1-17束の間の平穏
「ハヤト兄ちゃん、早く行こう」
日が昇って間もなくシアンがハヤトとルラがいる客間へと来る。
シアンの声でルラが先に目を覚ます。
「ハヤト様、シアンが呼んでますよ」
と言ってルラがハヤトの耳元まで顔を近づけて起こそうとする。
ぼんやりと移るルラを見るといつものシルクの様なキャミソールを着ている。
――これもなれたな。
初めは見るだけで緊張していたハヤトも数ヶ月すればなれてくる……。
それでも――そんな格好で抱き付かれてしまうと理性抑えるのにやっとになるのは内緒だ。
さすがに娘の様な存在のルラには手を出すことができない。
「おはよう。ルラ」
そう言ってハヤトは寝巻きからいつもの装備へと着替える。
着替えるといってもアイテムボックスから取り出すと自動的に装着した状態となるので一瞬だ。
「シアン、リア待たせたな」
「もー遅いよ。朝一番に行くって言ったでしょう」
「そうだったか……?」
「うん」
「そうか二人ともすまなかった」
「いえ、ハヤト様が謝る事ではありません。シアンが早とちりしただけです」
リアが訂正するかの様に言う。
その割りにリアもこの時間に一緒に来ている様だが――
シアンもリアも尻尾をゆらゆら揺らしている。
よっぽど行くのを楽しみにしていたんだな。
「ルラ、準備は大丈夫か?」
「はい。ハヤト様」
ルラも白にも近い輝きのある灰色の尻尾を振っている。
ルラも楽しみにしていたのか――
町を出るといっても最近は町の人達のレベル上げばっかりだったからなしょうがないか。
「それじゃあ皆行こうか」
ハヤト達はギルドを出ようとする。
――おっと忘れていた。
世話係の少女に行くことを伝えなくてはいけない。
前に勝手に町を出て行ったときはリシットが大騒ぎをしていたからな。
あの後に俺にもルラにも世話係の少女が1日中つく事になって息苦しかったからな。
世話係の少女にシアンとリアを連れてポーションの素材を取りに行くと伝えると少女はシアンとリアをじっと見つめてうらめしそうにする。
リアはそれに気がついたのか苦笑いをする。
シアンは気がつく様子もなく俺に話しかけてくる。
まあいちいち気にしても仕方がない。
そうしてハヤト達は町を出て素材の出る森へと向かう。
レベル30程にもなるとそこそこ速くなっているようでハヤトが思っていた時間よりも早く着く。
来る途中、推定レベル20のウルの群れに襲われるも難なく倒し進む事ができた。
シアンとリアのコンビネーションは以前にまして磨きがかかった様でウルは数撃で沈黙する。
この二人なら並みの冒険者なら問題なく倒せそうだな。
シアンとリアの成長に喜びを感じる。
森に着いてからは魔獣達の平均レベルが上がる。
少し奥に行くと推定レベル30のトラップグラスが緑色にオレンジ色の様な赤色の混じった蔓を使い攻撃してくる。
シアンはその蔓を弾こうと剣を振るうも蔓が巻きつき逆に捕らえられそうになる。
いつもならシアンが弾いた後にリアが本体に斬りつけるかたちが多いのだが同レベルの相手だと上手くいかない。
リアはシアンを助ける為に蔓を斬りつける。
蔓は切れるものの再び違う蔓が襲い掛かってくる。
シアンとリアは蔓を対処するのに精一杯の様だ。
同レベルなのでダメージを覚悟して攻撃を加えるのであれば二対一なので倒せるだろうが、ダメージを食らわないとなるとそうは上手くいかない。
ダメージありきの戦い方は現実世界では愚作なのである。
同レベルだったらこんなものか――まあ、シアン達の成長具合ならすぐに簡単に倒せる様になるだろう。
「シアン、リア少し伏せてくれ」
そう言ってハヤトは刀に魔力を込めスキルを放つ。
《エアブレード》
横一直線に空気の刃が飛んでいく。
見えない刃にトラップグラスは切りつけられ酸の様なものが傷口から一瞬にして噴出す。
「シアン、リア避けろ」
ハヤトの声に気がついたのかハヤト達のところに飛ぶ。
先程までシアンとリアがいたところは酸で溶け煙を上げている。
危なねーー言わなかったら溶けてたな……
「言うのを忘れていた。酸には気をつけてくれ」
「ハヤト兄ちゃん、言うのが遅いよ。もうちょっとでかかる所じゃないか」
「ハヤト様、シアンの言うと通りですもうちょっとで私もかかるところでした」
シアンとリアが抗議する。
珍しいなリアが言うなんてよっぽどビックリしたのか――
「すまん。久しぶりだったんで忘れてた……。まあ無事だったんだよしとしてくれ」
「もう……」
