第8話_話し合いに来たはずなのに。
禁域の森は、騒がしかった。
昨日の出来事は、夜を越えただけで“怪談”に育っていた。
「玉座の間が沈んだ」
「王が跪いた」
「七歳の怪物が、この森を潰すと笑った」
――全部、違う。
でも、怖がらせるには十分だ。
俺は昨夜歩いた道を歩きながら、ため息をひとつ。
隣のフィオナが、いつもより半歩近い。
「……見られてますね」
「まぁ、あんだけ盛大な挨拶をすればな」
「そうですね……」
言い淀む彼女に、俺は目線だけ向けた。
「怖い?」
「少し」
「でも――それよりも誇らしいです」
即答だった。
「昨日は、話をしただけで手は出していないぞ」
「俺はそんな野蛮な野郎ではないからな」
フィオナは、クスっと笑い小さく頷いた。
「暴力は良くないですからね」
――――
王座の間。
昨日とは違い、空気は軽い。
だが、軽すぎて不自然だ。
「来たか」
王は立っていた。
「今日はお前1人か?
もしかして領主二人はあれからずっと寝てるんじゃないだろうな」
「あの後すぐ目を覚ました…記憶は、鮮明だそうだ」
俺は用意されていた椅子に座る。
足が床に届かない。
「で?」
「我らはそなたに従おう。ただ――1つ条件がある」
王はこちらの様子を窺うように話した。
「聞こうか」
王は、一枚の地図を広げる。
「これはこの禁域の森全体を印した地図だ…」
「うん、続けて」
「精霊王に統治させていた南の土地一帯――ここをそなたに譲ろう」
「だが、今後は互いに一切干渉しないことを条件とする」
「却下だ」
俺は即答した。
「理由は?」
「俺はこの森を拠点にすることに決めたんだ」
「これがどういうことか分かる?」
王は額に汗を垂らして聞き返す。
「…どういうことだ」
俺は小さな笑みを浮かべ、ほんの少しだけ力を解放して問いに答える。
「この森を拠点にするということは、この森を支配するということ」
「つまり――お前たちも含めて全て俺の配下になってもらう」
間近で俺の圧を受けている王は、
驚きながらもこの強大な力の前では抗えないことを理解しているようだ。
――とその瞬間…王の背後から2つの影がもの凄い速さで飛び出して来た。
「さっきから黙ってきてりゃ好き勝手言いやがって」
「王に対する数々の失礼、簡単には死なせませんよ」
領主2人だ。
(普通にいるじゃんか)
獣の方は、鋭い爪を大きく振り上げて俺の体を引き裂こうとしている。
細身の方は、鋭い牙で俺の首に噛みつこうとしているようだ。
(こっちのやつは、ヴァンパイアだったんだな。知らなかったよ)
「まぁ、もう関係ないんだけどね」
俺は倒れるように後ろに飛び、左手を前に出して静かに唱える。
――《神炎魔法:終焉炎獄》
その言葉が、音として成立する前に。
世界が、息を止めた。
空気が一瞬、真空に近いほど引き絞られ、
次の瞬間――燃えた。
熱、ではない。
**存在そのものを焼き尽くす“概念の炎”**だ。
俺の左手の先に、赤でも橙でもない、
白に近い“神焔”が凝縮されていく。
後ろに倒れ込む体勢のまま、視界に映る二人の領主を見る。
獣の領主は、爪を振り下ろす寸前。
ヴァンパイアの領主は、牙を剥き、空気を蹴っていた。
――間に合わない…と感じる距離まで迫ってきている。
ここまで危険な状況にも関わらず、俺は笑っていた。
――次の瞬間、
俺の左手から放たれた神焔は、領主2人に向かって解き放たれた。
直線ではない。
収束した炎が、螺旋を描きながら天へと昇る。
轟音はない。
爆発もない。
あるのは――静かな、終焉。
神焔が二人の領主と交差した“その一点”だけが、
不自然なほど、綺麗に消えた。
肉も、骨も、血も。
悲鳴すら、存在しない。
そこには最初から、何も無かったかのように――
完全な空白だけが残っていた。
神焔は止まらない。
天へ、天へと突き進み、
雲海へ到達した瞬間。
――空が、裂けた。
厚く連なっていた雲が、
巨大な刃で切り裂かれたかのように真っ二つに分かれる。
まるで、
世界そのものが傷を負ったような光景だった。
だが――森は無事だ。
城も、王座の間も、何一つ壊れていない。
俺はそのまま、床に倒れ込んだ。
「……ちょっと、やりすぎちゃったかな」
ここまで大きな魔法を使い、やっと少し魔力の消耗を感じられた程度だ。
それも、 《スキル:自動回復 Lv.10》 のおかげで一瞬で回復してしまった。
「アルト様!!」
フィオナの声が、遠くで響く。
次に聞こえたのは、
膝が床に打ち付けられる音だった。
「……お、お許しください」
王だ。
震える声。
だが、そこに恐怖だけはない。
「我が身、我が森、我が全てをもって――」
「アルト様に、一生の忠誠を誓います」
顔を上げた王の瞳は、澄んでいた。
恐れているのではない。
理解しているのだ。
この力が、暴君のそれではなく、
“支配する覚悟を持った者の力”だということを。
「あぁ頼むぞ」
俺は小さく笑って、空を見上げる。
雲の裂け目から、
細い光が、王座の間に差し込んでいた。
――話し合いに来たはずなのに。
まぁ、
こうなる気はしてたんだけどね。
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