27 入学試験
朝日が昇る前からレインスターは、いつも通りにタークスの街の外を走りながら、遠くの山が赤や黄色に色づくのを見てふと気がつく。
「もうすぐここに来て一年かぁ」
レインはそう呟きながら、走りこみを再開するのだった。
「一年経って僕はあの村に帰って何をすれば良いのだろう? 開拓? それとも魔法を教える? 僕はそれで満たされるのだろうか? でも仕方ないか、僕は平民だからな……それともやっぱり行商人の方が良いのかもな?」
レインはランニングを終えて、ぶつぶつ呟きながら屋敷に戻る。
いつも通りレインスターは、レイモンド辺境伯とマリーナ第一夫人とリーザリアさんと食事をするが、一年経っても、レインは自分が一緒に食事を摂るのはおかしいと感じていた。
しかし、それをレインスターが言うのは失礼にあたる、セバサの顔にはいつもそう書いてあるため指摘することはない。
「もう二月もすればレインが来て一年だな」
レイモンド辺境伯に唐突に話し始めた。
「はい。たかが平民の私の為に、ここまで教育を施していただいたことは、感謝に堪えません」
レインはフォークとナイフを置いてから答えた。
「うむ。約束通り、非常によく食べ、よく学び、よく働いて居ると耳にしている」
「勿体無いお言葉です」
レインは頭を下げる。
「あと二ヶ月で御主を村に帰す約束だったが、勤勉な御主に一つ頼まれごとを引き受けてもらいたいのだが、いいか?」
これって断れないですよね?
レインは背筋に冷たい風が吹くのを感じた。
「大抵のことはお引き受け致します。ただ私に出来ることに限られますが?」
「うむ。御主にしか頼めないことだ」
「何でしょうか?」
「単刀直入に申す。リーザの護衛としてラインバード王国学院に一緒に入学し、有象無象の男達からリーザを守るのだ」
「……へっ?」
リーザリアの護衛を言い渡されたレインは頭に?を浮かべた。
平民……それも辺境の村民が学校に入学することは聞いたことがなかった。
学校は貴族と豊かな家の子供が通うところだったからだ。
「あなた?」
マリーナ夫人は凍てつく様な目で辺境伯を睨む。
「ゴホン。じょ、冗談だ。但し護衛として入学することは本当だ。リーザにもしものことがない様に、しっかりと護衛して欲しい。これは命令ではなく、お願いだ」
そう言って頭を下げた。
レインはその姿を見ながら五秒考える。
頭を下げている貴族に慌てないのだから、レインも図太くなったと自分を褒めてやりたい気分になるのだった。
「頭を上げてください。ラインバード王国学院には入学金や学費も多く掛かると聞いています。普通なら通うことさえ、僕には許されないでしょう」
そこで一旦区切る。
「護衛と言われましたが、通いではないのでしょうから、寮生活になると思われます。その時の通常警護は出来ると思いますが、トイレやお風呂での警護はさすがに僕では出来ません」
「それは分かっておる。もう一人侍女をつける。御主は通常の授業や、何処かへ行く時の伴だと思ってくれ」
「なるほど……有象無象の同級生、上級生に関して、リーザリア様に声を掛ける方達に対して、どのように対処をすれば良いのでしょうか?」
「ふむ。色目を使おうとしてくる者達は、制圧して構わん」
「私は平民ですから、黙っていろと言われた場合……例えば直接僕を潰しにきたりもそうですが、王族や公爵家、侯爵家等の身分の方達への対処は僕では難しいと考えますが?」
「くっくっく。うむ。実に頭がキレる。流石だ。それでこそ護衛に選ぶだけの人材だ。非が無ければ制圧して構わない。また上位貴族に関してはリーザが自分で断れる筈だから安心しろ。なんせじゃじゃ馬だからな」
「お父さま? 誰がじゃじゃ馬ですか。もう嫌い」
そう言ってリーザリアが拗ねる様子をレインは見ていたが、これが家族の前だけだと薄々感じていた。
「リーザ。その態度で周りの男をって痛い…痛いぞマリーナ」
