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5 漆黒の影

2014年3月13日改稿。

 



「こちらはご覧のとおり、まだ団に所属していない、一般騎士たちの訓練場となっています」

「今日は日差しが強いですから、大変でしょうね」

 威勢のいい声に、ふと立ち止まった彼へと、後ろについてきていた侍女の一人が説明を紡ぐ。それに、ふわりと微笑んでうなずきながら、イズレンディアはそっと、その英知が宿った瞳を、剣を打ち鳴らして訓練にはげむ騎士たちへと向けた。

 森の魔物を倒して帰ってきたその後、ようやく帰ってきたイズレンディアの帰還に喜ぶまもなく、ルーミルは王城魔法使いとしての仕事にかかりっきりで、結果として暇を持て余したイズレンディアは、ここ二日ほど、一人きりで城内を散歩していた。

 しかし、それを見とがめたクロスに、せめて侍女くらい連れていてください、と言われ、否やを言うまでもなく三人をつけられてしまったのだ。

 それがつい先ほどのことである。

 戸惑った雰囲気を隠せていないものの、文句一つなく静かに自らの二歩後ろをついてくる侍女たちに、申し訳なく思いながらも暇には勝てず、改めて散歩を再会したイズレンディアであった。

「これくらいで根を上げていては、立派な団の一員にはなれませんわ」

 素直な感想を現したイズレンディアの言葉に、先ほどとは別の侍女が上品に笑う。

「なるほど……。言われてみれば、確かにそうですね」

 それに、確かな納得を含んだ穏やかな微笑みで言葉を返すイズレンディア。

 昼食の時をすぎた昼下がりにはお似合いの、あたたかな雰囲気がかもしだされていた。

 ――しかし、平穏とは、実に一瞬にして消え去るものである。

「さて、次はどこに行きましょうか……」

 そう言葉を紡いだイズレンディアが、前に向き直った、その時だった。

 シッ、と、わずかな風切り音が彼の耳に届く。同時にその深い緑の瞳が写したものは、黒を纏った人影。

「!」

 瞬間に感じたのは、左の首筋が生み出す灼熱の温度と、次いで襲った、刺されたと理解するには十分な、左胸の激痛。

「っ」

 声にさえならないつまった呼吸音と、苦痛にゆがむその美貌。追いつかない思考は、それでも回復魔法を発動しようとし、しかしそれは眼前にいる黒尽くめの人物が、刹那と待たずに放った重い蹴りによって、未遂に終わった。

 彼の身体が、蹴りの衝撃で僅かに浮く。そして、やはり間を置くことなく、その身体は後方へと飛び、先ほどまで彼の二歩後ろをついてきていた侍女たちをも越えて、白亜の床へと仰向きで転がった。

「!? イズレンディア様!!」

 侍女の一人が悲鳴を上げる。しかし、ここまでの動作の全ては本来、常に戦いの場にいる者でさえも、認識できるかどうかあやしいほどの早業――まさに“暗殺”と言う名にふさわしき動作であって、彼女が悲鳴を上げたその時にはすでに、イズレンディアの身体は彼女たちの後方にあった。

