23 レイモンド・オルガス・フォン・ガスタード辺境伯
白馬を引きながら歩く少年レインスターが辺境伯の住むスターク街へと辿り着いた。
門番に止められることもなく先行するケイオスが門兵に二言三言話をすると街へと入ることが出来た。
「おお。外から見ても分かりましたけど、中から見るとその広さが分かりますね。エレフェレンの四倍はありそうです」
レインがキョロキョロすると、ケイオスはおかしそうに笑いながら答えた。
「ああ。この街は広いし、色んな種族も住んでいるぞ」
ケイオスも馬を引きながら歩き、レインに街の説明をしながらスラム街や冒険者ギルドの場所、商店街に住宅街がある場所を教えながら歩く。
街の途中でまた門があり、先には城が見えた。
「ここから先が辺境伯であるレイモンド・オルガス・フォン・ガスタード伯様の土地だ」
ケイオス門を通る際に門兵が敬礼する姿を見て、ケイオスって偉いのかも知れない…そう思いながら門を通過した。
中に入ると綺麗な庭が広がっているのだが、緩やかな勾配になっていて、上から見れば街を支配するようなそんなつくりになっていた。
そしてその支配していると思わせる屋敷とは名ばかりの城が存在していた。
「ケイオスさん。ラフィはたぶん普通の人には懐かないので、厩舎には僕が連れて行きます」
レインはラフィとの約束を守るためにそうケイオスに告げた。
「そうは言ってもな…」
「僕は人でもそうでなくても約束は守りたいんです」
「はぁ~。ちょっと待っていてくれ」
レインがテコでも動かないと感じたケイオスは屋敷に入っていった。
レインはラフィを撫でて労いの言葉を掛けた。
「お疲れ様」
首を撫でながらクリーンを使ってあげた。
それから暫らくするとケイオスが執事服を来た初老の男性と一緒に戻ってきた。
「初めまして。私はセバサルーンと申します。ここで長年執事をさせていただいております」
好好爺のようで鍛えられて老人に丁寧に挨拶をされたレインは姿勢を正して挨拶を返す。
「初めましてドレック村から召喚状にて馳せ参じましたレインスターと申します」
頭を下げた。
「なるほど」
レインの耳に微かにその声が聞こえた気がした。
「それでそちらの馬が妊娠している為に、厩舎に入れたいということでしたが?」
「はい。この馬と、ラフィと約束したので」
「分かりました。連れて来て下さい」
セバサルーンの案内に従ってレインはラフィを連れて歩くと無事に厩舎へ辿り着くことが出来た。
「ここでは妊娠している馬だけを集めているので、世話をさせます」
「分かりました。ラフィ、僕も来るけど、食事は子供の為にちゃんと取るんだよ」
撫でてやるとラフィはレインを軽く舐めた。
「またね」
レインはセバサルーンに頭を下げて謝ることにした。
「無理を言ってすみません」
「参りますよ」
セバサルーンは笑うとそれだけ言って先を歩き出した。
レインはセバサルーンのあとを追って、来た道を戻るとようやく屋敷に入った。
中は前世のブライダルで人気のホテルのホールやラウンジが、そのままこちらの世界に移動して来たと思わせるような作りとなっていてレインは固まった。
それでも先行するセバサルーンを視界に捉えると直ぐ頭を切り替えて後を追った。
ケイオスの姿が無かったので、レインは先に言って報告をしているのだろう。
そんなことを考えながら、二階の何度か曲がった先にある部屋の前でセバサルーンが止まりドアをノックした。
「セバサです。レインスターを連れて参りました」
中から「入れ」と声が聞こえてきてセバサルーンが扉を開いた。
入る前に「失礼が無い様に」と念を押されてセバサルーンの後に入室した。
レインは入った瞬間に思った。
此処は学校の校長室だと。
そんな造りをしていた。
入って直ぐのところに応接セットが置いてあり、奥に重厚な机左右には絵画と本棚があった。
見るとあちらは黙っているので自己紹介をするのだろうと考えて自己紹介を始めた。
「お初にお目通り致します。ドレック村から召喚状にて馳せ参じてまいりましたレインスターと申します」
レインは60°のお辞儀をした。
「ほう。私がレイモンド・オルガス・フォン・ガスタードだ」
「はっ。お目通り叶いました事、厚く感謝申し上げます」
レインはそのままの姿勢で言葉を紡ぐ。
「よい。面をあげよ」
「はい」
辺境伯はレインが想像していたよりも若く、四十歳手前で鍛えられていることが分かった。
「まぁ固くなることはない。今回の召喚状はあくまで便宜上使ったに過ぎん。そもそも周りから惚れられたのであって、軟派な性格ではないと聞いている」
当然のように調べられていたらしい。
レインは焦ることなく頷く。
「時にオークを狩ったと聞いているが相違ないか?」
ここで嘘を吐く理由がないので正直に答えることにした。
