八番目の怪談
私の通っていた小学校にも7不思議がありました。でも、どうしてか、人によって7不思議が違うという現象が…。どれが本当だったのか、不思議な限りです。
トイレの花子さん。二宮金次郎校庭を走る。音楽室のベートーヴェンが赤い涙を流す。理科室の人体模型が動く。朝礼台の下に死体が埋まっている。校庭の時計裏の骨。屋上へ続く十三階段。
夏休み最後の日、午後7時45分。
コウキとヒサは校門の前に立っていた。五年生になった。もう高学年なのだ。ヒサはそうやって気持ちを支えていた。それに違い、コウキの目は好奇心に満ちている。
「結局二人かよ」
「みんな怖いんやで、きっと」
ヒサはそう言って学校を見上げた。日が暮れた後の校舎がおどろおどろしく目に写る。
「よし、ヒサ」
「うん」
七不思議をクリアすれば八つ目の不思議が開けるのだそうだ。二人は鉄の校門を上り、学校へと侵入した。
終業式の日、コウキが帰る用意をしているみんなに向かって叫んだ。
「おーい、みんな」
コウキの声に手を止め、みんなが一瞬沈黙した。コウキはいわばムードメーカーで、どこか人を惹きつけ、従わせる力を持っていた。いじめっ子というものではない。ただ、彼の言動は絶対的だった。そして、やっと誰かがくすくす笑い、「ほーら、今絶対幽霊、通った」と沈黙を破る。すると「ほんまや」「ほら、お前の後ろっ」
「きゃっ」
あかりちゃんの後ろを指さしたゆうすけがけらけら笑い出す。もう、とむくれるあかりちゃん。
再びざわめきが戻った中、コウキは話題を戻した。
「あのさぁ。夏休み最後の日に七不思議クリアしに行こーや」
あの時は、みんな「おもしろそう」って燥いでいたのだ。それなのに、コウキと二人きりだなんて。ヒサははっきり言って怖かったのだ。だけど、除け者にされたくなくて、塾の補習だと言って家を出て来たのだ。
「5、4、3、2、1」
ヒサの隣でコウキの声が響いた。まるでお祭り気分だ。
一つ目。
校庭の時計の下に午後8時きっかりに立つ。
「よし、次」
コウキは楽しそうに跳ねながら女子トイレへと向かう。
「次は、お前が行けよ」
「うん」
ヒサは弱々しく承諾した。
二つ目。奥から三番目のトイレを三回叩く。そして、呼びかける。
「はぁなこさん、あそびましょ」
真っ暗な中ヒサの声が響いて、静寂が全てを呑み込んでいった。怖いくらいに無音だった。返事はない。ヒサは足音を立てないようにして、コウキの待っているトイレの入り口へと戻る。心なしか足は速く動き、耳は敏感に背後の音を聞き逃さないようにしていた。水道の蛇口が緩かったのか、水がじゃじゃじゃと音を立てて落ちた。
「わぁっ!」
恐怖が溢れてヒサは走り出してしまった。コウキのにまにま顔が悔しかった。
「真っ青っ。やべぇ、おまえ。水落ちただけぇ」
コウキがけたけた笑っていた。ヒサも笑おうとするが、頬が引き攣る。コウキは怖くないのだろうか。
「えっと、次は金次郎」
ヒサはもう一度真っ暗な女子トイレを覗き、慌ててコウキを追いかけた。コウキはそんなヒサを面白がって、「ヒサの怖がり~」と歌を歌うように何度も繰り返してきた。ヒサは「怖くないもん!」と頑張った。
校舎裏には校長室を覗くようにして立っている二宮金次郎像がある。昔は校長室の場所がそこにはなくて、ここは、校庭に繋がる裏庭だったそうだ。
三つ目。二宮金次郎にかけっこを挑む。
「金次郎さん、追いかけっこしましょ」
コウキが金次郎をポンポンと叩く。
「やっぱ動かねぇの。おもんないな」
こんなこと面白くなくていい。ひやひやしているヒサは心の中で「ごめんなさい」と呟いていた。でも、口から出たのは「ほんまやな」という言葉。
「次は音楽室やな」
「おうっ」
ジャリ・・・。
二人のジャリを踏む音がやけに響く。
四つ目。ベートーヴェンの涙を見る。
音楽室には音楽家の絵が飾ってある。鍵はどこにあるのか分からないから、扉から覗くだけになった。月灯りの中、ベートーヴェンってあれやった?と小声で喋りながら、それらしきものを見て音楽室を後にした。
音楽室があるのは東棟で、理科室があるのが西棟だった。ヒサとコウキは職員室の前を通り、さっき通った女子トイレ前、校庭を横切り西棟三階へと向かった。小声で話をするだけでも声が響き渡るのに、突然コウキが大きな声で叫んだ。
「おーい」
「何してんねん」
びっくりしているヒサを尻目に、コウキは笑った。
「お化け呼んでんねん」
「そんなんせんでいいわっ」
ちょっとちびったかもしれへん…。ヒサはコウキを睨んだ。しかし、コウキはそれに気づかない。
「ここや」
五つ目。理科室の人体模型の体勢が変わっていないかを見る。
