本日のおすすめ『魚団子』
巨大な鮫が港に引かれていく様子が見えた。
市場は活気というか今日は混乱しているようである。
「早く癒されに行こう」
傭兵はそんな市場を横目に足早に歩きだした。
「班長は……化物でしょうか? 」
「恋する男に常識は通用しねーよ」
朝日に照らされた港で目を瞬かせながら傭兵乙女とやさぐれ傭兵はうんざりとその後ろ姿を見送った。
「今の時間わかってるんでしょうか?」
更に後ろで時空の魔法使いは空を仰いだ。
「眠いですわ」
炎の魔法使いはハンカチで目を抑えた。
ほぼ徹夜だった巨大鮫討伐に帰りの早朝にあの元気はいったいとみんなが思ってもおかしくないことであろう。
キシギディル大陸のドゥラ=キシグ香国のソーランの港町に『飛ぶ羊亭』という食堂がある。
ソコソコ安くて美味しい魚料理とのほほんな店主が名物な食堂には世界中からソコソコ常連客がいるのであるが……
坂道を駆け抜けた傭兵が見たものはクローズと書かれた札であった。
「ああ……俺の癒やしが……」
傭兵は地面にしゃがみこんだ。
その後ろをカラカラと台車が通った。
「すみません、ちょっとどいてください」
八百屋『野菜恵』新人店主のミーシャルトが傭兵に声をかけた。
「あ、ああすまん」
傭兵はよろよろと立ち上がった。
会えないとなると疲労感がひしひしと押し寄せてくるのである。
あ~ちゃん持ってきたよ〜とミーシャルトが叫ぶ声に扉が開いた。
「ミーシャちゃんありがとうございます」
羊獣人な店主が顔を出した。
寝癖なのか頭がいつも以上にモフモフしている。
「人参にピーマンにキャベツに……」
ミーシャルトが内容を見せながら確認している。
ラウティウスは店主の突然の出現にぼーっと見るのみであった。
「巨大鮫が上がったそうですね」
「ありゃグーレラーシャの傭兵と魔法使いが倒した魔獣だぞ」
鮫美味しいのにと店主がつぶやいて伝票にサインをしながらふと後ろを見た。
「ラウティウスさんおはようございます」
店主はニッコリと微笑んだ。
「あ、ああ、おはよう」
今日はああばかりだなと思いながらもラウティウスは微笑んだ。
それでもあえて嬉しい、あのモフモフの身体を抱きしめたいと思うラウティウスである。
わ~すげー……返り血かよとミーシャルトがつぶやいた。
着替えもせず駆け抜けたラウティウスの衣類は見事に血の跡が残っていた。
港で待ち構えていた新聞記者に『血まみれ傭兵の勝利』とか書かれ記事になるのはもう少し後の話である。
「サメを倒したんですか? 」
「す、すまんこんな格好で……」
ラウティウスは慌てて踵を返した。
「護ってくださりありがとうございます」
店主はその後ろ姿に声をかけた。
ラウティウスはまさに天に登る気分である。
その後の仮眠は羊の夢を見たらしい。
『飛ぶ羊亭』昼は本日も通常営業である。
よく寝た傭兵はいち早く来ているようである。
「わ~羊さんの看板ですね」
「あんまり騒ぐな」
なぜかヴィアラティアとウルニウスも一緒である。
ラウティウスが出かけるときに目ざとく気がついたヴィアラティアがついていこうとしてそれを止めきれなかったウルニウスの図とも言える。
ラウティウスは溜息をついて鈴のついた扉を開けた。
カランカランと鈴の音がした。
「いらっしゃいませ〜」
店主が下ごしらえをしながら愛想笑いを浮かべた。
寸胴鍋には魚のあらがたくさんにこまれているようだ。
完璧に本日初の客で店内にはまだ誰もいないようだ。
「わ~モフ……」
「あんたは本当によう」
モフモフと言いかけたヴィアラティアの口を押さえてウルニウスはため息をついた。
「騒ぐなら帰れ」
「班長も殺気を出さないでくれよ」
「騒ぎません」
じろりと睨むラウティウスにウルニウスはヴィアラティアを引っ張ってカウンターの席に座らせた。
今日はなんか機嫌が悪いのかなと思いながら店主が同じくカウンターの席に座ったラウティウスから三人にお冷とおしぼりをおいた。
「うーん何にしようかな? お魚の唐揚げとかも食べたいし」
「そりゃあ班長の故郷の名物料理だろ」
ウルニウスが壁にはられたメニューをみて一人言をつぶやくヴィアラティアの後ろからのぞきこんだ。
「デリュスケシの戦闘文官の唐揚げ弁当ですか? 」
