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灰の渓谷探索

岩肌を噛む風の唸りが、次第に遠のいていく。切り立った断崖の隙間に身を沈めるほどに、外界の喧騒は遮断され、代わりに支配的となるのは、耳鳴りに似た濃密な魔力の静寂であった。「灰の渓谷」の名の由来となった、かつての星詠みの民が焚き続けた聖なる香の燃えかすが、今もなお微細な塵となって、ルナの視界を白く、あるいは鈍い銀色に染め上げている。


一歩、また一歩と踏みしめるたびに、厚く積もった灰が音もなく舞い上がり、彼女の黒いロングコートの裾を汚していく。しかし、ルナはその汚れを払うことさえしない。彼女の神経は、氷の針のように鋭利に研ぎ澄まされ、数歩先の空間に揺らめくマナの密度を測り続けていた。


「……空気が重い。まるで、誰かの呼吸がそのまま固執しているみたいに」


ルナの唇から漏れた独白は、冷たい灰の粒子に溶けて消える。肩の上で、ホークアイが不安げに翼を震わせた。彼の琥珀色の瞳は、前方にある巨大な石柱の群れを凝視している。それはかつて天体観測の儀式に使われたとされる「星鏡の門」の残骸であった。崩落した石材は、まるで巨人の骨のように無残に横たわり、その表面には、今は失われた古代語の紋様が、消えかかった燐光を放ちながら刻まれている。


ルナはその石柱の一つに指先を触れた。手袋越しにも伝わる、凍てつくような魔力の拍動。彼女の脳裏に、一瞬だけ、かつて家の広大な庭園で、父が語ってくれた星の伝説が過る。

「ルナ、星は死してなお、その光を数千年も先へと届けるのだよ。我ら魔導師の意志もまた、そうあるべきだ」


優しくも厳格だった父の声。その記憶に触れた瞬間、彼女の胸の奥で、鋭い刺に貫かれたような痛みが走る。彼女はその痛みを拒絶するように、指先を強く石に押し付けた。


「光など、届かなくていい。私はただ、この闇の底にある真実を抉り出すだけ」


不意に、ホークアイが鋭い鳴き声を上げ、空を指し示した。灰の霧が風に巻かれ、一瞬だけ視界が開ける。そこには、渓谷の最深部、絶壁の頂に鎮座する「星詠みの塔」のシルエットが浮かび上がっていた。塔の頂からは、天を突くような一本の青白い光柱が立ち昇り、厚い雲を穿っている。あれこそが、彼女が探し求めていた、時を止めたまま眠り続ける遺跡の心臓部。


だが、その光の麓には、異様な「影」が蠢いていた。岩肌と同化した、不自然に巨大な石像たちが、ルナの接近を感知したかのように、ゆっくりとその首をもたげ始める。それは侵入者を排除するためだけに造られた、感情を持たぬ守護者魔導ゴーレム。


ルナは腰のベルトに手をやり、銀の装飾が施された短剣の柄を静かに握りしめた。彼女の瞳が、冬の星のように冷たく、そして激しく燃え上がる。これより先は、追憶を許さぬ戦いの領域。彼女は再びフードを深く被り直し、灰の舞う戦場へと、音もなく滑り込むように駆け出した。



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