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3 彼の在り方

2014年3月11日改稿。

 



 眩い光が差す窓辺にいたイズレンディアは、コンコン、と自室の扉をノックされる音に、その明るい緑の髪をさらりとゆらして振り返った。

「どうぞ」

 穏やかな響きを宿した声が紡がれた次の瞬間には、勢いよく扉が開かれる。

「失礼します!」

 輝かんばかりの満面の笑顔で入って来たルーミルは、しかし、窓の傍に立っているイズレンディアをみて、その顔に疑問をうかべながら小首をかしげた。

「何かしていたんですか? お師匠様」

 それに、つい、と窓の方へと視線を向けたイズレンディアは、ゆったりとした口調で答えた。

「えぇ。昨日の夜までいた……と言っても、実質お世話になったのはその前の一晩だけでしたが、宿屋の方にお手紙を出したんです」

「あぁ! そうだったんですか」

 その言葉にすばやく納得したルーミルの後ろで、彼の護衛――という名目の元、守護騎士を目指してはげんでいる一般騎士が、不思議そうに眉を寄せた。次いで廊下をみやり、

「誰かに届けるよう頼んだようには見えませんでしたが……?」

 とたずねるが、当の本人はにっこりと笑うのみ。

 それに苦笑したルーミルが、笑いながら答えた。

「魔法ですよ」




 約三百年ぶりに再会を果たした師匠とその弟子は、はたから見ると、まるで親子がふれあっているかのように見えた。

 昨晩の邂逅の後、イズレンディアはルーミルを含めた王城魔法使いたちが寝泊りする区域へと案内され、しばらくそこの一室を借りることとなった。《賢者》ともあろう存在を、城下の宿屋へ返すことを、宰相であるクロスが拒んだのだ。

 最も、何かしらの考えがあったのだろうことは、彼の立場からすれば当然なのだから、本当に嫌ならば断れば良かった。さしもの宰相閣下も、《賢者》を怒らせたくはないことは、すでに昨晩の間に確認済みであったのだから。

 そうしなかったのは、やはりイズレンディア自身、ルーミルに会えたことに喜びを感じていたからであった。

 まだ傍にいたい、と思ったのは、さすが師弟なだけあり、同じであったのだ。

「お師匠様、お師匠様! 新しい魔法を見つけたりしましたか?」

 よく映える青いローブをはためかせ、それよりもなお人の目をひきつける濁りのない蒼瞳を煌かせながら、ルーミルはたずねる。

「えぇ、幾つかは。機会があれば、また見せますね」

 それに優しく微笑んで答えるイズレンディアもまた、白と濃淡二色の緑をもちいた旅装束をゆらし、深い緑の瞳を楽しさに細めた。

 ――その姿は、まるでかつての日々を取り戻すかのように続き、しかし、必ずどこかで邪魔が入った。

「おや、これはこれは。ルーミル様ではありませんか」

「あ、伯爵様。こんにちは」

 先ほどは男爵様であっただろうか?

 くしくも、師弟の考えはここでも一致していた。

 シルベリア王国建国にたずさわったルーミルと言う名のエルフのことは、実はあまり民には知られていない。それは単純に、彼があまり城下におりることがないからであるのだが、ここで問題なのは、それに反するかのように、貴族には知られていることであった。