確かラウティウスはその辺り出身だったと店主は思いながら聞いた。
「店長さん、よく覚えててくれた」
ラウティウスは少し嬉しくなった。
「班長は戦闘文官さんの子孫なんですよ」
ヴィアラティアがはいっと手を上げた。
「個人情報もらすな」
「店長なら漏らさないだろう」
ウルニウスの注意にラウティウスが反応した。
むしろ店主には身内になってもらって曾祖母に嫁ですと紹介したいと妄想した。
「お客様の情報は守秘義務がありますから大丈夫です」
フードプロセッサーを取り出しながら店主が答えた。
「それで何してるんですか? 」
好奇心旺盛にヴィアラティアがカウンター内をのぞき込んだ。
「巨大鮫が暴れまわったので定置網に魚がいっぱい捕まったそうなんです」
でも少し傷ついたりしてるのがたくさんあって……つぶして魚団子にしようかとおもいましてと店主がさばいて小間切れにした魚を入れた。
「魚団子かぁ~」
「嬢ちゃんあんまり邪魔すんなよ」
関心したように覗き込むヴィアラティアにウルニウスが班長が怖いからと付け足した。
その班長はハチミツ半分以上入りのハチミツ酒を苦々しい顔でなめた。
本当ならいつも通り一人できて店主の愛らしさをたんのうしようとしていたのにお邪魔虫二人がついてきてしまったので不機嫌なのである。
「ラウティウスさん、もっとハチミツを足しますか? 」
店主がハニーディスペンサーを持ち上げた。
『飛ぶ羊亭』で大型のハニーディスペンサーがあるのは常連客ラウティウスのためだけでなく
実はラウティウスを連れてきたグーレラーシャ人たちが元々『飛ぶ羊屋』時代からの常連客だからであろう。
「ああ、頼む」
本当に今日はああばかりだと内心苦笑しながらジョッキを差し出した。
店主がハニーディスペンサーからハチミツを注ぎ込んだ。
「そんなにたくさん……」
「巨大鮫を徹夜で倒してくださった英雄さんにサービスです」
店主がハニーディスペンサーを戻してウインクした。
あ~俺、班長がはまったわけなんかわかったわ。
ウルニウスはキラキラした目で二人を見てるヴィアラティアの肩を押さえながらつぶやいた。
「朝はすまなかった」
元血まみれ傭兵がジョッキをカウンターに戻して頭を下げた。
「ご無事で良かったです」
店主がフードプロセッサーに生姜をくわえた。
「……あなたは優しい、それは俺にとって癒やしだ」
「ありがとうございます」
店主はフードプロセッサーから魚のミンチを出して玉ねぎのみじん切りと混ぜた。
「なんか班長……」
「バカ言うな」
部下二人は瞳で語り合った……深閑たる牙のラウティウスが……
ギルド管理官長すら言いまかせるインテリ傭兵が……
店主の前だとヘタレワンコだと。
ウルニウスは班長〜あんたなんて可哀想なんだ〜と内心涙しながら笑いこけるヴィアラティアの口を押さえた。
ちなみに深閑たる牙のラウティウスとはグーレラーシャの専業傭兵が必ず持っている二つ名……称号? みたいなものであり他の二人も持っているのである。
「て、店主さん俺らにはちゃちゃっと食べられるオススメ料理を頼む」
ウルニウスは離してとぽかぽか腕を殴るヴィアラティアを押さえながら注文した。
「え~? ……分かったです、揚げ物がいいです」
ヴィアラティアはウルニウスの腕をどかしながら手を上げた。
「俺もオススメで、お前らあんまり騒ぐとたたき出すぞ」
ラウティウスは鋭い眼差しで二人を睨みつけた。
え~班長のおーぼーというヴィアラティアの口を押さえてウルニウスが班長すまんと片手を胸の前でおがんだ。
「大丈夫ですよ、うけたまわりました」
クスクス笑いながら店主が深型フライパンを出して油を注いだ。
保冷庫からゆでトウモロコシを実だけにしたものとゆでブロッコリーとピーマン出す。
ピーマンを二つに切って種を取り出して細長く切った。
卵と小麦粉も出して準備完了のようだ。
フライパンに火をつけて熱しだした。
魚のミンチに卵と小麦粉とトウモロコシを混ぜる。
菜ばしを入れて細かい泡が油から出たらスプーンで魚のミンチを落とし入れた。
魚のミンチが油の中で浮きながら薄茶色に上がっていく。
網を敷いたバットに上がった魚ミンチ揚を店主は上げていった。
「いい匂いですね」
「ありがとうございます」
