火竜王アルマーレ2
俺は地面に魔法の粉を撒くと、十分に魔力が高まっていくのを感じた。
強力な転送術が使えるまで魔力が溜まったのを頃合いにリオとユズルナに合図を出した。
アルマーレが攻撃をしてこない位置から、リオが一気にアルマーレにむかって突撃を仕掛けていく。
アルマーレはリオに対し前足を使って攻撃を加えようとする。しかしリオはアルマーレに接近し過ぎないようにし、回避できる位置を見計らいアルマーレの攻撃を引き付けていた。
俺やユズルナは始めの位置からは動いていない。ユズルナの作戦は俺とユズルナが近くに居ないと使えないからだ。
アルマーレはこれでも契約に抗っているのか、俺達に対し攻撃をしてこようとはしなかった。リオに対し尻尾で薙ぎ払いを掛けようとするが、十分に警戒しているリオはそれも難なく回避する。回避する事だけに集中していれば元盗賊で暗殺者であるリオはかなりの危険察知能力を持っているのだ。
アルマーレは攻撃がなかなか決まらないことに業を煮やしたのか大きく息を吸い込んだ。ブレスが来る。ブレスをさっきの様に首を振りながら撒き散らせばかなりの攻撃範囲になる。さすがにそれはかわせないだろう。
だが俺達はこの瞬間を待っていた。
アルマーレは大きく息を吸い込んだ瞬間は、首を持ち上げるようにしてその動きが止まるのだ。当然頭が高い位置に来ることになり普通の人間には攻撃を加えられる高さではないのだが、ある意味ではもっとも狙いやすい的と言う風にも捉えられる。
「アキ!!」
「ああ」
俺はユズルナの呼びかけに応じ体内に蓄えた魔力を解放していく。ユズルナは俺の目の前に先程の巨人殺しを再召喚すると、俺はそれに手を触れさせる。
正直こんなに大きなものを正確に転送できるかどうかは自信がなかったが、今この瞬間はそんなことを言ってはいられない。リオにブレスの危険が迫っているのだ。
一つ一つ召喚される巨大な剣を俺は順番にアルマーレの高く伸びた頭上目掛けて転送していく。
すべての作業が完了すると、目の前には巨人殺しと地面に首を挟まれるレッドドラゴンが居た。
首が絞めつけられているのかアルマーレはブレスを吐き出すことが出来なかったようだ。
今は満足に身動きをすることも出来ないようだ。
しかし本当は巨人殺しの重さで首を切断する事を考えていたのだが、さすがに太古の竜だけある、そんなに簡単にはいかなかったようだ。
「うむ……見事なものだ……。しかし本来は巨人を殺すための武具……。我を滅ぼすまでにはいかなかったようだな……」
「ふん、戦闘不能にすれば上出来だろう。この状態ならばどうにでもなる」
ユズルナは通常の大きさの剣を召喚するとアルマーレに向き直る。
「それでも構わないのだが……、余計な手間がかかるだろう……。そこの青年は転送師だったのだな?どうだろう私を元の世界へ転送してはくれないだろうか?」
「ん?」
アルマーレの言葉にユズルナが俺の方を見る。
「いやいや、俺なんかにはあなたの様な方を転送するなんて無理ですよ。第一あなたの世界の座標とか解りませんし……」
「それを心配する必要はない……。魔法を発動だけしてもらえれば後はこちらで何とかする……」
そんなことを言われてもだな……。俺は助け船を求めてユズルナとリオに視線を向けるが、彼女らはすでに戦闘態勢を解いてしまっていた。
「転送できるのであればその方が余計な手間がかからなくて楽だろうな。結果的にこのドラゴンがここからいなくなれば私達の依頼は達成という事になるだろうし」
「あたしも最後はお兄ちゃんに活躍の場を残しておくべきだとは思ってたんだよね。お兄ちゃんに見せ場を譲れるあたしって出来た妹だね」
どうやらやるしかないようだった。
巨人殺しを転送したときに魔力を殆ど使い果たしてしまったので、再び魔法陣の中に入って魔力を溜め直す。
充分に魔力が溜まった頃合いで術を発動するために集中をしようとするが、自分程度の術師に伝説級のドラゴンを転送できるとは到底思えなかった。
巨人殺しで首を挟まれて身動きが取れないアルマーレにゆっくりと近づいていく。
(世話を掛けるな人の子よ……。せめてもの礼として大いなる知識の一端を授けよう……)
俺がアルマーレに手を触れさせると同時に、先程よりもはっきりとアルマーレの思念が伝わってきた。一瞬もの凄い魔力が俺の中に溢れこんできたが、それは俺の足りない魔力をアルマーレが補ってくれているという事にすぐ気付いた。魔力の流れに抗う事はせず、転送術にすべてを集中させる。
流れ込んでくる魔力の中にある一つのイメージが浮かんできた。これがアルマーレを送るべき場所なのであろうか?そう頭をよぎった瞬間には術は完成していた。
残された街道には、×の字に突き刺さった巨人殺しが残るばかりである。
「上手くいったの?」
横からリオが声を掛けてくる。
「多分……大丈夫だと思う」
俺にはそんな感じがした。アルマーレがかなりの部分をフォローしてくれていたのだが、今まで使った転送術のなかでも群を抜いて手ごたえが感じられた。
「ふん、アキもまあまあやるではないか。まあこのユズルナ様に付き従う従卒の一人としてはこのくらいの事はやってもらわないとな」
「誰が従卒なのよ誰が」
ユズルナのいつもの乗りにリオが突っ込みを入れていた。
とりあえずどうなる事かと思った今回の依頼も何とか上手くいったようである。
ただ俺には気なる事が一つだけあった。
「ん?どうしたアキ」
俺は魔法の粉を地面に撒いて簡単に呪文を唱える。
地面に撒かれた粉は自然に動きだし、魔法陣を形成する。
「なに……これ?」
リオの上げた疑問に俺も同意する。
普通魔術師が描く魔法陣と言うのは綺麗な丸、正円の陣が一般的なのだが、今地面に描かれているのは極端に縦長になった魔法陣であった。
「なんだこれは?こんな初歩的な魔術を失敗するとはさっきの評価は考え直さないといけないな」
「いやこれは……、さっきアルマーレを転送するときに知識の一端……だか何だかを授けるって言って頭の中に浮かんできた陣なんだけど……。なんだこりゃ?」
縦に長い魔法陣ではあるが、その構成はちゃんとした魔法陣になっていた。陣を構成する文字は転送術によく使われる物が含まれたりもしていたが、それ以外は俺やユズルナでも見たことのない文字が使われていた。
なんにしても日が暮れかけている状況で、こんな街道にいつまで居てもしょうがなかった。このような過去の遺物を研究するのも魔術師の本分である。暇なときにでも解析してみよう。俺は陣を消すと街に帰る為、元来た道を引き返していった。