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29 王都への出発

だいぶ久しぶりに書きました。

 入学式まで一月を切り、レインの修行は終わりを迎えた。

 とはいえ、既に森でなくても精霊たちを感じられるようになっていたので、何処でも修行出来る様になっていた。


 レインは屋敷に戻るとセバサから呼び出されていた。

「リーザリア様の護衛の女性はこの家にいらっしゃる方ではないのですか?」

「そうです。子爵家の令嬢のリリーナ・フィオレンス様が護衛になられます」

「そちらの方は……護衛が出来る程の腕前を?」

「有していません。確かに歳で言えば優秀な部類に入りますが、護衛としての力量ではないと考えなさい」

「……リーザリア様のご学友を守るということですか?」

「表向きは護衛です。ですが、リーザリア様は同年代のご友人が……」

「……外出は無理ですからね。分かりました。では、トイレと女子寮以外では責任を持って対処します。仮に女子寮で何かあった場合でも踏み込めませんが、連れ去られたりすれば直ぐにお助け出来る様にしたいと思います」

「学院はそこまでずさんな管理はしていないので、安心しなさい」


 セバサは諭すようにレインに告げた。

「レイン、私が伝授した毒と魔法の対抗策を使い、リーザリア様を守るのだ」

「はいっ!」


 レインは、セバサがここまで念入りに言付けてくるので、学院はきっと伏魔殿に近いところなのだろうと判断するのだった。

 魔法に関しては使うことも許されたが、相手が貴族の場合は攻撃されてからの対処のみで、それまでは何もしてはいけないと言われた。


「レイン、仮に人質としてリーザリア様が取られたら、殺してはまずいが、骨折ぐらいなら折ってしまっても構わない。ただリーザリア様を怖がられないように」

「……善処します」

 レインは内心は無理だと思っていたが、相手の力量次第だと考え、自分が立ち入れない場所以外を全て潰す方向で動くことに、脳内をSPへとシフトチェンジするのだった。



 翌朝、レインはいつもの通りの面子であるガスタード辺境伯、マリーナ第一夫人、そしてリーザリアと共に朝食を取った。

 何処かそわそわして落ち着かないリーザリアを、レインを含めた三人の保護者は、楽しげに見つめていたのだが、リーザリアは全く気がついていなかった。

 まるで初めての遠足に行く小学生のように感じるが、考えてみれば、自分が住んでいた家を離れるのだから、ホームシックに掛かったりするのが普通なのではないかとレインは思っていた。

 そこへ耐え切れなかったのか、リーザリアがマリーナ夫人に声を掛けた。

「お父様、本当に一緒には来られないのですか?」

「何だ、リーザ? もしかして私と離れるのが寂しいのか?」

「はい。だっていつもお父様と一緒に居たのですもの」

 十二歳にして、純真と言っても許される心を持ったリーザリアが、正直に寂しいと自分の気持ちを伝えるとどうなるか? 答えは決まっている。

「やはり私も行こう。この地の政務はセバサが入れば、レイナスでも十分私の変わりが果たせるであろう」

「お父様」

「貴方、それが出来ないから、残ることに決めたのでしょ?」

「……くっ、何故私には身体が一つしかないのだ。レインでもセバサでも、伝承に伝わる時空魔法を覚えてはくれないか」

「お父様、私も寂しいですが、一生懸命頑張ってきます」

「うむ、リーザよ。困ったことがあればレインを頼れ。レイン、分かっていると思うが……」

「はい。リーザリア様に近づく有象無象の輩には、決して容赦は致しません。また、勉学でもリーザ様の良き好敵手であり続けたいと思います」

「うむ。頼むぞ」

 若干取り乱した感じはあるが、このオーバーリアクションは、リーザリアの心をガッチリと離さないための秘策であった。

 ただ先程レインが口にした言葉は、ガスタード辺境伯とレインが先日交わした契約だった。

 この契約には対等な対価が支払われることになっており、いかにガスタード辺境伯がレインのことを信頼されているか、端から見ても手に取るように分かるものだった。


 楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまうらしい。

 食事を終えてからは、王都への屋敷に向かうための準備で、五台の馬車が用意されていた。

 今回王都へと向かう面子はレイン、リーザリア、マリーナにセバサ、そしてケイオスが率いる私兵の十人だった。

「おはようレイン。ちゃんと眠れたか?」

「おはようございますケイオスさん。僕は緊張とは皆無ですから大丈夫ですよ。それよりも盗賊が出たらお願いしますね」

「おう。任せろ。もし戦闘になって、戦いたくなったら、指揮を執ってもいいからな」

「僕は私兵を率いて戦えませんよ」

「習うより慣れろ! だ。何だかんだ言っても、お前さんならこなしてしまいそうだけどな」

 レインがニッコリと微笑むとケイオスもニッコリと笑って、そう返答した。


 指揮を任せるようなことを言ったが、別にリップサービスではなく、レインが成人を迎えるころには、私兵のトップをケイオスは譲る気でいた。

 何せレインが本気になったら、ケイオス以外は瞬殺されてしまう程の実力を秘めているのだ。

 それに私兵団のほとんどがレインの私兵団長に賛成しており、ケイオスも自分の仕事が楽になるので、副団長に成りたがっているのだった。

 こうして全ての準備が整い、出発をする時間になったのだが……これに駄々を捏ねるものが現れた。


「何故、私だけがここに取り残されるのだ。何故娘の入学式に出席出来ないのだ」

 そうガスタード辺境伯である。

 今度は本気で乱心している様子だったのだが、ここで一人の女性が辺境伯の元に近寄り、いきなり平手打ちをかました。

 パァーンっと、響いた後にビンダをしたマリーナさんが、辺境伯に告げる。

「貴方の分までしっかりとリーザのことを見守るわ。だから貴方は貴方にしか出来ない仕事を全うなさい」

 そして熱い抱擁の後、キスをした。


 暫しの沈黙が流れたが、ガスタード辺境伯はこれで目が覚めたのか、とても凛々しい顔になって見送る決意を固めたように思えた。

 レインはその光景を見て、マリーナさんを怒らせないことを心に誓いながら、横にいるリーザリアも極力怒らせないことを決意するのだった。


 こうしてレイン達は馬車へと乗り込み、王都へ出発をするのだった。

 レインは馬車から顔を出すリーザリアを心配するのだが、その時見送ってくれた集団の中から、黒い靄が見えた気がした。

 警戒するように集団をもう一度よく見るが、黒い靄は消えていた。

 何処か不安を覚えながらも、きっと第二夫人が色々と画策しているのだろうと思い、少しだけセバサをこちらに待機させることを考えた。

 しかしレインにはその権限がないため、そのまま口を開くことはしなかった。

 そして自分に任された使命を全うすることを誓い、スタークの街から旅立つのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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