1-3魔獣の大群
窓から差し込む朝日により、ハヤトが目覚める。
ぼんやりと目をパチパチさせていると、体半分に違和感がある。
体に当たるやわらかい感触と共に少し重さを感じる。
ゆっくりとやわらかい感触がある方へ目を向けていく。
黒い――髪に灰色の獣の耳――マシュマロのような膨らみが二つ――
そこには、ハヤトの体に覆いかぶさるようにうつぶせになっているルラの姿だった。
ルラか――いつの間にのっかていたんだ――
ハヤトは目を見開き良く見る。
まてよ――この体制はやばい。
ルラを思わず抱きしめてしまいそうになるもそこは何とかこらえる。
「ルラ、起きろ。重いから早くどいてくれ」
「――ハヤト様、おはようございます」
肌は透けないまでも純白のシルクのようなキャミソールを着ているルラが眠そうな目を擦りながら答える。
かわいい――いやいやまてまてルラからしたら俺は父親同然だ。
「おはよう。重いからどいてくれるか」
「す、すみません。つい……」
つい?――どういう意味だ?
父親に甘えている様なものか――考えるもわからない。
まあいい。朝飯にするか。
「朝食にしよう。ルラはここで待っていてくれ」
「朝食なら私がとってまいります」
ルラはそのまま朝食を取りに行こうとベッドから腰を上げるもハヤトが腕を掴み止める。
「いいよ。さすがにその格好ででれないだろ。」
と言うか他のやつにルラの今の姿など見せたくなし、変な目で見られるのも嫌だ。
そういってルラをベッドの方に戻し一階にいる宿屋の主人所へ行く。
なんか一階が昨日と違って慌しい感じがする。
カウンターに宿屋の主人がいたので何があったか聞いてみる。
「どうかしたのか?何か慌しい感じがするが?」
「ああ――今日の朝一にギルドから連絡があったのさ。何でも上位レベルの魔物の大群がこの町に向かってきているらしいのさ。まだここに到着するまでにはまだ数時間あるみたいなんだが、もしギルドが討伐に失敗したらいつでも逃げれる準備をしろって連絡さ。お客さんもこの町から出るなら早めの方がいいよ」
「そうか、ありがとう。後でギルドに聞いてみるよ。おっちゃんは逃げる準備をしていないみたいだけど大丈夫なのか?」
「おれは大丈夫さ。こう見えてもレベルは高い方だし、ここには愛着があるんだ。まだ来ると決まってもいない内に逃げるなんて事はしないよ。お客さんは他のお客さんみたいに慌てなくても大丈夫なのかい?」
「俺もレベルは高い方だからな。いざとなったら走って逃げるさ」
「ははは、走って逃げるって。面白い冗談言うな。こんな時にそんなこと言うなんて肝が据わってるな」
冗談じゃないんだがな――
ハヤトは俊敏性を最大値まで上げているので目の前に敵がいても逃げおおす事は可能なのだが宿屋の主人はそんなことは知らない為、冗談だと受け取ったのだ。
「肝が据わってるのは良いが、お連れの嬢ちゃんはそうはいかねだろ。気をつけてやんなよ」
――ルラも俺と同等のステータスを持っているのだが。
「そうだな、朝食を取ってからこれからどうするか考えるよ」
「ああ、そうだったね。すぐ作るからまってな」
そういって宿屋の主人は、厨房に行きトースト2枚と卵焼きを2つ持ってくる。
「食べ終わったらまた皿はまたここに持ってきてくれ」
「わかった。宿を出るときに一緒に持ってくるよ」
宿屋の主人から朝食を受け取り部屋にもどる。
部屋に戻るとルラはいつもの服装に着替えていた。
もう着替えたのか――さっきのままでも……
少し残念な気持ちになる。
「お待たせ、朝食を食べたらすぐに宿をでるから準備をしておいてくれ」
「わかりました。何やらどたばたしていたみたいですが何かあったのですか?」
「ああ、上位レベルの魔物の大群がこの町に向かっているみたいだ。取り合えず、この後ギルドで話を聞く」
「そうですか」
すぐに朝食を終え、ルラと共にギルドへと向かう。
ギルドでは50人程のプレイヤー達を集め討伐隊を編成しているところだった。
モーチェットは、ハヤト達を見つけると声を掛けてきた。
「おお、ハヤトか。昨日の武器や防具早速役に立ちそうだ。ありがとよ」
「そうか、良かったな。上位レベルの魔物の大群が向かってきていると聞いたがこの面子で行くのか?」
ハヤトが疑問に思うのも無理はない。
ここにいる大半が、装備から推測するにlv20台の者が大半なのだ。
「そうだな――あとlv30台のプレイヤーが30人来るところだ。ハヤトが心配するのもわかるが俺もいるし何とか大丈夫だろう。ハヤト達も参加するか?報酬も弾むぜ」
「考えさせてもらう。具体的な情報を教えてくれ」
「ああ、そうだな。報告してきたやつからだとキャロの上位種と思われる魔獣が40体ほどこの町を北に向かった先からこちらに向かってきていると聞いている」
「キャロの上位種?魔獣名は無いのか?」
「報告してきたやつも逃げるのに必死だったみたいでな。赤色のバッファローみたいな姿をしていると言っていたが思い当たらなくてな」
まあ、キャロの種類なら強くてもレベル30が良いところか――
この討伐メンバーで十分だな。
「そうか、キャロの種類ならこの面子でいけるな。俺は遠慮させてもらうよ」
「そうか、残念だ」
「わるいな」
「まあ、まだ距離があるしここに絶対来るとは言い切れないしな。部隊がそろうまでに最終確認に人を送る予定だ」
「何事もないといいな。この町まで来たときに守りを手伝うよ」
「そうか、ありがとう。ここにも別の部隊を配置させて置くから、討伐隊がやられたときはそいつらと一緒に町の皆が逃げる時間だけでいいから足止めをしてくれ」
「わかったよ。守れるか保障はしないがそのときはがんばるよ」
そういって、ハヤトとルラはギルドから離れる。
少しした所でルラに言う。
「ルラ、俺達で先に様子を見に行くぞ」
「わかりました。ですが、討伐隊を作られているのに私達が行ってしまったら無駄になるのでは?」
「そうだな、行く必要がないかも知れないがなんか嫌な予感がするんだよ」
MMORPG時代に赤色のバッファローの姿をした魔獣はいなかった。
見つけた奴らが逃げるのに必死で見間違えた可能性が高いがもし見間違えていなかったのならレベルがいくらなのか予測がつかない。
まあ取り越し愚弄であればいいが――
そういって、ルラと共に魔物の大群の方へ向かう。
町を出ると全速力で魔獣達が向かってくるであろう方向へとかけていく。
ものの数分で町は小さくなり、すぐに見えなくなる。
ハヤトとルラは、デバックツールでマップ移動に関連する俊敏性を最大まで上げている為、通常のプレイヤーと比べ3倍以上速くマップ上を走る事ができ為だ。
魔獣の大群は、町から数時間程走った草原のところにいた。
あれがキャロの上位か?
