07 魔物の足音
七歳になったレインは今日もまた朝のランニングを終えてから、母であるレイニーの食事の手伝いを始めていた。
母は女の子が居ない家庭なので、それは大層喜んで毎日の日課となったのである。
「おいレイン、今日からお前も畑を手伝うんだ 」
そんな母と二人で作った朝食を皆で食べ終わるとラスターが命令するように畑を耕させようと勝手に決めて口を開いた。
何で今日から?僕はそんな疑問を持ちつつ、いつも通り父に拳骨をもらってうずくまるラスター兄を見つめる。
「なんで? 俺だって七つになってから畑の手伝いを始めたんだぞ 」
あれ?誕生日を覚えているって結構良い兄なのでは? 僕はそう思っていた。
「ラスター、いつもサボる常習犯のお前が良く言う。遅くて丁寧に仕事をするなら構わない、雑で遅くて仕事からいつの間にか消えているやつの言うことじゃないだろ 」
父はそうラスター兄を叱責した。
「なんで俺ばっかり 」
泣き出すラスターを母が諭す。
「いいラスター。貴方がさっき食べたシチューの中のミルクやお肉。手に出来たマメに塗っている薬。料理を作るときに使っている薪も全部レインが働いているおかげなのよ 」
「・・・・・」
ラスターは自分の好物であるシチューに、ミルクや肉が入っていないことを想像しているようで途端に大人しくなった。
「分かった。シチューもお肉もいらない、薬もいらない。暖かいご飯も食べないというならレインを畑に行かせてもいいぞ。ラスターどうする? 」
父は完全に面白がっていた。
「そんなの嫌だ。嫌だ 」
堪らず癇癪を起こすラスター。 彼は九歳なのだ。この村には学校へ送ると言う事は聞いたことがない。
またそういったコミュニティーも存在しないため、そこまで大人になれないのがこの村で生きる子供達の現状だ。
「畑仕事をしたくないならラスターは何がしたいの? 」
母は優しく訪ねた。
「俺は村長になるんだ 」
ラスター兄はそう言い切った。
「だったら文字の勉強と数字の勉強を朝から晩までやるのね 」
そうにっこりと微笑んだ母が言うとラスター兄は玄関に一直線に駆け出した。
「畑仕事をする 」
そう言い残して外へ出ていた。
「はぁ~。あの子は本当に 」
母は困った仕草で頬に手を当てた。
「まぁ僕が遊んでいるように見えるんでしょうね」それしか考えられない。
「レインは昔から同じことをしているからな 」
父さんが腕を組んで考えるように溜息を吐く。
「そういえば狩りで使う弓を家に持って帰ってきてないけどどうしてるの? 」
「ラスター兄に触られると狩人になると言い出しそうなのでビリーさんの家に預かっていてもらってます 」
「・・・確かにラスターは人の物を取る悪い癖があるからな 」
そう。彼は俺が振っていた棒も何処かに持っていき、弓も一度壊してしまっていた。
「「「はぁ~ 」」」
僕達は彼の将来を憂ながら溜息を吐いた。
「さてと、ここでこうして居ても仕方がないから、僕はビリーさんのところに行ってきます 」
「何度も言うけど怪我だけはしないようにね 」
「レイン、蛮勇になるな。お前はまだ七歳なんだからな 」
両親はいつも通り心配してくれながらも送り出してくれた。
「はい。お父さん。お母さん。行ってきます 」
僕はビリーさんの家に歩いていく。
「おはよう御座います 」
中に入るとマルダさんが薬草の仕分けをしていた。
「あらレインちゃんいらっしゃい 」
「ビリーさんは? 」
「ああ。昨日帰ってきたよ。また結婚を拒否されたんだよ 」
実はビリーさんは隣村に好きな女性が居て、求婚をしに行っていたのだ。マルダさんはヤレヤレと首を横に振った。
「レインに人の話するなよ 」
そこにビリーさんが現れた。
「また断られたんですか? 確かナニルさんでしたっけ? 聞いた話だと向こうのお父さんが許してくれないとか?」
「そうなんだよ。 あっちも元狩人で、怪我をして引退した人だから狩人の苦労も知っている人なんだよ。それで娘に苦労を掛けたくないって言われて、また日を改めることになったんだよ 」
ヤレヤレと手を広げて首を横に振る。
「もう三年でしたっけ?試練ですね 」
「おう。そうなんだが言い振らすなよ」
「はい。」
俺は素直に頷いた。
「良し。じゃあ森に仕掛けた罠に獲物が引っ掛かっていることを祈ろうぜ 」
「はい。」
僕達は足早に村の柵から東に百メートル程進んだ場所に向かう。 進んだ先には森が広がっているのだ。この森で僕達はいつも狩をしている。
