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2 緑蒼の師弟

2014年3月9日改稿。

 



 夜。暗い空に月と星々が輝くその時間に見るものはどれも、わずかな影を落としていた。

 背中の半ばでまとめられている、イズレンディアの明るい緑の髪もまた、今はわずかにその明度を落としているようである。

 だが、そんな彼の深い緑の視線の先にある巨大な建物には、その常識は通用しないようであった。

「……王城」

 思わず、と言ったようにこぼした彼の言葉に、しかし、彼を囲む三人の騎士は、無言をつらぬいた。それはどこか、彼がそうすることに喜びを感じたかのような沈黙であった。

 建国三百年弱の歴史を持つこのシルベリア王国の王城は、その歳月に反するかのような若々しい輝きを有している。銀と青で飾られた白亜の巨体は、夜闇にあってなお、この国の象徴であろうと煌めいているのだ。この国の民であるならば、その姿を誇りに思うことだろう。

 騎士たちの沈黙もまた、そういう思いがあったがゆえのものであったのだ。

「――こちらです」

 依然硬い声音で導く近衛騎士と、それに付き従う他二人の騎士の思いを理解したイズレンディアは、浮かべていた微笑みをわずかに深めて、その指示に従った。

 裏口なのであろう、目立たない場所にある扉から中へと足を踏み入れたイズレンディアは、まずその雰囲気に驚かされた。夜もだいぶふけてきたこともあるのだろうが、そこは外形の華やかさに対して、あまりにも穏やかであったのだ。一瞬、何かしらの魔法がかかっているのだろうかと、確認のために薄く放った魔力は、しかし、強力な結界魔法と、その他いくつかのこういった場所には必要不可欠といえる防御と排除的目的であろう魔法しか感知することができなかった。ガシャガシャという金属音をつれて歩む騎士たちもまた、特に気にした様子もなく、自然とここはそういう雰囲気を宿す場所であるのだと理解したイズレンディアもまた、時折ひまつぶし程度にその深い色の瞳をさまよわせるにとどめ、先を目指す。

 長く美しい廊下は、しだいにその美しさを威厳あるものへと変えてゆき、長寿のエルフの中でも豊富な経験を持つイズレンディアは、とある予感を胸に抱いた。

 静かな、それでいてどこか緊張をはらんだ騎士たちに導かれ、ついにたどり着いた目的の場所を見て、イズレンディアは彼らに気付かれぬよう、そっと小さな苦笑をこぼした。

 今、彼の目の前にあるもの。

 それは、青いマントをはおった白銀の騎士を左右に飾り、守護させた、最後の砦。青玉をちりばめた、薄い紫の巨大な扉――それは、どう見ても、その先にある美しくも威厳あふれる部屋、“玉座の間”へと続く扉であったのだ。

「……」

 無言のまま、今までと何一つ変わりない微笑みを浮かべているように見えるイズレンディアは、先の予感が当たったと、内心ではげんなりとしていた。心なしか、その英知をたたえた瞳がぼうぜんとゆれているのは、おそらく気のせいではない。が、しかし。先頭にいた近衛騎士が青いマントをはおった騎士――守護騎士と呼ばれる者の一人と何ごとかの言葉を交わした直後、突如として扉の向こう側から感じた魔力に、つとその深い緑の瞳をまっすぐに扉へと固定した。

 それは、彼自身がよく見知った魔力であった。懐かしさと同時に、確かな愛しさを感じさせる、強い力。輝き燃える火のような、明るく力強い、蒼光の魔力。

 ふっ――と、浮かぶ微笑みが、これまで以上の優しさでゆるんだ。同時に、誰も語ることのなかったこの王城召喚の意味を、彼は正しく理解した。

 笑顔の前で、あれほど固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いてゆく。

「どうぞ、中へ」

 開きつつある扉の奥へと、今度は近衛騎士一人が彼を導く。思ったとおりに白亜で煌くその部屋には、幾人かの姿があった。ゆったりとした動作ながらも速い歩みを刻むイズレンディアと近衛騎士のまっすぐ先には、白い部屋によく映える、青いイスに腰掛けた人物。イズレンディアから見た場合、その人物の左に立つのは、これもまた白い部屋では目立つ黒衣の人物。そして……

