのだとしても話題に出てくると思うが、ユズルナが知らないと言うのは王都近辺の生まれではないのだろうか?

「おう、そのガリウス博士が剣を買っちまったってんでこっちも頭を抱えていたんだ。なにせ役職に就いていないとはいえ、学院内での力は下手な学院長よりも大きかったりするからな」

 ガリウス博士は研究を第一とするために、多忙になる学院の重役などには就かないようにしていると言うのは知られた話であった。しかし彼を崇拝する魔術師と言うのは多く、彼の権力と言うのは学院内でもかなりの物なのだろう。

「しかし彼は今この街に居るんですか?彼は王都の学院に居るはずですよね?」

「そうなんだ……、俺もそれが何か臭いと思ってな、色々調べ廻ってたんだ。俺達盗賊ギルドが学院に対して及び腰だって言っててもな、個人を責める分にはいくらでもやり方はあるもんなんだ。ガリウス博士の黒い噂なんかを集めてな、脅迫紛いの事をやろうと思っていたんだが」

「おお、それは良いではないか」

 こういう話になるとユズルナは嬉々として参加してくるな。

「それが黒い噂所じゃなかったんだよ……。博士は学院を追放処分になっていたんだ」

「追放?」

「ああ、学院での身分は剥除。学院の魔術師と交流を持つことも禁ずるって事らしい」

「なんだ、それならば学院を気にせずそいつを追い込んでしまえばいいではないか」

「俺もそう思っていたんだけどな。なんか嫌な予感がして調査を続けていたんだ。そしたらそれがビンゴ。街道でのあのドラゴン騒ぎ、ドラゴンが現れた時に博士がそばにいたって噂がある。それに学院を追放された理由なんかも俺なんかよりお前らの方がピンと来るんじゃないかな。禁呪ってのを研究していたからって事らしいぜ」

「禁呪……」

 禁呪と言うのは普通に魔術師が使う魔法とは違い、人間にはコントロールが出来ないと言われている魔法の分類であった。

 現在、世界に存在している生物の中で人間と言うのはかなり高い魔力を持っていると考えられている。その人間に制御できないと言う時点で、それは神か悪魔か人間よりも高尚な存在が使う事を前提にされているとして、禁忌には触れぬようにと、学院ではそれの使用及び研究は固く禁じられていた。

 必然的に禁呪の効力は大きくなる事が予想される。たとえば街道に火竜王アルマーレを召喚することも出来るのかもしれない。

「それで俺としては学院以上に慎重に扱う相手として考えていたんだが……、リオの奴が勝手に家に忍び込んじまうとはな……」

 そういったギャメルの顔は、まさに父親のそれであった。

「それでガリウス博士は学院を追放になった後この街に来たんですか?」

「んー、どうやら実家がこの街にあったって事らしいな。帰って来たって事だ」

「ふん。学院を追放になっているのならば直接乗り込んで行って話を付けてしまえばいいだろう。禁呪?はん、そんなものがおいそれと使えるものならば人は皆、神になっていることだろう。剣を頂いたあとついでに小娘も助けてやるとするか」

 ユズルナは胸を張って堂々とそう宣言した。確かにリオが潜入に失敗したのであれば、俺達としては正面からガリウス博士を尋ねるしかないだろう。

 昔聞いた噂では、博士はそんな悪い人ではなかったはずだ。盗賊であるギャメルならばともかく、元学院生の俺に対してまで邪険に扱われるとは思えなかった。そんな人が禁呪を研究していると言うのも気にはなるのだが。

 俺とユズリナがギャメルに礼を言って出かけようとすると、ギャメルも同行を願い出てきた。

 やはり彼もリオの事が気なるのだろう。

 俺達はガリウス博士の家に向かう。

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