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26 ラフィの正体

 レインは目の前で構えるケイオスに意識を集中していく。


 三メートル先のケイオスの息が聞こえるぐらいまで集中力が高まったところで、ケイオスから声が掛かった。

「来ないのか?」

 その言葉にレインは笑いながら答える。

「僕は相手の力量が分からないのに飛び込むほど、接近戦に長けていませんから」


「可愛くないぞっ!」

 その言葉が聞こえる前に急接近した剣が振り下ろされた。


 その今までの私兵とは違うスピードにレインは驚きながらも反応する。


「盾があったら邪魔だ」

 レインは盾をケイオスに投げつけて距離を取った。


 ケイオスは投げられた盾を盾で弾いた。

「盾を投げんな」

 ケイオスはそう言って怒られるがレインの顔つきが変わったことに気がついた。


「盾を十全に使えないので、いつものスタイルでいきます」

 レインは微笑むと構える。

「ほう。じゃあ一分は持てよ」

 ケイオスはなかなか見所のありそうなレインに向かって連撃を繰り出す。

 右左、上中下段とせわしない攻撃が続く。


 レインは避けるのも受け流すのも精一杯で、ケイオスに隙らしい隙はない。

「剣を受け流したところで、盾に蹴りを入れるも少し後退するだけで圧力は変わらないとか、強い!」

「なかなかやるじゃないか」

「ケイオスさんは強いですね」

 二人は笑いあった。

 二人の戦闘狂に他の兵士達は固唾を呑んで見続けることしか出来なかった。


 レインはこのままだと負ける。そういう直感が働いた。


 剣を避け、受け流しながら思考を加速させる。

 剣を弾いたところで盾に前蹴りをして、先程よりも強い反動で後方に飛びながら観客と化した兵達の中に着地した。


「ちょっと剣を貸してください」

 兵から片手剣を貸してもらい、漸く双剣スタイルになった。


「これが三歳から思い描いたスタイルです。行きます」

「それがいつものスタイルか? 双剣スタイルとは面白い。いいぜ。掛かってきな」

 レインは接近すると左右どちらの剣でも無く、フェイントを入れて前蹴りを放つ。


「無意味に回転して、飛んだと思ったら、そのまま飛び蹴りかよ」

「ははは。どんどんいきますよ」

 半身に構え、腰を落として下段に剣を振るう。


 ケイオスはそれを避けるとレインの顔の正面に剣が伸ばす。

 レインは危ないなぁと思いながら、左の剣を耐えると右で弾く。


 その隙を見て、その場で前宙しながら踵で盾を持った左手を潰そうとするが……ケイオスの盾で防がれる。


「固いですが、まだまだ」

 レインは右手に持った剣を囮にして、左をフェイシングのように突きを繰り出す。

「危ないぞ」

 ケイオスはそう言いながらも全然問題ない様に盾で弾く。

 それを見たレインはボソッと呟いた。

「これなら大丈夫だろう」


 レインは双剣で頭と腹を狙ったW突きをするが、結局弾かれてしまった。

 レインが攻められあぐねるとケイオスが笑って口を開いた。

「そろそろこちらからもいくぞ」


 剣を受け流して、避けてたまに攻撃して、反撃の隙を探り探り、漸く隙が出て機会(チャンス)が巡ってきた。



 半身になった瞬間に、上段から振り下ろされた剣を、レインは左の剣で受け流そうとするが、ケイオスの剣は重く押された。

「ちぃ」

 レインは右の剣も防御で使おうとも考えたが、中腰を維持出来なくなる。


 その瞬間に剣を左に流してしまったが、ここで本能的に出た足が連動し、初めてまとも蹴りが入った。


 しかし、体重が乗っていなかったこともあり、耐えられてしまった。

 その瞬間にケイオスは剣が振り下ろした。


 ガキィィンっと鈍い剣戟があたりに響く、決してレインは諦めなかった。

 そう。何とか座ったままでは有るが、双剣をクロスして止めることに成功していたのだ。


 しかしまだピンチのままだったレインは、腕の力だけで後方に飛んだ。


 何とか剣を離さなかったレインだが、後方に無理矢理飛んだ影響で、拳に血が滲む。


「はぁはぁはぁ。ケイオスさんってかなり強いんですね。はぁはぁ。息が切れてきましたよ」

「ぜぇはぁ~、ぜぇはぁ~。俺は、ぜぇはぁ~現役はぁじゃ無いんだぞ」