「っ!」

 抑えきれない衝動を、むりやり押し込むかのように言葉をつめ、しかしその足はやはり止められないとこちら側へと駆けだした、玉座と同じくらいに映える、青のローブをまとった、その姿。

「お久しぶりです!」

 とん、と足を止めたイズレンディアをみやり、これで仕事は完了したと言わんばかりにあっけなくその足をさらに先へと進める近衛騎士を通り過ぎ、勢いよくイズレンディアへと抱きついた、その人物。

「お師匠様っ!!」

 それは、肩にかからない程度で整えられた、見事な金髪と、幼いながらも端正な顔にそろう濁りのない蒼瞳を煌めかせた、美しいエルフの少年。

 痛いくらいに抱きつく彼を見るイズレンディアは、その懐かしく、嬉しさをあふれさせる者の名を、柔らかな声音で告げた。

「――Rumil(ルーミル)君」

 途端に元気よく、はい! と返事をする彼――ルーミルに、イズレンディアはその鮮やかな金の髪に包まれた頭を、そっとなでた。

「お久しぶりです。以前に貴方とこの地で別れた時にはまだこの国は建国されていませんでしたから……えぇっと」

 と、流れた歳月を思い出しながらその年月を考え出したイズレンディアに、ルーミルは若干ふくれっ面ですばやく答えた。

「約三百年ぶりですよ、お師匠様」

「あぁ。もうそんなになるんですね」

 のほほん、とうなずいたイズレンディアに、ルーミルはその小柄な身体をがっくりとうなだれた。ぐっと体勢を引き上げてなおした後も、その澄んだ蒼の瞳は不満ありげに細められている。

「酷いですよ、お師匠様! いくら一人前になったからって、まだまだ幼い愛弟子に三百年も知らんふり、なんて」

 ぶぅーと腰に手を当てて抗議するその姿は、少なくとも三百年は生きているのであろう存在には、どうひいき目に見ても、見えない。

 と、その時。

「失礼ながら、御二方」

 よく通る、優しげな声に二人して声のした方を見やると、そこには何か信じられないものを見たかのような顔をして二人を見つめる玉座の主と、つい先ほどまでイズレンディアを導いていた近衛騎士が兜を外し、黒衣の人物とは反対側の玉座の隣へと立った姿。

 そして、おそらくあの優しげな声の持ち主であろう、美しい微笑みを浮かべる黒衣の人物。

「問題がないようでしたら、色々と御話しを聞かせて頂きたいのですが?」

 よろしいでしょうか? とやはり美しい微笑みを浮かべてたずねる黒衣の人物のその微笑みは、イズレンディアとは本質的に異なるものを秘めているようであった。

 あいもかわらず優しげな、しかしイズレンディアにはどこか冴えた声に聞こえる彼の問いかけに、慌てたようにうなずいたのは、ルーミルだ。

「す、すみません、クロス閣下。セリオ陛下も! それと、アーフェル団長」

 つい、とその素顔をさらした近衛騎士へと、ルーミルが軽く頭を下げる。

「お師匠様を連れてきてくださって、ありがとうございました」

「……いえ。ルーミル様の頼みとあれば」

 丁寧なお礼に、丁寧な返答。それに、穏やかな声が重なる。

「あぁ、やはり私を王城(ここ)へ呼んだのは、ルーミル君だったんですね」

 にこにこと嬉しそうな表情でそう言葉を紡いだイズレンディアに対し、若干申し訳なさそうな表情でルーミルがうなずいた。

「昨晩から気付いていたのですけど、僕自身色々とすることがあって……。本当は僕が一人でお師匠様に会いに行けば良かったのですが、僕の知り合いのエルフなら呼んでも良いと、セリオ陛下が言って下さったので――」

 思い切って呼んじゃいました! と、申し訳なさそうながらも心底嬉しそうな笑顔で語るルーミル。それに、そうでしたか。と微笑むイズレンディアも、やはり嬉しそうであった。

