第三節 そもそも自分が理解していないと
仕事に対する理解が不足していると、教えることもままならない。
「あれ。これ、どうやってやんだっけ?」とクエスチョンマークだらけのままに突入し、うやむやなままに済ませ、後任も案の定頭のなかが散乱したごみ箱状態のままに期間だけが終了するのも、残念ながらよく見られるケースだ。
また、先輩や上司なりも、「これ急ぎで」とひっきりなく後任に仕事を依頼し、当人は優先順位の付け方が分からずじまいで手際悪く進め、過度に時間を費やした結果失敗を連発する――これもまた多い。
前者の問題については、引継者が「その職場での仕事」を理解しなければ話にならない。
そもそも、「その業界は一体どういう業界であり」「社会にどんなインパクトを与えており」「業界のなかでもうちの会社はどういう位置づけで」「誰に対しなにをすることでお金を儲けているのか」を把握していなければならない。これらの謳い文句は新卒の就職活動の際に嫌ほど聞いたろう。しかし、二十代後半を過ぎてもその程度を把握せぬ人間の多さに驚く。
組織の中での自分の立ち位置を知ることもだ。
最前線で戦う人間とバックサポートに回る人間とでは持ち物が違う。RPGと同じで。
そこまで厳密でなくとも、同業他社と比べてうちはどういう売りを持っていて、だからお客さんから仕事を依頼されているのでそこを潰さないように、つまりは長所を伸ばすように働いている――自覚が必要ではないだろうか。筆者は間違っても会社を崇拝などしていない(むしろ一刻も速く帰宅することに注力している)。だがしかし、自分の給与の出処がどこかを考え抗わぬ程度には保守的だ。
仮にいまの職場が嫌になって退職する人間であっても、次の行き先が新たな職場で新居であれ実家であれ、新たな場所で自分の居場所を再構築せねばならない。あなたが人生を楽しみたがらないスタンスをお持ちでない限り。――人は変化をし、環境も変化をする。あなた自身も。いままでとは違う或いは違って感じられる環境で、どのように自分の特徴を生かしていくのか、程度の差はあれど試行錯誤に迫られる。
試行錯誤した残骸が全く別の場面で生きるというのも、人生の味わい深い側面だ。
「どのように儲けているのか」を含めたざっくりした話をいずれ後任にしておくほうがベターではある。
タイミングややり方はそのひと次第だ。――ここを詳しく書いてしまっては、読者の主体性や想像意欲が掻き立てられない。ご存知の方はご存知だろうし、分からなければ前例を参考にトライエラーを重ねれば経験として身につく。
続いて、仕事を沢山頼まれたときにどのように次々と処理していくのか――ここのところも、不得意な人はどこまでも不得意だ。不得意な人間が育てた相手も大概不得意に育つ。
見極めができていないのだ。
先ほどの話とリンクするのだが、自分の仕事が一体どこで金儲けに繋がるのか。そこさえ分かっていれば優先順位は決まる。「自分の働きに(間接的にであれ)お金を支払う相手」――つまりはお客さん、だ。客の居ない商売は無いだろう。直接対面する相手がお金を支払わぬ職業もあるにはあるが(公務員など)、提供したサービスに対し「お金が支払われる」点では同じだ。お客様は神様だと豪語するつもりはないが、一応は意識しておいたほうが良い考え方ではある。
スポンサー様を敵に回しては今後の仕事に支障が出る――仕事は、世の中に少なくない。
仮に、先輩に頼まれた雑用と客に頼まれた仕事のどちらを先に片付けるべきか――大概の場合は、後者だろう。先輩の職務に対する理解力が乏しくない限り。
仕事とは、そのように分かりやすいものばかりだけではない。むしろ分かりにくいもののほうが多い。
そこで重要になってくるのが、職場でのヒエラルキーだ。
職場には、実権を握っている者や、なるべく敵に回したくない者が居る。一年勤めたならばそのくらいは把握しておくこと。そして、当たり障りの無い人間関係を築いておくことだ。彼らに猛烈に好かれては後々面倒なので、時々褒めるなりして毛嫌いされぬ程度、プライベートを妨害されぬ程度の距離感を維持しておく。あなたがその相手を好きであれば積極的に関わるのも良いだろうが、熱しやすく冷めやすい恋と同義で、急速に近づいた者同士、利害関係が絡んでは冷めた後が難儀だ。そのせいで退職を決意した人間も知っている。――さて。
職場に個人的な好悪を持ち込む上に人事権を掌握する人間が最も厄介だ。
あなたは時として、彼らの機嫌を損なわぬ程度に穏便に職務を、円滑にコミュニケーションを進める必要に迫られる。
頼んだ仕事が片付くなり即頼む性分の人も居るだろう。片付かなくとも依頼するのが趣味の人も。このタイプの人間にも注意が必要だ。加えて感情の起伏が激しい相手だと尚更面倒だ。言葉は悪いが馬鹿正直にそうした相手の仕事をどんどん片付けていけばどんどん依頼が来るだけで、雪だるま式に仕事が「積む」。自分の忍耐力を試したいのでもない限りは、ストックしておくのも一手だ。理由を言わねば納得せぬタイプが相手ならば、仕事が立て込んでおり、先に他の仕事を片付けなければならない緊迫感をアピールする。
その手の人間は自尊心が強いので、彼/彼女よりも目上の人間の名前を出せば一発だ。嘘も方便。
書くのも嫌になるがこれらも組織の内幕の一部だ。生真面目な人間を傷つける発言やもしれない、無自覚に権力を振りかざす人間も含めて。では、一連を露骨に後任に伝えるわけには行かないので、オブラートに包んだ綺麗な言葉で匂わせること。
「○○さんから頼まれてすぐに返すとまた次の仕事頼まれるから、超急ぎで無ければ後回しにしてもいいよ」等。
ある程度、雪だるま式の借金を背負わぬよう仕事を回す知恵も、どこに行くにも必須アイテムなのだ。
ベホイミのごとく。