 レインは疲れていたが、ケイオスはもっと疲れていた。


「やっぱりまだまだだったんだな。おかしいと思ったんだ。ゴブリンより強いぐらいなんて」

 レインは誰にも聞こえないぐらいで呟いてから、ケイオスに向かって声を出した。

「行きますよ!」


「ぜぇはぁ、もう回復したのか若いな」

 ケイオスが何とか構えたところで、そこに割ってはいる声が上がる。


「レイン。そろそろ勉強の時間だ」

 声の主はセバサでレインを勉強に連れて行くためにきた。


「あ、はい。えっと、また明日来ます。本日はありがとう御座いました」

 レインは消化不良ではあるが、さすがに我侭が許される立場ではないので、ケイオス達にお辞儀をしてセバサの後を追った。


 この後、十歳にコテンパンにのされた兵士達は、明日のリベンジを誓いながら、いつも以上に訓練に精を出すのはまた別の話。



 屋敷に入る前にセバサはレインの方を向いた。

「レイン、クリーンを掛けてから中に入るのだ」

 秘密がばれていて吃驚したレインは固まる。

「昨日ここでクリーンを使っているのを見た」

「……」

 レインは自分の迂闊さを呪いたくなった。

「元より適正があれば、魔法は教えるつもりだったので問題はない。それよりも何故、村民のレインが使えたのだ?」

 レインはきちんと説明することにした。

「ケイオスさんが昔冒険者だった頃に、うちの村を訪れた時があります。その時にケイオスさんのパーティーメンバーの魔法士の方に教えていただきました」

「ふむ・・・なるほど」

 セバスは考える素振りを見せたが、少し考えた後に別に何とも思っていないようにレインに接する。

「では、ついて来なさい」

 レインはその言葉を掛けられて、二秒で再起動を果たしセバサの後に続く。


 そして三階の一室の前に到着してノックする。

「どうぞ」

 声が聞こえ、セバサがまず中に入り、そしてセバサに続きレインも部屋に入った。


 中には妙齢の女性とリーナリアがいた。


「連れて来ました。彼がレインスターです。レイン、彼女が君の語学、計算、礼儀作法の講師のマクアリアだ。メイド長兼現在はリーザリア様の講師でもある」

 マクアリアはスカート丈が長いメイド服を着ていたが、エプロンはしていないそんな格好だった。


「初めましてレインスターと申します。レインと呼んでいただいて構いません。至らない点が多々あるかと思いますが、誠心誠意努力していきますので、ご教授の程お願いいたします」

「宜しくお願いします。レイン、早速ですが、貴方の知識レベルを確認したいので、こちらのテストをしてもらいます」

 マクアリアはレインを机へと誘いと羊皮紙に書かれた問題を解くように言った。


「わかりました。席に着いても?」

「ええ。準備が出来たら始めていいわ」

 リーザリアはレインを見ていて、どうやら同じテストをすることが分かった。


 レインは負けず嫌いな面があるため、十歳の女の子に負ける気などさらさらなかった。


 レインは問題に取り掛る。羊皮紙は全部で四枚あり、語学は文章問題がほとんどで、それも貴族が使うような文章にするみたいな問われ方をしていたので、レインは社会人生活で培った文章を思い出しながら書いた。


 計算は中一レベルにも満たない四則計算の問題で、分数や少数を求めるものもあったのだが、こちらは全て見直しを含めて五分程度で終わった。

「マクアリア先生、出来ました」

 レインの声を聞いて隣がビクッとしたが、セバサとマクアリアは話の最中だったらしく、マクアリアは少し驚いていた。


「……ではこちらに持ってきてください」

 レインは四枚の紙を渡した。


 マクアリアは採点していく。

「……貴方は村民の子なのよね? 何処で文字や計算を覚えたの?」

「はい。祖父が村長をしており、四歳の時に手紙を書くのが大変だと言っていて時が御座いまして、僕は少しでも大人の手伝いがしたくて、文字を覚えたいと我侭を言って教えてもらいました。計算はたまに訪れる商人に習いました」 

「……なるほど。計算は満点よ。語学は文字も綺麗だし、思っていたよりもずっと文章が洗練されていたわ。少し覚え直す必要がありそうですが、計算はもうしなくていいでしょ。その分の時間は礼儀作法に割きましょう」