 二人のエルフの穏やかな笑顔によって思わずゆるみかけた空気を正したのは、やはり、ルーミルにクロス閣下と呼ばれた、黒衣の人物だ。

「さて、とりあえず双方共にまずは自己紹介から……と言う事で」

 改めて、と言うように、やはり美しい……というよりは、いっそう恐ろしいほどに綺麗(・・)な微笑みを浮かべた彼は、優雅な礼でもって、自らの名を告げた。

「私の名は、クロス・ラト・エルゼリア。このシルベリア王国の宰相を勤めているものです」

 頭の後ろで束ねた、艶やかな黒の長髪。女性的な雰囲気をかもし出す美貌にそろうのは、どこか氷を連想させる、薄い水色の瞳。黒の黒衣は、よく見ると綺麗に着込まれている。

 依然よく通る優しげな声で言葉を並べた宰相閣下、クロスに、イズレンディアは彼とは決定的に違う、穏やかな笑みを浮かべて、首肯でもってそれに応えた。

「――次に、貴方を連れてきた近衛騎士ですが……」

 次の言葉を発するまでにわずかな間があったのは、自身とは正反対の笑顔を見せられたがゆえのものであったのだろう。

 しかしそれも、彼の後を次いだ硬い声によって流された。

「アーフェル・ロス・リムブス、と申します。今回は諸事情により一介の近衛騎士の姿をとっていますが、本来は近衛騎士団の団長を勤めています」

 わずかに癖がある、灰色の髪。整ってはいるが険が目立つ顔に、それを一層引き立てる刃の如き銀の瞳。

 硬い声に見合った無表情で告げる近衛騎士団長、アーフェルの言葉に、イズレンディアは再度、ゆるりとうなずいた。近衛騎士というだけで、城下の宿屋の人々はあれほどまでに驚いていたのだ。さらにその上の存在が目の前に現れた場合、彼らの反応はあれの比ではなかっただろう。

「賢明な判断ですね」

 思わずにこやかに言葉を発したイズレンディアに、ルーミルは深くうなずき、他の三人はわずかに視線をさまよわせた。

 しかし、そこはさすが国のかなめを担う者たち。すぐに意識をもとに戻し、そして最も重要な人物の紹介へと移った。

「そして、こちらにお座りの御方が――」

 クロスがそっと、その水色の瞳を投げかける。受けた人物は、ゆったりとした動作でうなずき、自らその迷いのない、若くも威厳を含んだ声で、名を名乗った。

「私の名は、セリオ・シルベリア。――現シルベリア王国、国王だ」

 青みがかった美しい銀の髪。端正だが、男らしさを忘れていない美貌。そこにそろう、シルベリア王族特有の紫の瞳。白を基調とした国王にふさわしき衣装をまとったその姿は、まさしく一国の主たるにふさわしきものであった。

 言葉が続く。

「ルーミルの知人というならば、歓迎させてもらおう。しばらくはこの王城にて、ゆっくりしていかれると良い」

 実際はいまだイズレンディアがどういう存在であるのかが明確にされていないにも関わらず、ルーミルを信じているから、といった言葉で滞在を許すのは、彼がまだ若いからこその甘さか。――それとも、自らの弟子であるこの澄んだ瞳をもつ同族が、国王がこれほどまでに信頼をよせるに値する功績を、この国に積んだのか。

 真偽のほどは後で聞ける、とばかりにうなずいたイズレンディアは、実に簡単に礼を述べた。……一国の、国王に対して。

「ありがとうございます、セリオさん(・・)

 ――瞬間、部屋の温度が確実に下がった。

 あ、とルーミルがこぼした言葉は、その刃の如き瞳をさらに尖らせたアーフェルの声によって、かき消される。

「いくら長命種たるエルフの方といえども、眼前におられる国王に向かって“さん”と呼ぶのはどうかと思いますが」

「同感ですね」

 間髪いれずに紡がれたクロスの瞳もまた、視線が合わさっただけで凍らされそうな冷たさをはらんでいた。

 しかし、その言葉と視線にさらされた当の本人はというと、まるで何事もなかったかのように、平然とその微笑みを崩さずにいる。それを見たルーミルが、あー……、と額に手を当て、天を仰いだ。

