雪の向こう
東京の冬は、冷えてはいても乾いている。空気は澄み、足早に歩けば寒さも紛れる。私はそのことを、向かいの印刷所に雪国から来た少女が働き始めてから、強く意識するようになった。
名を、お雪といった。出稼ぎだと彼女は淡々と語った。紙束を運ぶ白い指先はいつも冷たく、煤と油の匂いの中でも、彼女だけが別の季節をまとっているように見えた。休憩の折、私は何度か言葉を交わしたが、彼女は自分のことを多く語らなかった。ただ、冬になると川が消えるほど雪が降るのだと、遠い目をして言った。
春を待たず、お雪は東京を去った。別れの挨拶も簡素なものだった。残されたのは、名前と、笑うときにわずかに伏せられる瞼の影だけだった。私は仕事机に向かいながら、彼女のいない空気の軽さに耐えられなくなっていった。
衝動のように仕事を辞め、彼女の故郷だという北の村へ向かった。汽車を降りた瞬間、音が雪に吸われて消えた。白一色の世界は、空と地の境を曖昧にし、人の暮らしを小さく閉じ込めていた。
川沿いの家の前で、私はお雪を見つけた。東京で見た彼女よりも言葉少なで、表情は雪のように静かだった。私の顔を見ると、少しだけ驚いたが、すぐに視線を落とした。
「ここは、帰る場所ですから」
それだけ言って、彼女は戸を閉めた。私はその背中を追えなかった。追えば、彼女の生活に踏み込むことになると、雪の冷たさが教えていた。
私は東京へ戻らなかった。雪国の冬の終わりを、黙って過ごした。恋とは、手を取ることではなく、同じ寒さを引き受けることなのだと、その中で知った。雪は今日も、変わらず静かに降り続いている。