「ハヤト様……」
シアンとリアが少しむすっとしてハヤトが苦笑いを見せ、魔獣の死骸から素材を回収していく。
何匹か狩り続けているとシアンとリアもコツを掴んだようで蔓に苦戦する事はなくなった。
同レベルなので攻撃は何十回も当てないといけないがウルを倒したときのようなコンビネーションが戻る。
この世界にも若いからと言う言葉があるかはわからないがスポンジが水を吸い込む様にして学習していく。
リアが嬉しそうに話しかけてくる。
「ハヤト様、どうでしたか――私もルラ様見たいに動けていたでしょうか?」
「そうだな。ルラまでとはいかないがしっかりと動けていたよ」
そう言うとリアの頬が少し赤らめ尻尾をふる。
あれ、リアってそんなキャラだっけ――
「ハヤト兄ちゃん、僕も上手く出来てたでしょう?」
シアンもリアに対抗するように言ってくる。
「おう、上手くできてたぞ」
「えへへへへ」
そして再び魔獣を狩り素材集めをしていく。
何十匹か狩り終えたあと――
素材もそこそこ集まったしそろそろ潮時かな。
「シアン、リアそろそろ町に戻るぞ」
「ハヤト兄ちゃんまってあそこにもまだ魔獣がいる」
そう言ってシアンは目に入った魔獣へと走っていく。
ハヤトはシアンが向かった先にいる魔獣へを確認する。
先程倒してきたトラップグラスと形は似ているも色が口紅の様な赤色をしている――
あんな色の魔獣なんていたかな――
ハヤトはMMORPG時代の記憶を辿る。
――あの魔獣見たことない……思い出した。
「シアン、今すぐ逃げろ」
ハヤトが叫ぶも間に合わない。
シアンが魔獣の蔓によって弾き飛ばされる。
シアンが持っていた剣は明後日の方向へと飛んでいき、シアンはそこいらに生えている木にぶつかりながら飛んでいく。
木々を何本か幹から折り十メートル程先で止まる。
「ルラ、シアンに至急回復を――」
「はい。ハヤト様」
ハヤトはそう言って魔獣の方へと向かっていく。
まだリアが魔獣の近くにいる――早く助けなくては。
「リア、攻撃は考えるな。避けながら戻って来い」
「は、はい」
リアは返事するもシアンが飛ばされてしまったせいか気が動転しているようだった。
失敗したな――希少種の存在を忘れていた。
希少種とはMMORPG時代にレアドロップアイテムや装備を落とす魔獣として存在していた。
出現頻度は稀で種類にもよるが千分の一の確立から難しいもので一万分の一の確立ででていた。
その為、ハヤトも忘れていたのだ。
その希少種でもこの赤色の魔獣は五千分の一程の確立で出現する。
そして何より厄介なのはレベルだ。
通常、魔獣の平均レベルが30程であれば希少種やボスのレベルは35程なのだがこいつはレベル40になる。
適正レベルで戦っていたらパーティで挑まない限り必ず殺されてしまう。
そんな魔獣の攻撃を受けたのだHPが0までとはいかないもののシアンのダメージは相当蓄積されているだろう……
捕まれなくてよかった……
もし捕まれてしまったらシアンを数撃で倒してしまう攻撃が継続的に続いてしまうためハヤトでも間に合わない可能性がある。
――そしてその魔獣の攻撃はリアに向いている。
ハヤトは全速力で魔獣へと突っ込んでいく。
リアに対して真上から降られた蔓は鞭の様にしなり振り下ろされていく。
リアは気が動転しているせいかまともに動けていない。
いつもであれば剣をたて代わりにして避ける様にしている攻撃をただ呆然と立ち尽くしているのだ……
間に合え――。
振り下ろされた鞭は間一髪リアの頭上を飛んできたハヤトの刀によって弾かれる――
――弾かれたというよりもハヤトの弾丸の様に飛んできた体に巻き込まれて魔獣自身の方へ帰っていくのだ。
そしてハヤト自身も弾丸の様な勢いを殺しきれずに魔獣の胴体へと突っ込んでいく。
魔獣はハヤトに押されて一緒になって飛んでいく。
――地面を削り、木々をなぎ倒し、岩おも砕いていく。
――そして崖の様な盛り立った地層へとハヤトと魔獣は地響きと共にめり込んでいく。
それを見たリアと回復の終わったシアンは何が起こったのか理解できずに弾丸となって飛んで行った先を見つめている。
そして――数秒の長い沈黙のあとハヤトに向けて叫ぶ。
「ハヤト様」
「ハヤト兄ちゃん」
ルラはそんな二人が叫んでいるにも関わらずいつもと変わらない表情で見つめる。
――崖の様な地層にできたひび割れた大きな穴から何かが動く音が聞こえる。
聞こえるも砂埃が立っていて先が見えない。
そんな砂埃から黒い影が見えてくる。