 これまで流れるように起こった現状に“待った”をかけたのは、他ならぬ国王自身であった。

「よせ。この方はルーミルが師と呼ぶ方だ。いまだ三十にも満たない我々など、赤子も同然だろう。ルーミルにとってさえ、本来ならば、我々は子供の域を出ないのだ」

 そう語る言葉でもって隣に並ぶ二人を制した国王セリオの言葉に、蒼瞳をどこか遠くへとやりながら、まぁ、確かに、と思わずルーミルがつぶやく。瞬間、今度はルーミルへと向けて飛びそうになった氷の視線を、柔らかな視線を向けることでイズレンディアが止めた。

 しばし、内にある性質が正反対である笑顔の応酬がなされ、それが自身の頭上で交わされることに首をちぢめたルーミルの図ができあがるが、これもまた、その伝統ある紫の瞳をクロスへと向けたセリオが収める。

「よせ、と言っているのだクロス。そもそもエルフには、我ら人族とは異なり、種族そのものに敬愛せし女王が存在するのだ。このような話をするだけ無駄だろう。ルーミルが特別だと言うことを忘れたのか?」

「……いえ」

 そっとその水色の瞳を閉じたクロスは、さすがに納得したようであった。

 そこへ、では! と言う明るい声が響く。

「今度は、僕たちの番ですよね!」

 今までの重苦しく冷たい雰囲気をまさしく吹き飛ばしたルーミルの言葉に、結局今まで沈黙をたもっていたイズレンディアは、再び、その微笑みに優しさを重ねた。

「お師匠様ふくめ、皆さんご存知かと思いますが……改めて。僕の名前はRumil(ルーミル)。これは僕らエルフ族が普段もちいる精霊言語で、薄暮の息子、という意味……らしいです! 約三百年前、このシルベリア王国の建国にたずさわった関係で、以来ずっとこの王城で、王城魔法使いの副長をつとめています!」

 鮮やかな金髪と一緒に、その蒼瞳を輝かせて四人へと語るその姿は、やはり、十六歳ほどの外見よりもなお幼い、無邪気な子供に見える。

 ――白に包まれた空間に、明るい光が差したようであった。

「建国にたずさわっていたんですか。凄いことをしましたね、ルーミル君」

 自身が光と例える愛弟子の言葉に、素直に感心するイズレンディア。それに気恥ずかしげに笑ったルーミルは、今度はお師匠様の番ですよ! とセリオたちの方をみやる。

 つられてそちらへと視線を移したイズレンディアは、ゆったりと姿勢をただし、次いで、実に簡潔な自己紹介をおこなった。

Izlendia(イズレンディア)、と言います」

 どう考えても、簡潔すぎる言葉である。

 しかし、またもや冷戦かと嬉しそうにイズレンディアへと向けていた顔を反転させてクロスへと視線を向けたルーミルは、そこで、久しく見なかった驚愕の顔を見た。おまけに、それが計三つ。

「なっ!? イズレンディア!?」

 初めに言葉を発したのは、セリオであった。

 ついで、ルーミルが知る限りここ五年は見ていなかった表情を顔にはりつけ、セリオと同じく驚きに染まった声で、クロスが続く。

「まさか、あの(・・)、イズレンディアですか!?」

 その言葉に、やはり変わらぬ微笑みをうかべる当のイズレンディアは、わずかに首をかしげて答えた。

あの(・・)イズレンディアが、どの(・・)イズレンディアかは知りませんが、私は、イズレンディアですよ?」

 と、その言葉に続くように、重く発せられたアーフェルの言葉が、彼らがそろって動揺しているその意味を示した。

「……現存する者の中で、最も古い…………《賢者》」

 ぽつり、とこぼれるように紡がれた言葉は、しかし、この場の全員を納得させるに十分な威力を持っていた。

「えーっと、なるほど。セリオ陛下たちが驚いていたのは、お師匠様がかの有名な“最古の《賢者》”だったからなんですね」

「……そういうことだ」

 ぽんっと手を打って納得するルーミルの言葉に、こちらもどこか合点がいったような顔をしてうなずくセリオ。

 一方イズレンディアはというと、

「あぁ」

 と、まるで今思い出した、と言わんばかりの表情で、数回うなずいていた。

 それを見たルーミルは、自身が最も敬愛し、だからこそよく知っているこの師匠のとある部分を思い出し、確かに彼がこの瞬間まで自分が《賢者》と呼ばれる存在であることを忘れていたのだろうと確信したが、さすがにこればかりは黙っておくことにした。