聞いていたものよりも色が赤黒く目が血走っている。
そして、ハヤトの予想は当たっていた。
総勢100体を超え、レベル30は超えているであろう気迫を出している。
その魔獣の大群は見渡す限りの砂と草の生えた草原を赤黒く異様な色へと染めていた。
「あれレベル30は越えてるんじゃないか?」
「そうですね。わたしもそう思います。レベル40近くかあるかと……」
「やっぱりか――ここに来て良かった。これはオヤジ達じゃ対処しきれないな。俺達で潰すぞ」
ハヤト達が討伐隊に参加しなかったのには理由がある。
ハヤト達のレベルは通常のプレイヤーでは絶対に到達することの出来ないレベルまで達している。
その為、レベル30程のMobであれば一撃で倒してしまう。
それを見られるとデバックプレイヤーだとばれる恐れがあるからである。
「ルラ、念の為にバフを頼む」
「わかりました。少しお待ちください」
ルラは次々とバフを掛けていく。
《ブレッシングパワー《攻撃力上昇》》
《ブレッシングシールド《防御力上昇》》
《ブレッシングボディー《体力上昇》》
《ブレッシングマジック《魔力上昇》》
《ブレッシングクリティカル《命中率上昇》》
《ブレッシングドッチ《回避率上昇》》
まあ、これぐらいでいいだろう。
「それでは始める。まずは広範囲魔法で群れを削り取る」
《エレメントバースト》
ハヤトが上位攻撃魔法を唱えた瞬間、魔物の群れの一部に白い球体の物が現れる。
その球体は、徐々に膨れ上がり急速に範囲を広げて爆発する。
先頭を走っていた40体程がその球体に呑み込まれて粉々になって蒸発する。
肉片すら残っていない。
ハヤトはクールタイムを惜しむか様に次の魔法を放つ。
《スターダストエクスプロージョン》
別の上位攻撃魔法を放つと、今度は空から数多の隕石が魔物の群れに襲い掛かる。
隕石が地面を削りとりながら周りを巻き込んで爆発していく。
こちらも40体程が隕石の爆発と共にできた衝撃はによって肉体を飛散させる。
残り10数体が散り散りとなりながらも町の方向を目指す。
「行くぞ」
そういって、ハヤト達は散り散りとなった魔物達に向かっていく。
魔物達は、散り散りとなってもなお同じ方向を目指し進んでいく。
何かおかしい。
通常のMobなら攻撃した時点でヘイトが溜まりこちらにターゲットが移るのだ。
しかし、この魔獣達は攻撃しても何事もなかったように進んでいく。
考えられるとしたらMMORPG時代同様に何かのイベントが起こっているってことか?
――まあいい。
残ったやつを殲滅してから考えればいい。
「ルラ、右に散ったやつを頼む。俺は左のやつらを倒す」
「わかりました」
そういい終わると深く削られた足跡と共に砂煙を残し二人の姿が消える。
ハヤトが向かった先では音もなく魔獣たちが倒れていく。
まるで操り人形の糸が切れたように――
一方、ルラが向かった先では刀で切っているとは思えない音が鳴る。
鈍い音が何度も何度も響き渡る。
その音共に魔獣達の体が削り取られながら肉塊へと変わっていく。
10数体いた魔物達はハヤトとルラの刀によってものの数分で片付で肉塊へと変わる。
「おわったか。相手にならんな。ルラ、アイテムを拾うついでに何か手がかりがないか見てくれ」
そう言って、ルラと共に魔獣の大群が町に向かっていた原因を探す。
素材と食材が集まっていく一方、手がかりとなるものは見つからない。
ん――何もないな。
この魔獣達が来た方向に行くしかないか――
もしこの世界でもイベントが発生しているなら何処かに手がかりになるものがあるはずだ。
魔獣達がつけた無数の足跡をルラと共にたっどり、草原から森の奥へと入っていくと……