マリーナ夫人に頬を抓られながら、醜態を晒す辺境伯にレインは内心不吉な予感がしていたが、それを引き受けることになる。
こうしてこの一月後、ラインバード王国、王都にあるラインバード王国学院の試験を受けるため、レインはレイモンド、マリーナ、リーザリア、セバス、マリナリアと一緒に王都に向かうのだった。
「レイン、試験でどちらが上になるか勝負よ」
「・・・分かりました。勝負ですね」
レインは曖昧に笑った。貴族が上位にくるのは分かっていたが、それを言う必要はない。
王都までの道のりは三日だったが、野営などはせずに行く先々に街があり、三十人の護衛を引き連れ何事もなく王都へと到着した。
試験の前日に到着して王都を見て歩くが、レインは人が多いと感じただけで、タークスの街とさほど変わらない街並みに感動を覚えることもなく、淡々と通り過ぎることになった。
リーザリアは色々興味を示してはいたのだが、既に借りてきた猫の様に大人しい状態となっていた。
レインにも気になった店が一軒あったのだが、見ている時間もなく、周りに合わせて行動しながら、馬車は貴族街に入り、王都の辺境伯邸で過ごすことになった。
その翌朝、レインは試験会場にリーザリアと訪れていた。
「頑張って来なさい」
玄関でリーザリアを見送るレイモンド辺境伯とマリーナ夫人は、正に親と子といった感じだった。
学院までセバサが馬車で送り、レインはセバサから一言だけ言われた。
「レイン。全力で試験に臨みなさい」
レインはそれに頷き、ラインバード王国学院の門をくぐった。
「ちょっとレイン。迷子にならないでよ」
レインの服を掴むリーザリアに笑いながら受付を探して案内をする。
「畏まりました、あちらが受付のようです」
レインはリーザリアを誘導して貴族受付に訪れた。
「次の方」
呼ばれ、レインが全てを担当する。
「こちらにいらっしゃる方がレイモンド・オルガス・フォン・ガスタード辺境伯爵のご息女リーザリア・ガスタード様です。私は従者のレインスターと申します」
「……あのレインスターさんはおいくつですか?」
「十一歳です」
レインがそう答えると凄く驚かれた。
確かに顔は幼いが、ケイオスと戦闘をしながら、森でも修行という名の食料調達をしていたので、体躯が周りと段違いなのだ。
それにレインの身長は既に175cm程になっていて周りよりも大分大きかったのだ。
「年齢に偽りはありませんし、成長期が人より早くきましたので」
「分かりました。ではそちらのA棟の二階の会場で試験をお受けください」
レインは揉めることはせずに、柔和な笑みを浮かべて対応した。
受付の女性はそれを一瞬ボーっと見ていたが、直ぐにカードを渡してくれた。
レインは二枚受け取り、一枚はリーザリアに渡し252-1でレインは252-2と連番だった。
こうしてレインとリーザリアは試験を受けていった。
試験は筆記試験で語学、計算、魔法学、歴史の順番で行なわれていた。
しかしレインは試験内容を見て首を傾げた。
何故ならとても簡単だったからだ。
レインが現在勉強しているものよりも、簡単過ぎて殆どの時間を瞑想をすることになった。
昼食を挟んで戦闘、魔法のどちらかの選択があり、リーザリアは魔法を受けてレインは戦闘を選んだ。
「レイン、先にあなたの試験をしていいわ」
「畏まりました。では行ってきます」
レインは試験官の前に立つ。
「それではレインスター、ふむ。平民だが、辺境伯のご令嬢の護衛か。君の得物は何だ?」
「弓が一番得意です。ですが剣でも双剣でも槍でも体術でもそこそこ熟せるかと思います」
「ほう」
試験官の目が光った気がする。
「では弓と剣術の試験だ。そこの弓を使いなさい」
弓をとって「一度試射しても?」と聞くと「いいぞ」と言われて矢を的にその場で放つ。
その矢は的の真ん中に刺さった。
「大丈夫そうです。ではいきます」
レインは五連続で矢を放ち、全てがど真ん中の円に突き刺さった。
試験管は驚き固まった。
いや試験官どころかこの場にいるリーザリアを除いたものが驚愕したのだ。