ゆっくりとその影は大きくなっていき――そこには頭をかくハヤトの姿が見えてくる。
リアとシアンは安堵するもハヤトが近づいて来るに連れて魔獣のものであろう酸により皮膚が所々煙を上げて爛れている。
しかも、その酸は魔獣が倒れたからといって消えることがなくなったので継続的にハヤトにダメージを与えている様だった。
デバフはかかっていないも一種の毒状態だといっても過言ではない。
ハヤトはリアの前まで行くと――
「リア、大丈夫だったか?怖い思いをさせてわるかった」
「ハヤト様は大丈夫なのですか?」
自身がいまだに酸により溶かされているも目の前の少女の心配をしている男に目に涙を浮かべてリアは問いかけて近づこうとする。
ハヤトは一瞬躊躇し後ろへと下がる。
「ちょっと待ってくれまだ酸が体についてるからな。そのまま離れていてくれよ」
そう言ってハヤトは頭上に向けて水系攻撃魔法を放つ。
《ウォーターフロウ》
頭上へと放たれた水の塊はハヤトの元へと帰っていく。
――水のシャワーと言うよりも大きな滝に打たれている様になる。
そしてもう一度攻撃魔法を放つ。
《ファイヤーフレーム》
一瞬にしてハヤトの後ろにあった木々が灰へと変わる。
「よし、これでいいだろう。リア、動けるか?」
「は、はい。何とか……」
リアはそう答えるも腰が抜けて動く気配がない。
「しょうがないな――」
そう言ってハヤトはリアを両腕で持ち上げお姫様抱っこ状態となる。
リアの頬が赤く染まり俯く――赤く染まった頬は戻る気配が見られないもハヤトはリアの変化に気がついていない。
そのままリアを抱っこしたままシアンとルラの所へと戻る。
「シアンは大丈夫か?」
「う、うん。ルラ姉ちゃんのお陰で何とか助かったよ」
「そうか、すまなかったな」
「ハヤト兄ちゃんのせいじゃないよ」
「――ルラもありがとう。君がいなかったらどうなっていたことか」
「気になさらないで下さい。私はハヤト様が喜んで頂けるのであればそれで――。それよりもいつまでリアを抱っこしたままなのですか?」
そう言ってルラは羨ましそうにリアを見つめる。
リラもそれに気がついたのかハヤトの腕から下りようとする。
「ハヤト様、私はもう大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか、わかった」
ハヤトはリアを腕から下ろすときに頬が赤らめている事に気がつく。
恥ずかしかったのか――悪いことをしたな。
ハヤトがリアを下ろした後にルラが今気がついたかのように言ってくる。
「ハヤト様、《ヒール》をかけますのでそのままで」
「ああ、ありがとう」
《ヒール》
一瞬で爛れた皮膚が元に戻る。
「それじゃあ帰ろうか」
そう言ってハヤト達は町へと戻る。
帰りは行きと違いシアンとリラの口数が少なくなっていたがギルドまで戻ると次第にしゃべる量が多くなってくる。
――少し元気になったようだよかった。
客間に着いたハヤトは先程倒した魔獣の戦利品をシアンやリアに見せる。
「どうだこれさっきの魔獣が落としたやつだぞ」
そう言ってハヤトは対になったブレスレットを見せる。
「ハヤト兄ちゃんこれは?」
「ああ、希少種のドロップなんて見たことないか。珍しい魔獣がたまに落としていくアイテムだよ。そしてこれは装備することでステータスが少し全体的に上がるんだ。対の物だが一つづつ効果があるからシアンとリアに上げるよ。今日はがんばったご褒美だ」
「貰って良いの?」
「ああ」
「ハヤト様からのプレゼント――」
シアンとリアにブレスレットを渡すとルラが寂しそうな顔をする。
そうだなルラにも何か――上げる物がないな……
「ルラ、すまんブレスレットはこれだけなんだ。あげれる物はないが――前に約束しただろ出来ることなら何でもするって。何がいい?」
「そ、それじゃあ――明日一日デ……私と付き合ってください」
「ん?買い物かそれならお安い御用だ」
ルラの顔つきが一瞬曇るも顔がにやけ尻尾が揺れる。
にやけた顔もかわいいな。
「ハヤト様、約束ですよ」
「ああ、わかってる」
そういい終わると今度はリアが羨ましそうな顔をする。
リア達も連れて行ってもいいがそれをしてしまうとまずい気がするな。
「明日はルラと二人で出かけるが別の日に皆でどっかに行こう」
そう言うとシアンとリアの尻尾が揺れる。
これでよしと。
「ルラ、明日行きたい所決めておいてくれよ」
「はい」
そして少し長い一日が終わる……