依頼
ドンドンドン。
魔法全盛期のこの時代にあって、俺は機械仕掛けの飛行機に乗って空を飛んでいた。
一人掛けのシートの後ろからは、化石燃料で動くエンジンが快調な音を立てている。
前方から後方へと、物凄い勢いで景色が流れていく。操縦桿を動かすことで飛行機は俺の思うままに動かすことが出来た。
ドドンドドンドン。
さっきまでは好調だったエンジンが突然異音を発していく。
高度がグングン落ちていく。
操縦桿をこれでもかと言わんばかりに手前に引くが、飛行機の機首が上を向いてくれない。
地面が目前まで迫っていた。
あああ。このままじゃ死んじゃう……。
ドンドンドン。
体がビクッとなりながら、俺は目を覚ました。
どうやら夢を見ていたようだ。
何やら楽しい夢を見ていたような気もするのだが、大体夢なんてものは起きた時には忘れてしまっているものだ。
寝ぼけ眼な目をこすりながら辺りを見渡した。どうやら店のカウンターで居眠りしてしまっていたようだ。
この店は、俺が王立魔法学院を中退した後に、多額の借金をして開いた『転送屋スレイプニル』と言う。
生まれながらにして魔法の才能を持っていた俺は、幼少の頃から魔法学院に通っていた。家族の理解もあり順調に自分の才能を伸ばしていったのだが、中等部の頃に自分の系統を知る試験を受けた際、転送魔術師と知って大いに絶望した後、この店を開くことを目標にしてきたのだ。
学院や王宮魔術師では、攻撃魔法や治癒魔法と言ったメイン所が最終的に軍部採用や宮仕えとなり出世コースと言われているが、俺の様な転送魔術師では偉くなる事は殆ど叶わない。
なれば一般的な進路を辿るのではなく、考えに考えた末、魔術を利用した事業を展開し、商人としての地位を確立しようと思っていたのだが……、この店を開いて一か月、いまだに客が来ることはなかった。
俺の借金は一か月おきに利息を入れていかなければならない物なので早くも倒産の危機を迎えていた。
商売の知識やノウハウを全く持たない一介の魔術師(中退)が、いきなり自分の店を持って経営を始めるという事は無謀だったのか。
ドンドンドン。
さっきから何やら鳴っていると思っていたが、どうやら店の扉が叩かれているらしい。
こいつが俺の睡眠を邪魔した元凶のようだ。
ゆっくりと椅子から立ち上がると、欠伸をしながら扉に向かう。
もうすでに客が来ることは諦めていた。最初の一週間は期待していたが、一般の人には魔法を使った運送業などは受け入れられないのだ。
鍵を外して扉を開ける。
扉の向こうに立っていたのは、ほら、やっぱりお客には見えない擦れた感じのする男だった。
「てめえ、ずっと扉を叩いてんだ。さっさと出てこんかい」
「はあ」
第一声がこれだ。もしかしたら借金取りかもしれない。今日でこの店もお終いって事かな。
「あー、お前が店主のアキ・レルか?随分若いな」
「はあ、申し遅れました。転送屋スレイプニル社長のアキ・レルです。それで今日はどういったご用件で?ご覧のとおりお金ならありませんよ。まったく繁盛してませんので」
「ああ?なんで俺が金を貰うんだよ。俺が金を払って、お前が仕事をする。そうだろ?」
「ええ?もしかしてお客さんですか?」
「それ以外になんだってんだ」
借金取り以外の何物にも見えない男はそう言って少しはにかんだ。
なんにせよスレイプニル開店以来の初めてのお客さんだった。
店に一セットだけ置いてあるテーブル席に男を案内すると、早速商談の話だ。
男はギャメルと名乗った。普通の人の名前ではない。裏稼業の人間が使うような名前だ。
案の定男が言った仕事内容はきな臭い物だった。
「お前の魔法を使うとだな、関所は通過できるのか?」
「関所ですか?通過は出来ますけど品物の書類を税関に提出はしますけど……」
「そういう事を言ってんじゃねえ。俺を見ればわかるだろう。税関には秘密にしたままブツを街に入れたいんだよ」
「つまり……密輸ですか?」
男は何も言わない。腕を組んだままただじっと俺の方を見てきていた。
「出来るのか……?」
「自分は罪人にはなりたいとは思ってないのですが」
俺がそこまで言うと、ギャメルはダンッと懐からナイフを取り出してテーブルに勢いよく突き刺した。
「お前……仕事を選べる立場なのか?
俺がせっかくお前の事を思って仕事を斡旋してやろうと思ってんのにそれを断る道理はねえだろうが」
随分勝手な物言いだが、確かに仕事を喉から手が出るほど欲しいのは事実だ。
しかしこうも高圧的な態度に出られてしまうと、反発心が芽生えてきてしまう。
「まあギャメルさん、そういうものを出すのはやめにしませんか」
俺はそう言いながら、自分の中で魔力を錬成してゆく。テーブルに刺さったままのナイフに軽く手を触れさせると瞬時にナイフが消え失せた。
「なっ」
目を見開いて驚いているギャメルに、俺は自分の胸を叩いて合図を送る。ギャメルは自分の胸元をまさぐると冷や汗を垂らした。
転送魔術によってナイフをギャメルの懐に転送したのだ。ナイフ位の小物であれば充分に転送することが出来る。もっと言えば、今の行為はナイフを心臓に突き刺すことも出来ると、無言の脅しを送ったつもりだったのだが、ギャメルはしっかりと俺の警告を理解したようだ。
「俺は盗賊ギルドの人間だ……。俺を殺したら、お前はこの街じゃ生きていけねえぞ……」
今度はこちらがビックリする番だった。盗賊ギルドと言うのは街の裏の顔と言ってよい物で、大抵の事柄は盗賊ギルドと何かしらの関係を持っている。
表向きに街を管理しているのは王国であるが、実際には学校や病院、研究機関などは魔法学院が取り仕切っており、商店や賭場、運送業を仕切っているのは盗賊ギルドだった。
実際にこの店を開いた時も、世話になった旦那衆にギルドへの所場代と言う名目でお金を多く払っていた。
盗賊ギルドは商売人からしてみれば切っても切れない関係であったが、それ以上に怖い存在でもある。暗殺や人攫い、武器や薬の密輸と言った犯罪にも手を染めており、もし逆らえば暗殺者に狙われて安心して寝ることは出来なくなるだろう。
「いや……そういう意味ではないんですよ……。ギルドさんからの依頼であれば断る道理はありませんよね……てへ」
こうして俺は、スレイプニル開店以来初めての仕事にありついたのだった。