それから周囲がざわめき始め我に返った試験官が声を絞り出した。
「ひ、非常にいい腕だ。では近接戦闘を始める。剣を取れ」
「はい」
レインはそう言われて、刃の潰れたブロードソードを手に持つと試験官の前に立って始まりの合図を待った。
「始め」
その声が聞こえて直後、セバサから言われた「全力で試験に臨みなさい」
その言葉を正しく理解して、全力のケイオスと互角に渡りあえる魔力纏いを使用して、試験官に急接近し、剣を打ち落として首に剣を突きつけた。
瞬きしたぐらいの時間だった。一瞬で目の前に現れてそれを咄嗟に防御しようとしたタイミングで剣を落とされ首に剣を突きつけられていた。
試験官をしていた男は、何故平民が辺境伯の令嬢の護衛なのかを理解した。
「そ、それまで」
声がしたのはそれから少し経ってからだった。
「やっぱりやるわね。でも私も頑張るわよ」
リーザリアはレインが活躍したことで、固さが取れて本来の実力を出すことが出来た。
アイシクルレインという水魔法の派生である氷魔法の中級を見事に成功させて、高評価を得ていた。
「それでは試験結果は後日届くと思いますが、入学の準備をしっかりと整えていてください」
全ての試験が終えた二人はラインバード王国学院から出ようとして声を掛けられる。
「おい、そこの平民」
「あなた私の従者に何の用?」
レインに声を掛けた少年はリーザリアに問い詰められて固まった。
「僕は男爵家の長男で「レイン」」
「はい」
そして挨拶をしようとしたところをレインに投げ飛ばされた。
「レインは私の従者よ。彼を馬鹿にするなら私を馬鹿にするのも同罪よ」
リーザリアはそう彼に告げた。
レインは彼をダシに使おうとした人間を見つめるだけにした。
「帰るわよ。レイン」
「はい。リーザリア様」
折角気分が良かったところを台無しにされたリーザリアは、緊張よりも怒りの感情が強く、レインに命令をした。
このことを屋敷で聞いた辺境伯は大爆笑だった。
「くっくっく。よくやった」
「ですが、さすがにやりすぎた気もしますが?」
「何かあれば気絶までなら、何をしても構わない」
そうレインに追加で指示が出たのはまた別のお話。
「学院長、どうしますか?このレインスターという少年はレイモンド・オルガス・フォン・ガスタード辺境伯爵のご息女の従者です」
「うむ。聞いておる。しかしこれは本当か?」
「ええ。三度見直しましたが、欠点が無く、すべての教科で満点なのです」
「この実技の結果は?」
「はい。弓をとってその場で試射も含めて、その後の五連射ですべてが百メートル以上離れた場所から射抜いてど真ん中の円に突き刺さりました。あそこまでの実力者が試験にいたことなどありません」
「その後もマクラーレン先生との剣術試験において、一瞬で間合いを詰め、マクラーレン先生の剣を打ち落として首に剣を突きつけた、か」
「はい。あれは既に騎士レベルです」
「レイモンド・オルガス・フォン・ガスタード辺境伯爵のご息女はどうなっている?」
「そうですね。満点はありませんが、成績は全体の五番目です。実技も含めて三番です」
「それにレインスターは?」
「含まれていません。こちらを」
「一番が目がベリウス侯爵家のご子息で二番目がルピトナ公爵令嬢で辺境伯令嬢が三番目か。このベリウス家のご子息とレインスターの実力差は?」
「・・・評価は不正が入っていますので……正直何とも」
そこで学院長は頭を抱えた。
「仕方あるまい。レインスターはガスタード令嬢の次の四番目だ」
こうしてレインスターは主席合格したが、四位に転落した。
この結果が後に辺境伯の下に届くのだが、リーザリアが上機嫌だったため、レインはそれ見て笑うだけだった。
こうして平民で唯一 十位以内に入ったレインスターは、自ずと注目が集めてしまうことになる。
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