 ここで嫌とは言えないレインは大人しく従う。

「宜しくお願いします」


 こうして辺境伯で暮らすレインの午前中のスケジュールが決まった。


 昼食は第一夫人のマリーナとリーザリアと一緒に取り、午後からはセバサが講師となり魔法学、歴史学、神話を勉強していった。

 レインは宗教の話を聞いて、難しい内容で頭を抱えそうになるが、幸いなことに覚えることも少なく何とかなりそうだった。



「一週間ぐらいは大変だと思うけど、そうしたら昼は少し散歩が出来るからな」

 レインはラフィの元を訪れていた。


 この時間がレインにはもっともリラックス出来る時になっていた。



 一月経つ頃には語学、計算、魔法学、歴史、神話のほとんどをレインは覚えることに成功していた。

 前世よりも記憶力が良くなっているようにも感じたが、それだけ脳を使っていないと判断して納得した。

 セバサとマクアリアこれ以上の勉学は必要なしと判断され、今後は復習をしながら、法律や薬学、料理、掃除、厩舎の手伝い、庭師の手伝いと範囲を広げていくことになる。


 そして週に一度だけ、レインは朝から狩りに出かけることを許され、狩人としての感覚が鈍らないように鍛錬を続けた。


 レインは自分が予想以上に評価されていることは知らず、未だに行商人になると思っているのだが、レインは自分の後継者にしようと動く男がいることを知らぬまま努力し続けていく。



 三ヶ月後の夜明け前、厩舎の一角が騒がしくなっていた。


 一頭の母馬が仔馬を産もうと必死に頑張っているその傍らでレインスターは必死に声を掛け続けていた。



 冬が終わり、春が訪れ半ばを過ぎた頃にレインスターは11歳となった頃に母馬達のベビーラッシュが訪れた。


 どんどん産まれる仔馬達にレインは何度も出産に立ち会った。


 しかし苦しむラフィだけが、子供がいるのにも関わらず、お腹は大きくならなかった。


 ナリッチはレインに告げる。

「俺っさ仔馬がいるとは思えねぇ。だが、あんれは明らかに出産すっ時の感じだ。二十年以上この仕事さしてっけど、こんなことまんず聞いたことも実際に見んのも初めてだ」

 困惑気味にそして緊張した声が聞こえる。


 レインは頑張れと、何も出来ない自分を不甲斐なく思いながら、声を掛け続けるしかなかった。


 そしてその瞬間は突然訪れた。

 ラフィが突然輝き出したのだ。


 ラフィは先程の苦しんでいた姿とはうって変わり、立ち上がった姿には、二つの大きく美しい翼が生えた。その傍らにはラフィと同じく翼を生やした少し青みがかった白馬の仔馬……いやペガサスの子供が現れた。


【レインスター。ありがとう。無事に我が子を産むことが出来ました。人に捕まった時は諦めていたけど、貴方と出会えて幸運だったわ。これはお礼よ】

 そう言って僕にラフィと産まれたばかりの仔馬のペガサスを覆っていた光が集束して光の玉となって出現し、僕の身体へと流れ込んで入ってきた。


【レインスター。精霊が貴方を守ってくれるわ】

【おにぃちゃん。ありがとう】


 子ペガサスがこちらに話しかけてくると、二頭のペガサスは光となって天へと上っていった。


 レインはあまりの出来事に一言も喋れなかった。

 放心状態となって、気がついた時には光りが差し込み、朝日が顔を出し始めていた。

「ラフィ。僕はなんにも……お別れの言葉さえ言えなかった」

 レインはそのことをとても悔やんだ。


「おいレイン、今日はどした?」

 そこでレインにナリッジから声を掛けられた。

「お前さ、泣いてんのか? 一体なんがあった。それより何でもう太陽が昇ってんだ?」

 ナリッチはラフィの事を全く覚えてはいなかった。



 こうしてレインは不思議な体験をしたが、何でも話せる友人を失ったショックで、この日から三日間は食事が三人前しか喉を通らなかったことで、辺境伯を含む皆に心配された。


 三日目の夜にレインは夢を見た。


 そこにはラフィとラフィの子がいた。


「ラフィ」

 レインが近づこうとするとラフィはレインを叱った。

【しっかりしなさい。私の唯一のパートナーだったんだから、私を失望させないで】


 ラフィらしいとレインは思いながら、今度はきちんとお礼とお別れを言おうと決めた。

「ラフィ。突然だったから言えなかったけど、今までありがとう。それと子供と仲良くね」


【それなら名前をつけてあげて】

「えっ、いいの?」

【私達は名を与えることはしないのよ。だから貴方がつけてあげて。女の子よ】

「だったら…………がいいな」

【いい名前ね。分かったわ】

「また会えるかな?」

【……それは難しいと思うわ】

「そっか」

【ええ。それでも私の唯一のパートナーだったのだから、しゃんとしなさいよ】

「分かってる。ラフィ、今までありがとう」

【こちらこそ】

 ラフィは笑っている気がした。


 そこで僕の意識は浮上した。

 目を開けるとまだ夜明け前だった。

「夢? ……いや、ラフィなら何でもありそうな気がするからな……よし」

 レインは顔を叩いて気合を入れて、日課のランニングに向かうのだった。


 この日からレインスターは、今まで以上に更なる努力を積み重ねていく。


 これがどういう未来へと向かうか、レインは想像すらすることなく、努力を重ねるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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