理科室前。到着。もちろん、人体模型はピクリともしていない。というか、元がどんなポージングだったのかも覚えていない。しかし、もうヒサにとってそれはどうでもよいことだった。ただただ早く学校から外へ出たくて、家へ帰りたくて仕方がなくなっていたのだ。帰ったら、まず、「ただいま」を言って、「お腹減った」とお母さんにおやつを出してもらう。普段じゃ絶対にありえないのだが、お母さんは塾帰りだとおやつを出してくれる。それから、お風呂に入って、お父さんが帰ってくるのを待って、今日のことを言おう。お父さんならチクらないし、大丈夫だ。もしかしたら、「お父さんも小さい頃ようしとったわ」とこの恐怖を拭ってくれるかもしれない。
もう少しで、ヒサはこの恐怖から解放されて、家へ帰る。もうヒサの中にはそれだけで埋め尽くされていた。それに比べ、コウキは全く恐怖を感じていないようだった。もともと、人をからかうのが好きだから、これもその延長にしかすぎないのだろうか。
六つ目。階段を数える。
突き当たりが屋上へ続く十三階段だ。これで最後。後は朝礼台へ戻るだけ。
「着いたな」
「……。……。」
「ヒサ?」
「聞こえへん?」
コウキは笑っている。
「何が?」
「ピアノ…」
女の子の声、誰かが走ってくる音、骨をかち合わせているような時計の音…。
「何言うてるねん。行くで」
「あかん」
「早よ」
ヒサの足はもう動かなかった。ほんのすぐそこまで来ている。この階段を上ると…。ヒサはコウキの手を離さなかった。でも、コウキはそれを振り切った。
「もういいわっ。一人で行く」
コウキが「いーち、にぃ、さぁん」と階段を数えはじめた。
「コウちゃん…やめ」
「じゅうさん」
コウキが十三段目に立ってヒサを見おろしている。そして、頬に赤い物が垂れる。まるでベートーヴェンのように。コウキの体が赤く染まって見える。人体模型のように。コウキがヒサに叫んだ。
「ヒサっ!!」
九月一日。朝。早起きで有名な校長先生が倉橋を屋上へ続く階段下で見つけた。
◆◆◆◆
「あかりちゃん」
「あっ、みくちゃん」
二十歳になったらみんなで同窓会をしようと決めたのは中学校になってからの話で、未空ちゃんは中学校の時に出会った友だちだった。高校の話や大学の話をしているうちに、小学校の統廃合の話になった。未空ちゃんの小学校が『廃』の方、私の小学校が『統』の方である。
小学校を卒業して何年経つのだろう。十二歳で卒業って思えば、…八年か。長いようで、短いような八年だった。私は感慨に耽ってしまった。
「秋田くんも、久しぶり」
未空ちゃんは私の隣にいた秋田裕介にも、明らかについでと思える声をかけていた。ただ、裕介君自身がそれを全く気にしていないようだ。そんなところは昔から変わっていない。例えば、自分の興味あること以外の言葉を完全に流してしまうところとか。
「今、従妹がそこに通ってるんやけどね。そこって八不思議なんやって。昔からそうなん?」
「えっ、…私の時は七不思議やったけど?」
私は言葉を濁しながらそう伝えた。すると、何でもすぐにちょい噛みしたい裕介君が割り込んできた。
「八つ目って?」
「なんかな、学校が墓場っていうんやけど、あれかな、戦争で焼け野原になってしまって、知らんと学校建てたみたいな? 時々あるんやんな、そんなこと」
未空ちゃんもそんな裕介君の言葉を受けて、普通に返す。
「それは、分からんけど…なぁ?」
苦し紛れにこたえた裕介君は私に同意を求めた。話の中に入ってくるなら、最後まで自分で解決すればいいのに…。
「うん、そやな。そうかもしれん」
私も同意しながら、視線をどこへやればいいか分からなくなった。確かあの辺は焼け野原だったとおじいちゃんが言っていた。墓場かどうかは知らないけれど。
だけど、未空ちゃんは知らない。倉橋久と加藤弘毅の話を。
ヒサが校長先生に助けられた時、「階段に呑まれたんや…」と呟いたらしい。ヒサの後ろから来た金次郎が、屋上へ続く階段へみんなを引き連れ、上って行った。
コウキはそれらと共に呑まれた。階段に。
七つ目。朝礼台の下へ。
大人は誰も信じなかった。だけど、コウキはいなくなった。ヒサはそのまま入院して、学校に来なかった。そして、いつの間にかヒサの席がなくなっていた。転校と知らされていたが、誰も所在は知らない。でも、誰もが思った。八番目が開いたのだと。
コウキは注目されたいがためのトラブルを起こすのが大好きだった。クラスの子はみんなそれを適当にあしらう術を子どもながらに持っていた。だから、あの日も誰も行かないだろうと思っていた。しかし、気の弱いヒサがコウキに押され気味だったこともみんな知っていた。
「従妹が言ってたんやけど、夕方朝礼台に立ってるとな、けたけたって言う男の子の笑い声が聞こえるんやって。まぁ、それも七不思議の一つらしいけどな」
私が真剣に未空ちゃんの顔を眺めたからだろう。未空ちゃんの言葉が止まった。
「未空ちゃん、それよりさぁ、就職とかどうするん?来年から活動しなあかんやろ? ほんまにどうしよっかなって思ってて…」
「あ、私はとりあえず受けまくるわ。まずは高嶺の花から?って感じ?」
私は話題を変えた。この話題に関わってはいけない。振り返ってはいけない。
八つ目、学校が墓場。引きずり込むのは七番目の番人。