 それを確認した侍女たちの全ての瞳が驚愕と困惑、そして恐怖で染まる。その一瞬を逃すことなく無音で立ち去った暗殺者は、いったいどれほどの技量の持ち主であったのか。

「だ、だれか!!」

 ようやく助けを求めて叫ばれた声の前には、優しい自然の色合いをした旅装束と、その真白い左頬を鮮血に染めて瞳を閉じた、最古の《賢者》が横たわっていた。




 場所は一転して、深い森。そこは、つい近日に、イズレンディアと守護騎士たちが訪れた森であった。

 絶対な脅威たる存在であった魔物が倒されたその森は、しかし、以前と同じ穏やかさを取り戻してはいなかった。

「ご苦労」

 いまだ不気味に静まったその森の一角で、しわがれた声が響く。

 そこには、闇色のローブをまとい、そのフードで顔を隠した三人の魔法使いがいた。

 ――いや、正しくは、もう一人。

「……」

 魔法使いの一人が空中へと投げた“報酬”を、一陣の風とともに無言で手におさめ、その場を一瞬で去った、その漆黒の姿。

 それは間違いなく、つい数時間前、王城にてイズレンディアへと刃を突き立てた、あの暗殺者であった。

「……ふむ」

  暗殺者が去った後を眺めながら、しわがれた声が言う。

「これで憂いは晴れた。あれほどの使い手相手ならば、いくらあの魔物たちを倒した者であろうとも、しばらくは動けんだろう」

 やや満足げにそう語る者の言葉に、別の者が反応を示す。

「……死んでいるのではないのか?」

 わずかな期待を込めたその言葉は、しかし、あっけなく切り捨てられた。

「あり得んな。その程度であれば、あの魔物たちは倒されてはおらんだろうよ」

「……そうであったな」

 元より、そうであろうと予想はしていた。

 そうであるからこそ、当初の予定をくつがえしてまで、自分たちがじきじきに、ここに来たのだから。

「――ゆこう。この時間も、さほど残されているわけではなかろうからな」

 その言葉を合図に、三人の魔法使いたちはそれぞれが地面に青く輝く、円とその内に描かれる文字で形作られた転送の魔法陣を展開し、そろってそれを発動させた。

 次に彼らが立っていた場所は、同じ森の、中心部。

 けれどもそこは、先ほどまでと同じ森の中だとは思えないような光景に包まれていた。

 否、この光景こそが、今のこの森の本来の姿であったのだ。

「ふむ……順調なようだな」

 と、しわがれた声が語る、そのフードに隠された瞳の前にある光景――そこでは、まさしく“儀式”と呼ぶにふさわしき行為が行われていた。

 多くの木々が立ち並ぶその場において、唯一、わずかな草が生えているだけの、開けた地面。

  今そこでは、数十人もの魔法使いたちが二重の円形になってそこを囲み、そろって低く、呪文を唱えていた。

「――太古の時代よりこの地に埋まりし大いなるものよ。もうすぐ、その深く暗い大地より、光ある地上へと出してやろう」

 しわがれた声が、辺りに響く。

 今、一つの大きな魔法が、完成しようとしていた。




 白を基調とした飾り気のないその部屋は、普段ならばその部屋の主の存在によって、華やかではないものの、穏やかな優しい雰囲気が放たれているような場所であった。

 しかし、今。

 この場所にある誰もが沈黙し、部屋の主をも深い眠りの中にある今は、その部屋そのものもまた、重く寂しげな雰囲気を宿らせている。

「――」

 ベッドに横たわり、その英知の瞳を硬く閉ざしたイズレンディアは、夕食時がすぎた今も、静かに眠り続けていた。

 ベッドのそばにイスをおき、それに腰かけて様子を見ているルーミルも、倒れているイズレンディアを見つけ、この部屋へと運んできた時から、無言でそこから動かずにいる。

 加えて、ルーミルの後ろには、ソファーに腰かけ、その紫の瞳をふせたままのセリオと、そのそばに無言で控える、クロスとアーフェルの姿もあった。

 イズレンディアがあの暗殺者によって倒れた後、侍女たちの声に駆けつけてきた騎士たちが見たものは、恐慌状態で右往左往する彼らを呼んだ本人たちと、眠るように床に倒れている美しいエルフの姿だった。

 しかし、つい先ほどまでは痛々しい姿のみを眼前にさらしていたその姿は、空中に描き出された、精緻な白の魔法陣によってそそがれる暖かな光に包まれ、とくとくと流れ出ていた鮮血は、その時にはすでにわずかに残るのみとなっていた。

 それは、侍女が助けを求めて声を上げたそのすぐ後に、すぅ――と流れいでるように空中へと出現した、上級の回復魔法であった。

 むろん、騎士たちが集う場であるその近くに、これほどの魔法を扱えるものなどいるはずもなく、当然としてそれは、傷を負った本人が発動したものである。

 意識を失う、そのほんの僅かな時間で魔法を、それも上級の魔法陣を組み立てあげるとは、さすがは《賢者》と言うべきか。

 しかし、だからと言って、そうそう安心してもいられなかった。

 死にいたることなど容易であったはずのその傷は、他ならぬ本人の強大な力によってふさがり、ルーミルから見てもその命に別状があるとは思えなかった。

 しかし、だからと言ってこの事態が、良かった良かったで片付くわけもない。

 あの暗殺者は、いったい誰が仕向けたのか? 狙われたその理由は? と、夕食の時間になるまでの数時間、延々と会議が行われていたのだ。

 おまけに、問題なのは暗殺の事件そのものだけではない。

 いかに《賢者》と言われるような実力者であろうとも、重症をおった後のその深い眠りから、すぐに目覚めるわけがなかったのだ。

「……」

 刻々と、沈黙だけが響く時間がすぎてゆく――。

 眠る本人をのぞいた全ての者が、大丈夫であると知りながらも、いまだ目覚めない彼の安否を気にしていた。


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