店主は次々と揚げながらお皿に紙を敷いた。
小麦粉に水を入れて野菜も揚げた。
店内を美味しそうな揚げ物の匂いが充満した。
カランカランと入り口の鈴がなって客が扉を開けた。
「いらっしゃいませ〜」
店主が揚げながら愛想笑いを浮かべた。
「あら今日は傭兵さんがいっぱいなのね」
エルフのピアナが入ってきた。
「綺麗だなぁ」
ウルニウスがつぶやいた。
「あら、僕ありがとうね」
ピアナが艶然と微笑んだ。
長命なエルフのピアナにとってウルニウスなど子供も同然なのであろう。
ぽーっとなるウルニウスにどーせ綺麗じゃないもん〜とヴィアラティアがプイッとよこをむいた。
おひいさんも可愛いぞと慌ててご機嫌を取ろうとするやさぐれ傭兵を横目にピアナはうふふと笑って席についた。
「若いって良いわね、店長ちゃんの方はどうなのかしら? 」
ピアナは横目でラウティウスを見た。
「ピアナさんいつもお綺麗ですね……仕事が忙しくて」
店主は保冷庫からライムを取り出して切った。
「あらあら、命短し恋せよ若人よ」
私もそれにしようかしら……そっちで煮込んでるあらスープも良いわねとピアナは微笑んだ。
「機会があれば、魚の落とし揚げです」
店主はお皿に魚の落としあげと野菜の天ぷらとライムを盛りつけた。
小皿にスイートチリソースとマヨネーズを和えて持ったものを添えた。
「わー美味しそう〜」
「すぐに方向転換すんじゃね、顎にあたったぞ」
痴話喧嘩? 中の二人が反応した。
ヴィアラティアが気にせずいただきまーすとフォークで魚落としあげをさした。
「あちゅい」
「ほらバカすぐ食うから」
ウルニウスが慌てて水を飲ませた。
わー、すみませんと店主が冷水をもういっぱいついだ。
「あふぅいけどおいひぃ〜」
「はいはいよかったなおひいさん」
ウルニウスがヴィアラティアの頭を撫でた。
「あらあら……この方たちは? 」
「俺のチームの連中だ」
ラウティウスも置かれた揚げ物にライムを絞ってマヨネーズスイートチリソース、略してマヨチリソースをフォークにさして口に入れた。
生姜の効いた脂ののった揚げ魚の香ばしさとコーンの甘みが優しく口に広がった。
「うまい……あなたの作る料理は優しい味がする」
故郷で食べた戦闘文官の唐揚げを思い出したラウティウスである。
もちろんマヨネーズスイートチリソースやライムでエスニック調なその料理は全く違う味なのであるが。
「ありがとうございます」
店主はあらスープの様子を見ながら少し赤くなった。
あらあら若いって良いわねとピアナはまた微笑んだ。
店主はあらスープをスープ鉢によそって小ねぎを散らした。
「あらスープもどうぞ」
嬉しそうに店主はラウティウスの前にスープ鉢を置いた。
ラウティウスは受け取ってスープをすすった。
魚醤で味付けされた魚の旨味に自然と微笑みが漏れる。
うまいとラウティウスはつぶやいた。
「あ~私もほしいです」
「おひいさん……でも俺も飲みたいかも」
傭兵二人に店主ははーいと反応してあらスープをスープ鉢に盛りだした。
「店長ちゃん、私も落としあげとあらスープちょうだい」
本当に若いって良いわねと内心微笑ましく思いながらピアナは注文した。
「はい」
店主は魚のミンチを作り出した。
今日も店長は可愛い、いつかきっと抱き上げてみせると思いながら蜂蜜酒をかたむける傭兵である。
カランカランと扉の鈴がなって店主の幼なじみというライバル? がやってくるまであと数分。
元血まみれ傭兵? が店主を手に入れるまでの道のりは遠い?
まだまだ頑張らないといけないラウティウスである。
☆本日のオススメ☆
魚の落としあげ
コーンと一緒にあげてみました。
魚のミンチって揚げ物も美味しいですですけどスープにお団子にして入れても美味しいですよね。
巨大鮫が大暴れしたみたいですけどラウティウスさん……たちが無事で良かったです。
そ、それにほらギリマエリが暴れると漁業にも被害が出ちゃうじゃないですが……
ラウティウスさんの二つ名って『深閑たる牙のラウティウス』さんって言うんですね。
グーレラーシャの傭兵さんってみんな二つ名持ってるそうです。
読んでいただきありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