出発
出来るだけ急いで欲しいと言うギャメルの要望で俺達は話を聞いた後にすぐ出発した。
元々この街から王都までは半日も有れば着く距離なのだ。昼過ぎに出発すれば夜には王都に着く。間の街道に化け物が居るという事なので、上手くいけば夜には町に帰ってくることが出来るだろう。
俺は王都にある魔法学院に在籍していたので、この街に店を構える時には何度かこの街道を行き来していた。普段の日中は街道を行く人々や馬車などで賑わっているはずなのだが、さすがに街道が封鎖されていることもあって今は閑散としていた。
ユズルナ、俺、リオの順番で街道を進む。化け物が居るという事でこの隊列で進むことをユズルナとリオから提案されたのだが、一番前を行くユズルナは一番重要なポジションになる。最後尾のリオも、突然の奇襲などに対応するためのポジションだ。つまり俺が一番役立たずと二人に思われているのであって、それに反論できない俺自身だった……。
「この仕事を成功させれば、正式にお兄ちゃんの妹になれるんだよね。うふふ、頑張っちゃおう」
何やら後ろでリオが言っている。
「馬鹿な奴め。こんな甲斐性なしの妹になりたいなどとは信じられんな」
ユズルナはしっかりと俺を攻撃することを忘れない。
「ふん、あんたには盟約の印を外してもらうって事の意味の重さがわかんないんだよ。ギルドの中には印があるせいでやりたくもない仕事をやらされている人間も少なくない。そういう人たちは、印を解除するのを目標にして頑張っているんだ」
「晴れて印がなくなったのであれば勝手に好きな場所に行けばいいのではないか?わざわざアキの所に身を置く必要もあるまい」
「恩を受けたことを簡単には反故にはしたくないんだ。あたしにとって印を外してもらったって事は最大の恩なんだよ。恩を返す最大の方法はその人のそばにいてこの身を自由に使ってもらう事だろう。それならば家族同然の関係になっていた方が都合がいいじゃないか。姉や娘ってのはちょっとおかしいから妹って言ってるだけだよ。なんならお嫁さんだっていいんだ」
「なっ、お嫁……。ふん、貴様のようなへちゃむくれなんかを貰いたいなんて酔狂な奴などおらんだろうに」
「なにを!!」
いつものようにユズルナとリオの口喧嘩が始まってしまった。もしかしたらこんな風に言い合っているのがお互いの親愛の表現なのかもしれない。それにしても俺を挟んで前後で言い合いをするのは勘弁してほしい。
俺はこんなやり取りをずっと見ていたいとも思ったが、気なっていた事があったのでここぞと聞いてみる事にする。
「そういえばユズルナって剣が欲しかったんだな」
リオとの会話を中断し、ユズルナは俺に一瞥をくれる。
「言ってなかったか?私は剣を集める旅をしているのだ。剣士として召喚士として最高の技術を持っているこのユズルナ様に足りないのは優れた剣という事なのだな」
「いや、初めて聞いたな。じゃあ色んな街に言っては剣を買いあさっているのか?」
「ふん、そんなことをする訳がなかろう。駄剣など何本集めようが駄剣にすぎぬ。私が探しているのは優れた名匠が鍛えた業物や魔法の力が込められた剣だけだ。いままで九九九本の剣に召喚の印を刻んできたが、記念すべき千本目の剣に相応しい剣を探しているのだ」
九九九本!?そんなに剣を持っていたのかこの女は。確かに部屋に置いてあるだけでも百本近くあったような気がする。
「それじゃあ……、この依頼が終わって目当ての剣を手に入れたらあの店から出ていくって事か?」
「……まあそういう事だな。お前もその方が嬉しいだろう」
「そうか……」
そんなこんなで俺達は街道を進む。きちんと石畳で整備されているし、この街道は街と王都をつないでいるだけの道なので道を間違えるという事もない。
順調に進み続けてそろそろ中間地点かと思われるところで空が赤みを帯びてきた。
「なんだあれは?」
先頭をすすむユズルナが疑問の声を上げる。
俺達の進んでいる方向は丁度日が沈む方角である。夕日の逆光のなか街道の先を見つめてみると、確かに先になにか黒い影が動いているように見える。