「警戒しろよ。周りをみて極力音は出すな 」
「はい 」
気を消して周りを確認しながら進む。
動物も魔物もいないまま、罠を仕掛けた十箇所を回って獲物がいないことを確認すると、ビリーさんが口を開いた。
「罠には掛かってなかったな。ちょっと戻ってから獲物を待つぞ 」
「そうなると視界が確保し易かった、森の入り口にある一つ目の罠を仕掛けたところですか? 」
「ああ。あそこが一番安全だからな 」
辺りを警戒しながら木漏れ日さす森を僕達は引き返していく。
もう直ぐ三つ目の罠の場所というところまで戻って来るとビリーさんが警戒した声を上げた。
「人影が見える。警戒しろ 」
その声に反応して人影が見えたと場所へ視線を向けるとそれは逃走を開始した。
「ゴブリンだったら不味い。追いかけて仕留めるぞ」
「はい 」
バサッ、バサ、バキィバキッそんな音を立てながら、逃げる人影を追った。
そんな逃げていた人影は第一の罠に掛かるとロープが木から出てきて、そのまま対象を吊るし上げた。
これは後で血抜きするのにベターな罠で、ビリーさんは好んでこの罠を使ってる。
しかしそんなことは今はどうでもいい。
「一体何をやっているんだ 」
もはや家族であることに後悔するべきかを真剣に考えてしまう、そんな悩みのタネであるラスターが僕の目の前に吊るされていた。
「レイン弟の分際で 」
滑稽な姿を晒しながらラスターは叫び出した。
「・・・ビリーさんもしかして? 」
「ああ。本当にお前の兄は愚かなんだな。」
ビリーさんがラスターの口を塞ぎながらラスターの引っかかったロープを切るとラスターを下ろして言った。
「逃げるぞ 」
レインはビリー達と一緒に森の外に向かって走り出す。
ラスターは見つかったことでいきなり走り出して逃げた。レイン達も追ったが、少し距離が離れ過ぎていた。
レインは森の出口まで来ると弓の弦をゆっくりと引いて、後方に付いて来ていたラスター方面に矢を放った。
「ヒィィ 」
ラスターの情けない声とは別の声が上がった。
「キャヒィィン 」
ラスターが振り返ると、そこには自分の直ぐ後ろまで追って来ていた狼がいて、その眉間には先ほどレインが放った矢が突き刺さった。
「ヒュー いい腕しているぞ。明日から一人で狩れるんじゃないかぁ? ってこんな和んでる暇はないな」
ビリーは狼の死体と失禁しているラスターを片手ずつで持って村へと逃げ帰ることにした。
「おい小僧。貴様は俺たちの命を危険に晒したんだ。覚悟しておけよ 」
ビリーさんがラスターを睨むとショックだったのかそのまま気絶した。
「レイン、俺はこいつと先に戻っている。ちゃんと追ってこいよ 」
そういうとビリーさんは颯爽と走り出した。僕も走るが当然足のスライドが短い僕はドンドン離されて行く。
気を全開にして走った僕は何とか村に辿り着いたのは走り出してから二十秒前後だったと思う。
「はぁ、はぁ、はぁ 」
さすがに百メートルを走るのはこの体躯にはつらいものがあったけど何とか村に辿り着けた。
「お疲れさん」
父がそう言って迎えに来てくれていた、その横にはロープにぐるぐる巻きにされて気絶しているラスターがいた。
「僕はゴライさんの所で矢を補充してきます。お父さんも戦闘の準備をしっかりとしておいてください 」
それだけ伝えると村はずれのゴライさんの家に走った。
ノックはせずに扉を開ける。
「ゴライさん大変です」
中に入ると起きたてのゴライさんはまだ寝ぼけた感じだった。
「よぉ~レイン。 あれ? 今日は来る日だったか? 」
「それどころじゃないんです。魔物が襲ってくる可能性があるんです。だから矢の用意をお願いします 」
「・・・何だと!? ビリーやレインがそんなヘマをするとはな 」
「僕達ではありませんよ。それより矢を早く 」
「おお。そうじゃった 」
小屋に奥入ると直ぐに矢筒を持って出てきた。
「作って置いた矢と矢筒だ。背負い籠はワシが持っていくから先に行け 」
「ありがとうございます 」
矢筒を受け取るとレインは家に寄った。
「お母さん。もしかしたら魔物が来るかもしれないから皆と集まっていて 」
すると凄く驚いた顔をしたが
「何でか知らないけどラスター兄が森にいたんだ」
それだけで通じた。
「分かったわ。」
「近所に伝えるのは任せて 」
「うん、お願い。僕も遠くから弓を打つだけだから無理はしないで頑張るよ。」
「本当に無理をしちゃ駄目よ 」
僕は母と約束してから村の入り口に走りのだった。
お読みいただきありがとうございます。




