表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したようなので好き放題やります。〜創造神とかいうチートを授かりました〜  作者: Rairo
第5章 盲信の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/47

第47話_奇跡の雨、祈りの行き先

アーシャは、振り返らなかった。


背中に刺さる視線――アルトのそれを、確かに感じながらも。

彼女は教国軍の中心へ向かって歩き続けた。


倒れた兵士たちの間を抜けるたび、胸が締め付けられる。

呻き、浅い呼吸、震える指。

命はある。だが、心が折れていく音が、あまりにもはっきりと聞こえた。


(間に合って……お願い。)


教皇のいる位置が近づく。

怒号が、まだ響いていた。


「立て! 神は我らを見捨てぬ! 進め、進めぇぇぇ!」


だが命令は空回りする。

兵士たちは立てないのではない。

――立ちたくないのだ。


勝てないと知った目。

戦う意味がないと悟った顔。

それでも「神の名」で縛られて、泣きながら剣を握る腕。


アーシャは、その中央に立った。


空色の髪が風に揺れる。

白い法衣が、土と灰に汚れても、彼女の瞳だけは澄んでいた。


「……聖女、アーシャ!」


教皇が彼女を見つける。

苛立ちと焦りの混じった声。


「今すぐ奇跡を示せ! 兵を立たせろ! 戦わせろ!」


他の二聖女も前に出る。

神聖な光がまとわりつくように周囲を照らし、空気が張り詰めた。


アーシャは、杖を握り直した。


「教皇猊下」


その声は、驚くほど静かだった。

しかし静かだからこそ、誰の耳にも届いた。


「私は――兵を再び戦わせるための奇跡は起こしません」


「なに……?」


教皇の眉が跳ねる。


アーシャは一歩、前へ出た。

倒れた兵士たちの視線が、吸い寄せられる。


「神は、兵士たちが傷つくことを望んでいません」


それは、何度も言った言葉だった。

けれど今は、重みが違う。

戦場そのものが、証明してしまっている。


「あなたは“神の名”で、戦う理由を作りました」

「けれど――見てください」


アーシャは、平原を示した。

五万の軍勢が倒れ、一万が立つ光景。


「死者は出ていない」

「それでも、私たちは……もう、壊れかけています」


ざわめきが走る。

兵士たちが喉を鳴らし、涙を飲み込む。


「神は、苦しみを強いるためにいるのではありません」

「信者たちの生活を、心を、豊かにするためにいる」


アーシャは胸に手を当てた。


「私は神を信じています」

「だから――ここで、神の意図を示します」


教皇が怒鳴った。


「戯言を! 異端に惑わされ――」


「違います」


アーシャは遮った。

はっきりと。

強く。


「私は、今日この戦場で確信しました」

「この戦争は、神のためではない」

「誰かの怒りと、面子と、支配のためです」


凍りついた空気。

教皇の口が、薄く開いた。


その瞬間、アーシャは杖を空へ掲げた。


祈りは、怒号ではない。

命令でもない。

ただ、願いだった。


(神様)


(どうか……兵たちを、大切な人達が待つ場所へ帰してください)