「はい。六歳から村で狩人をしていたものに習い、反復することで狙ったところに弓が放てるようになりました。今では何とか倒すことが出来ます」
「ふむ。何とか……か。では十五体ものオークを何とか倒したのか?」
正確に調べ上げられていた。
「正確には六体と、その二日後に九体ですが、正面から狙った訳ではありません。村の者達が囮となってくれたことで、狙撃することが叶ったのです。私一人の力では有りません」
「ほう。随分と謙虚なことよ」
伯爵はレインを探るような目つきに変わった。
「そう言えば文字の読み書きと計算も出来るらしいな。歴史や魔法学、礼儀作法は出来るのか?」
「申し訳ありません。学ぶ機会が有りませんでしたので、一切歴史も地理も魔法学も礼儀作法も出来ません」
レインはそう言って頭を下げる。
「そうか。では、一年間我が家で逗留しそれらを学べ」
「???」
「旦那様。さすがにそれでは分かり難いかと」
「そうか。陳情書が上がって来ているから直ぐに帰す訳にはいかない。その期間したいことがあれば、それをさせてやろう」
「恐れながら、私は狩りしか能がありません」
「よい。それにこんな陳情も初だからな。遠慮しなくてよいぞ。はっはっは」
伯爵は豪快に笑った。
「それでは…私と一緒に来た白馬は子を宿しておりますので、その世話と兵士の方々に近接戦闘を学ばせて頂くことと、大変申し上げ難いのですが、私は大食漢なので食費の分を稼ぐのに狩りの時間をいただければと思います」
後ろから「プッ」と噴出す声が聞こえたが、レインは振り返らなかった。
この場にいるのは三人なのだから、豪快に笑う伯爵を除けば一人しかいない。
「はっはっは。まさか私が財布の中を気にされるとはなぁ。いいだろう。では本日から一年はこの屋敷で学び努力せよ」
「はっ。承りました」
昔見た騎士のポーズを真似してレインは部屋を出た。
部屋を出るとメイドが現れて中から辺境伯の声が聞こえた。
「客賓として持て成せ」
その声が掛かり扉が閉じられると頭を下げていたメイドはレインを部屋に案内してくれた。
「夕食お時間になりましたらお伺いいたします」
そう出て行こうとしたのを止めてメイドに頼みごとをした。
「あの、僕はかなり、最低十人前とか食べるので用意をお願いします」
レインが顔を赤くしながらお願いするとメイドは破顔しながら「畏まりました」告げて退出していった。
「あ~恥ずかしいよ」
レインはベッドにダイブした。
「はぁ~低反発ながら柔らかい」
久しぶりにふかふかのベッドに横になり、これからどうなるのか不安を感じながらも己を奮い立たせて呟いた。
「なるようにしかならないなら、全力を尽くす」
レインは食事を呼びに来るまで新品の弓を整備をし始めた。
一方、ガスタード辺境伯は自分の私室を出て行った小僧のことを考えると笑いがこみ上げてくるのを感じていた。
「言葉遣いは甘いがそこそこだ。性格も謙虚で家畜にも優しい。頭も悪く無さそうだなくっくっく」
「噂どおり食いしん坊らしいですね。フッ」
セバサルーンも同様に笑う。
これについては非常に珍しいことなのだが、それを指摘する人物はいない。
「まさか財布の心配をされるとは思わなかったぞ」
「でもそれだけ食べるんでしょう。自分のことをよく知っているが、世間には疎いというか、村から出たことがない分、無知と言ったところでしょうか」
「それでお前から見てどうだ?」
「そうですね。あれは相当鍛えていますね。本気で気配を消そうとすれば、かなり薄くさせることも出来る筈です。森で狩りをしているのも頷けます」
「なるほどな。近接戦を戦う経験は狩人だから無かっただろうが……キッチリ仕込めば一年後であれの護衛が務まるかどうかだな」
「大丈夫でしょう。後は魔法なのですが、先程クリーンを発動していましたので魔法は使えそうです」
「なんだと? 何故村の者が魔法を使えるのだ?」
辺境伯はセバサルーンの顔を驚きながら見る。
通常魔法の素養があるものが開拓村にいることはないと思われていた。
「それは聞いてみないと分かりません。村人や近隣からもそんな声が拾えませんでした。そうなると秘匿にしていた可能性が高いです」
「まぁ閉鎖的なところだからな。……素質も含めて我がガスタードの家臣になりそうか?」
「はい。もしかしたら十数年鍛えれば私の後継者になるかも知れません」
「それほどか?」
「今のところは、です。潜在的能力は有りそうですし、恩を売っておくのも悪くないと思われます」
「分かった。セバサ、リーザを呼べ」
「畏まりました」
頭を下げてセバサは部屋を出た。
辺境伯は良い拾い物をしたと笑みを浮かべる。
暫らくしてレインの私室にノック音が響くのだった。
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