 もちろん、そんな事実など知るよしもないセリオたちは、今になってようやく、自分たちがこの高貴なるエルフにとんでもない対応をしていたことを理解するにいたった。

「先ほどは、申し訳ありませんでした。まさか《賢者》の方だとは思いもせず……」

 驚くことに、まっさきに謝罪をのべ、深く腰をおったのは、最も彼に良い感情を抱いていなかったはずのクロスであった。

 エルフは決して、数の少ない種族ではない。人族が多すぎると言うだけで、十分すぎるほどの者が各地で生きている。おまけに、基本的にエルフという種族はとことん自身が生まれた森に居続けることを望むか、あるいはどこにもとどまることなく放浪の旅を続けるかの二種に別れ、多く誰がどのような立場にある存在であるのかなど、他種族には詳しく知りようがない。

 そもそもエルフは、自分たちにとって高貴であったり大切であったりする者を容易に森から出したりはしないのだ。

 よもや、他種族にさえ《賢者》と呼ばれるような、彼らエルフ族にとって王族(ハイエルフ)にも近しき強大な力を持つ魔法使いを野放しにしておくなどと、想像できようはずもない。

 はっきり言って、予想外もいいところである。

 クロスに続き、アーフェルも、申し訳ありませんでした……。と腰をおり、最後にセリオが頭を下げた。

「たび重なる臣下たちの無礼、お許しいただきたい。また、私自身も立場ある身として振舞うことを、重ねてお許しいただければ……」

 顔は上げたものの、いまだ腰をおっている二人の臣下をたずさえ、物凄く申し訳なさそうな顔と雰囲気で謝罪するセリオに、思わず顔を見合わせたイズレンディアとルーミルは、そろってわずかな苦笑をこぼした。

 ルーミルからそっとその澄んだ英知の宿った瞳をセリオへと向けたイズレンディアは、彼へと優しい笑顔を見せた。

「かまいませんよ」

 言葉だけを考えれば、どうとでも取れるものであった。しかし、その澄んだ優しい声に、悪意も怒りも含まれていないことは、声よりも如実にそれを現した笑顔を見ていないクロスとアーフェルの二人でさえ、読み取ることができるものであった。

 臣下二人がゆっくりと体を起こす。それを見てさえ、優しさをたたえたままのイズレンディアの姿に、セリオがほっと肩の力をぬき、しかし万が一があってはいけないと、ちらりとルーミルをうかがった。その視線に気付いたルーミルもまた、一瞬彼の師匠に良く似た優しい微笑みをうかべた後、彼らしい満面に咲く笑顔へと変え、次いでさもおかしそうに声を立てて笑った。

「あははっ! みなさんそろってそんなに心配しなくても、お師匠様はそんなこと気にしませんよ?」

 その後にも、

「そもそもが寛大な方ですし、見た目なんて全く当てにならないくらいのご老人ですしね!」

 と続いた言葉に、今度はイズレンディアとセリオたちが顔を見合わせる。

「ルーミル、それは……」

 一足早くに言葉をこぼしたセリオは、しかし、重なるように紡がれたイズレンディアの言葉に、隣の二人を含め、再度絶句させられることとなった。

「否定はしかねますが、ルーミル君だってもう六百年は生きているんですから、人族の方にとってはご老人もいいところですよ?」

 それに、えぇ~! 僕なんてまだまだ若造じゃないですかぁ……。と不満げな声をもらすその目の前で、王城の面々は知った。

 ――子供の頃から身近に接し、彼の見た目よりも一回りほど成長した今となっては、むしろ弟のように感じていたそのエルフの彼が、まさしく“エルフ”たりえる存在であったと言うことを……。


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