空気が変わる。


――静かな、圧が降りてくる。


誰かの魔力ではない。

自然そのものが、呼吸を合わせるような感覚。


雲ひとつなかった空に、薄い膜が張り、

その膜が、ゆっくりと光を孕む。


「……雨?」


誰かが呟いた。


次の瞬間。


雨が降った。


激しくない。

冷たくもない。

暖かな、光の混じった雨。

それはこの戦場すべてを包む程広いものだ。


雨は兵士たちの肌に触れた瞬間、痛みをほどいていく。

擦りむいた腕が塞がる。

腫れた関節が落ち着く。

焼けた手が、元の形へ戻っていく。


「……あ……」


声にならない声が、あちこちで漏れた。


立ち上がれなかった兵士が、息を吸う。

震えていた指が、静かになる。


立てなかった者たちも、少しずつ呼吸を整え、

――戦うためではなく、生きるために身体を取り戻していく。


アーシャは、雨の中で告げた。


「みなさん立ち上がってください!」


その言葉は命令ではない。

懇願だった。


「神は、兵士たちが傷つくことを望んでいません」

「神を本当に信仰しているのであれば――今すぐ撤退してください!」


兵士たちが、彼女を見る。


「教国で、あなたたちの帰りを待つ人がいます」

「大切な人に顔を見せて、安心させてあげてください」


雨が降る。

奇跡が降る。


それでもアーシャの声は、押し付けがましくなかった。


ただ、真っ直ぐだった。


「……帰りたい」


誰かが、泣きながら言った。


次に、別の誰かが。


「……もう、十分だ」


「神の名で、こんなこと……」


折れていたのは、体ではない。

――大義だった。


そしてそれが今、雨に洗われるように流れていく。


教皇が震える声で叫ぶ。


「戻るな! これは神の戦いだ! 退けば――」


「違います」


アーシャは、教皇を見た。


「これは神の戦いではありません」

「神の声を、あなたが都合よく使っているだけです」


二聖女の一人が歯を噛み、光の槍を空に掲げた。


「黙りなさい、第三聖女! あなたは――」


言葉は続かなかった。


平原の向こうから、淡々とした号令が落ちる。


「――前へ。制圧を続行」


ルミナス軍の将たちが、動いた。


1人の将が、楽しそうに笑いながら歩く。

だが、踏み込みは正確で、暴れ方が“殺さない”範囲に収まっている。


「おいおい、まだやるのか?」

「いいね。じゃあ、倒れるまで付き合うぜ――"俺を楽しませてくれ"よな!」


拳が振るわれた。

衝撃は大きいが、致命は外す。

まだ抵抗を続けている教国の前衛が、まとめて地に沈む。


別の将――光の糸を操る者は、美しく指を弾いた。


銀の線が走り、杖を持つ腕だけが痺れ、

詠唱の言葉が喉で途切れる。


「……な……っ」


倒れる。

死なない。

ただ、戦う力だけが抜かれていく。


そして、教国軍の大半は――


雨の中で、武器を置いた。


一人、また一人。

膝をつき、額を地につけ、震える声で祈る。


「……神よ」

「帰ることを、お許しください……」


アーシャは、目を閉じた。

雨を降らせ続けながら、言った。


「許されます」

「神は、あなたたちが生きて帰ることを望んでいます」


彼女は、ゆっくりと息を吐く。

そして――覚悟を決め、伏せていた顔を上げる。



「私は……私は、教国を去ります」


ざわり、と空気が揺れる。


アーシャは続けた。


「私がいるべきところへ……」


その言葉は、宣言だった。

逃げではない。

裏切りでもない。


――“帰る場所”を選ぶ、祈りの選択。


雨の向こう。

戦場全体を俯瞰する位置に、黒い外套の王が見えた。


アルトは、ただ――見届けている。


アーシャは、もう一度だけ空を見上げた。


(神様)

(私は、あなたの声を……人のために使います)


雨が、やがて細くなっていく。


教国軍の大半が撤退を始める。

肩を貸し合い、泣きながら、それでも生きて歩く。


残ったのは、教皇と二聖女、そしてわずかな狂信者だけだった。


彼らの目には、もはや「神」しか映っていない。


だが――


戦場の現実は、容赦がない。


ルミナスの将たちが、淡々と距離を詰める。

恐怖で縛るのではなく、この戦争を終わらせるために。


アーシャは、振り返らずに歩き出した。


撤退する兵士たちの列の中へ。

そして――その先へ。


彼女の背中を、誰かが呼ぶ声がした。

教国兵の、かすれた声。


「……聖女様……ありがとう……」


アーシャは微笑んだ。

小さく頷いて、前へ進む。


雨は止んだ。


けれど、戦場に残ったものは消えない。


神の名を借りた戦争の大義が――

たった一人の聖女の祈りで、静かに消えた。


そして次の瞬間。


教皇たちが“まだ戦う”と選んだことを、

この世界は、残酷なほど正確に示し始める。


――ここから先は、祈りでは止まらない。

※ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし続きが気になりましたら、

ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