第二節 導入部分――慌てず騒がずじっくり熟成
所謂オリエンテーション――大方後任がやってきた日から引き継ぎを開始する。
さてその前に、自分の仕事をあらかた片付けておく必要がある。あなたが、自分の脱出プロジェクトと、後任の育成プロジェクトとを同時に並行稼働させる力量をお持ちであればこの心配は無用であるが――しかし、最初の一週間は自分の仕事がそれまで通りにできるなどと考えないほうが良い。じっくり腰を据えて取り掛かるべき、神経を遣う仕事があれば、事前に大まかな部分を終わらせておくのがベターだ。サポートをしながらだとどうしても精度が、落ちる。人によっては極端に落ちる。気づいてからでは、遅い。
入ったばかりの人に、「この業界はどういった業界で」「うちの会社はどういう位置づけで」等などゼロから百までを細かに説明したがる人が居る。個人的な見解だが、あまり効果的ではない。無論場合によりけりだが。学校で興味のない授業を延々と聞かされるのに似て、机上の空論という感じが否めないのだ。さわりの部分は最低限に留め、いちはやく作業に入るほうがよいとは思う。小さな仕事なりを任せ、達成感を与えた上で、「うちではこんな感じで仕事をしているんですよ。他には……」と説明を加えるほうが、本人も職場の一員となった実感が沸くのではなかろうか。
どの業種も共通だろうが、仕事には「こまごまとした仕事」と「大きな仕事」がある。前者が枝葉、後者が幹の部分だ。「大きな仕事」から仕掛かるべしと筆者は前述したが、初日は引継者も後任も労力を遣う。「こまごまとした仕事」を幾つか任せてみて、本人のスキルなりを見たり、また引継者自身も膨大な項目のうちの少しでも埋まることで安心感なりを得るのも良いだろう。引継期間がごく短期間の場合に以下は不適合だろうが、最初の二日間程度は「こまごまとした仕事」を順次任せ、そのうち一人で判断させ出来るようになる素養を身につけさせ、すこし慣れた頃に「大きな仕事」に入るほうが良いようには思う。
一旦組み立てたといっても、スケジュールには適宜見直しが必要だ。つまり、相手と自分の技量に依って、なにをどのくらい引き継げるかは変わりうるのだ。むしろ微調整が必然だと思っておこう。思いの外相手の飲み込みが早いようならのちのスケジュールを詰めても良いし、逆に、スロースターターなら物事の処理にじっくり時間をかける。特に後者の場合は周囲に周知もしておこう。打ち合わせをする機会などを利用して早めに言っておくべし。そのタイミングまで至らず、上の人間が「ペース遅いなあ」とそわそわしてる素振りを見せているなら、さっさと報告するなり、わざと大きめな声で説明をしているんですアピールするのも有りだ。
短期間であれど引き継ぐということは即ち誰かを育てるということに相違無い。
育てるということは、自分自身の理解力や才覚も同時に問われているということだ。
やや脱線するやも知れないが次節へ。