 城下におりないならば当然王城にとどまっているわけであって、それは必然、王城を仕事場としている貴族たちにとっては、彼のことを知るに十分であるのだ。

 そんな彼と共に歩むイズレンディアの姿は、嫌でも目を引く。

 噂好きなお貴族様ともなれば、よけいに。

「それで……そちらが、かの高名なるエルフの《賢者》、イズレンディア様で……?」

 無難な笑顔をはりつけ、そうたずねてくる壮年の紳士に、ルーミルは素直にうなずいた。

「はい、そうですよ。僕のお師匠様です!」

 最後の言葉だけは絶対に強調するルーミルに、にこにこと緊張感なく微笑むイズレンディア。しかし、それを見て、

「おお! 噂はまことでしたか!」

 と嬉しそうに言葉を返す彼ら貴族のほとんどは、その楽しそうな笑顔の裏で、大変に失礼なことを考えていた。

 いわく、おっとりしすぎていて、戦闘などできそうにない。

 《賢者》と呼ばれる存在は、その膨大な知識もさることながら、最も重要とされるのは、戦闘における魔法の多彩さとその強さである。

 《賢者》の名がつけられる基本の舞台となる戦闘ができないとなれば、それはすなわち、《賢者》の名をもつにふさわしくない、ということになる。

 本当に実力ある魔法使いならば、激昂しても不思議ではないほどの侮辱だ。

 最も、実際にはそう思っているのは内心であって、言葉には現していないのだから、当の本人に知られることもないのだが……。

「……なんとなく、ですが、貴族のみなさんはそろってお師匠様のことをきちんと見ていないような気がします……」

 どこか憮然とした顔で、立ち去った伯爵が通った後の廊下を見ながらそう語るルーミルには、うすうす気付かれているようではあった。




「ふむ……」

 国王専用の書斎室の中。そこにそろった面々は、二人を除き、全員がその顔を悩みにゆがませていた。

「まさか、今日一日だけで古き《賢者》の力を疑う者がこれほどいるとは、な……」

 目の前の書類に目を通しながら、うぅむ、とセリオがうなった。

「みなさん酷いですよ! お師匠様は決して! 決して!! 弱い方じゃありませんのにー!」

 両手をふりあげて抗議するのは、ルーミルである。その横で、アーフェルも無言で深くうなずいていた。

 夕食後、直々に部屋へと訪れたクロスに従い入ったこの書斎室にて、セリオが告げた言葉は、少なくともルーミルを怒らせるには十分な威力を持っていた。

 それは、昼間にイズレンディアと会った貴族の半数近くが、その表し方と過激度に差はあれど、『彼は本当に《賢者》なのか?』といった内容の書類をセリオへと送ってきた、というもの。

 結果、当然として、それを聞いたルーミルは、

「お師匠様は、間違いなく、《賢者》と言われても良いくらいの実力を持っておいでです!!」

 と声を荒げ、その場にいる全員に落ち着くようにとソファーに座らされ、飲み物を渡され、今はようやく一息ついたところであったのだ。

 と、ここにきてようやく、他の面々とは異なる表情をする者たちが、会話へと加わった。

「しかし、こう言っては失礼かとは思いますが……実際問題として、イズレンディア殿を見て、わずかに言葉を交わしただけでかの《賢者》の御一人だと察しろというのは、ずいぶん難儀なことだと思いますが?」

「あぁ、よく言われますよ、それ」

 内包する意味は違うものの、その美貌に美しい微笑みを浮かべたクロスとイズレンディアは、双方共に実にさっくりと語り合う。

 思わず、といったように体勢を崩した他三名を、誰が責められようか。

「ク、クロス……」

「お師匠さまぁ……」

 声をつまらせながらも非難の色をその紫の瞳に宿したセリオと、若干なさけない顔をしてセリオの言葉に続くルーミル。それを見たアーフェルが、二人に同情の視線を送った。

 しかし、声をかけられた本人たちはといえば、

「失礼に値することは重々承知していますよ、陛下。――しかし、私でさえ(・・・・)読み取ることの出来なかった真実を、たかだか貴族というだけの“素人”にやれというのは、やはり難儀……いえ、もはや無謀かと」

「えぇ、クロスさんの言うとおりだと思います。そもそも、実を言えば私自身、特に《賢者》と呼ばれていることを気にして動いているわけではないので……。そこのところはむしろ、貴族の方々の認識のほうが合っている、と言うべきかと」

 などと、平然と言葉を返すのだ。おまけに、この国の若き宰相として、間違いなくこの国一の洞察力を持つ自分でさえできなかったのだから、と実に直球な毒舌と共に語るクロスの言は確かにまとを射ており、続くイズレンディアの言葉もまた、本人が言う分、否定しづらいところがあった。

 実際問題として、普段のイズレンディアの言動およびまとう雰囲気は、元よりとても、賢く強く威厳ある《賢者》のそれではない。

 むしろ一番かけはなれた、おっとりのほほんでほわほわとしたものなのだ。

 いっそうのこと、なぜ《賢者》などと呼ばれるのか、実は当本人が知りたいと思っているくらいであるのだから、貴族たちの反応はむしろ正しく妥当と言われるべきものであった。

「ううむ……しかし、だなぁ……。流石にこのままというわけにもいかんだろう?」

 再度うなりながら言葉をこぼすセリオ。ルーミルはついに沈黙し、アーフェルも黙したままである。

 そのなんとも重苦しい雰囲気をやぶったのは、一際優しげな声が紡ぐ、この言葉であった。

「では、大変申し訳ありませんが……イズレンディア殿には一つ、“《賢者》らしいお仕事”をしてきてもらう、と言うのはいかがでしょう?」

 それは、ただ一人をのぞき、他の者たちには我らが頼れる宰相が考えた、名案のように思えた。

「! それです、クロス閣下!!」

 今の今まで、眼前の机へとその蒼い視線をおとしていたルーミルが、明るい笑顔で言葉を発するのに続き、セリオとアーフェルもそれに同意してゆく。

 かれこれ三十分はついやされたであろう時間の中で、はじめて歓喜の声が響く中、イズレンディアだけが、先のクロスの言葉が確実にそうさせるようにと以前から狙っていたことを読み取ってしまっていた。

 やはりなかなかくえない方だと認識を固めたイズレンディアは、しかし、元々流れに身をまかせる性質であることと、そもそも自身における《賢者》関係の話題には昔からあまり関心がなかったために、着々と段取りを決める他の面々を止めることはしなかった。

 ただ、仮にも話題の中心にいるはずである自分を完全に忘れて話し合う彼らに対して、さすがに、その穏やかな微笑みの中に呆れを混ぜたのだった。


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