「あれは多分王宮の兵士達じゃないかな。街道を封鎖してるって言ってたから、それだと思うけど」
「リオはあんな遠いのが見えるのか?」
「ふふん。盗賊ってのは目が良くなくちゃ務まらないからね」
はたしてリオの言うとおりそれは封鎖中の兵士達だった。
進むにつれはっきりと解ってくるのだが、街道を塞ぐ形で柵を設置し、それを守る兵士達の数は俺が想像していたよりも遥かに多そうだった。
街道沿いに立っているのだけでも十人近い兵士がおり、脇に設営されているテントの数はゆうに三十人分はありそうだ。十人ずつの三交代で勤務しているのだろうか。この状況で街道を封鎖しているのならば、全く物を仕入れる目途が立たないと言うのも頷けるかもしれない。
「おい!止まれ」
俺達が設置されている柵の所まで歩いて行ったところで、兵士の一人が俺達を制止させようと声を掛けてくる。
「この先は現在封鎖中だ。王都に用があるのかもしれんが、今は引き返してもらおうか」
「私は別に王都になんか用はないぞ」
ユズルナが応対する。
「ん?じゃあなんでこんな所までやって来たんだ?」
「私達は王宮からの依頼でこの先に居る者を退治しに来たのだ」
本当はギルドからの依頼なのだが、王宮の兵士達にギルドからと言っても素直に通してもらえるとは限らない。ユズルナが上手く機転を利かせてくれた。
「お前達が王宮からの依頼だと?そうは全く見えないがな」
兵士は俺達を見ながら含み笑いをする。まあ、こう言われても仕方がないかもしれない。俺は武器を扱えるわけではないし、攻撃魔法を使える訳でもないので杖やらスタッフといった物すら持っていない。着ている者もただの普段着である。
ユズルナはれっきとした剣士ではあったが、召喚士でもあるので、普段は剣やら鎧といったものは持ち歩かない性分だ。リオに関して言えば懐にナイフ位は忍ばせているのかもしれないが、何分見た目が完全にお子様である。このメンバーで化け物退治に来ましたと言われて、はいそうですかと言える人間はいないだろう。
「なんか怪しい奴等だな。お前達身分を証明するものは持っているか?」
まずい、俺の市民証や店舗の登録証は今回は必要ないと思って持ってきてはいなかった。リオはもともとギルドの人間なのでそういう物を持っているのか怪しいところだった。
そんな中ユズルナは何も躊躇う事もなく一枚の紙切れを取り出し、兵士にそれを渡した。
それを見た兵士の顔色が一瞬で変わる。
「た、大変失礼致しました。どうぞお通り下さい。ご武運をお祈りしております」
ユズルナは紙を返してもらうと、さも当然と言った風に柵を越えていく。
「どうした、早くいくぞ」
ユズルナが促してきたので、俺とリオもユズルナについて行った。
しばらく進んで後ろを振り返ると、兵士達はテントで休んでいたであろう同僚たちを引っ張ってきて、総出で俺達に敬礼を送っていた。
「ユズルナ」
「ん?」
「さっき何を見せてたんだ?」
「…………まあ、気にするな」
気にするなと言われても、これは気になってしまう。前に俺はユズルナはどこかの貴族の出ではないかと思ったこともあったが、下手をするとそれ以上かもしれない。もしかして王族?
ユズルナ自身も俺達が気にしないのは無理だと解っているのか、歩調を速めて先を急ごうとする。
そして唐突にそれは現れた。
街道を塞いでいる……、いや、街道があった場所に小山がそびえていた。夕日に染まって赤く燃えるように見えているそれは、俺の心に否応なく不安を急き立ててきた。
「まさか……化け物ってこれか?」
化け物と言う表現……、もっと小型の何かか、大きくても人くらいのサイズだろうと思っていたが、これではまさか……。
ユズルナが数歩近づいて行くと、心の中に直接響くように声が聞こえてくる。
「人の子よ……。我は警告する……。それ以上近づきし時は、我、契約により汝を滅ぼさなければならん……」
その声が聞こえてすぐ、小山に見えるそれは動き出した。
包み込むように体を囲っていた翼が大きく開かれる。
体の前後から蛇の様な顔と尻尾が長く伸びる。
一つ一つがそのまま人間くらいあるサイズの腕と足がしっかりと地面を踏みしめた。