銀の羽と忘却の街
本編に入ります
夜の帳が降りると同時に、北方の古都レティシアは死んだような静寂に包まれる。かつては魔法文明の恩寵を受け、不夜城とまで謳われたこの街も、いまや崩れ落ちた外壁と、主を失った石造りの館が並ぶ亡霊の住処に成り果てていた。
ルナ・ミストウォーカーの足音は、その静寂を乱すことさえない。彼女の纏う黒いレザーのコートは、特殊な魔導加工により周囲の音を吸い込み、視線を逸らす性質を持っている。彼女が歩くたびに、コートの裾が微かに翻り、そこから零れ落ちる影が、夜の闇へと溶け込んでいく。
「……ここね、ホークアイ」
彼女の囁きに応えるように、肩に止まったフクロウが小さく嘴を鳴らした。ホークアイの琥珀色の瞳は、人間には見えない魔力の奔流を捉えている。彼が見つめる先、かつての王立図書館の跡地には、歪な形をした魔力の渦が渦巻いていた。
ルナは腰のベルトに並ぶポーチの一つから、細長い銀の小瓶を取り出した。中には、かつてルナの家系が代々守り続けてきた「銀月の滴」が満たされている。ルナがその栓を抜くと、周囲の空気が一変した。凍てつくような冷気と共に、純白の魔力が溢れ出し、ルナの紫色の瞳をより一層鮮やかに染め上げる。
「夜明けを拒み、闇に沈んだのは私だけではない……この街も、あの日の真実も」
彼女の手のひらで、銀色の光が刃の形を成していく。それは物理的な凶器ではなく、凝縮された魔力そのもの。魔導師としての智略と、アサシンとしての冷徹な技が交差する瞬間、彼女の瞳の奥に宿る孤独な決意が、一閃の光となって闇を切り裂いた。
彼女の行く手を阻むのは、物理的な門扉ではない。過去という名の重い鎖。それを断ち切らぬ限り、彼女に訪れる夜明けはないのだと、彼女が纏う空気が物語っていた。




