第41話_神の声は、誰のためにあるのか
ここから第5章突入です!
楽しんでいただけると嬉しいです!!
聖教国エルディア。
白亜の神殿群が幾重にも連なり、祈りの声が昼夜を問わず響く国。
唯一神への信仰を国家の根幹とし、教皇を頂点に据えるその国は、
「神の意思」こそがすべてを決める世界だった。
その中心。
大聖堂の最奥、神託の間。
静謐な空気の中、一人の少女が膝をついていた。
空色の髪が、背中にさらりと流れ落ちている。
淡く澄んだ色合いは、空を切り取ったかのようで、
神殿の白の中にあって、とても柔らかく、映えるものだった。
第三聖女――アーシャ。
三人の聖女の中で、最も若く、
そして最も神の意向を真摯に受け止める存在。
彼女は目を閉じ、静かに祈っていた。
(……神様)
いつも通りの祈り。
ただ、今日は少し違う。
胸の奥が、ざわついている。
(どうして、こんなにも……)
次の瞬間。
世界が、ふっと遠のいた。
音が消え、空気が薄れ、
代わりに、温かな光が満ちていく。
――神託だ。
アーシャは、はっきりと理解した。
(来る……)
声は、直接ではない。
言葉でもない。
けれど、確かに“意思”が流れ込んでくる。
争うな。
刃を向けるな。
道を誤るな。
――彼の国と、友好を結べ。
(……ルミナス、王国)
名が、自然と浮かぶ。
最近、何度も議題に上がっている国。
神を従えているなどという、不遜な噂。
魔物と共存し、なのに恐怖ではなく管理で国を回す異端。
だが、神の意思は明確だった。
――そこに、敵意はない。
――人を豊かにする意志がある。
光が、ゆっくりと引いていく。
気づけば、アーシャは息を詰めていた。
「……神様」
小さく、震える声で呟く。
「それが……あなたの、望みなのですね」
否定する理由はなかった。
アーシャは、神を疑わない。
ただ――
――――――
同日。
大聖堂、評議の間。
重厚な扉の向こうでは、すでに空気が荒れていた。
「神を従えるだと!?」
「冒涜も甚だしい!」
教皇の声が、石壁に反響する。
その周囲には、他の二人の聖女。
そして、枢機卿たち。
「魔物と共存?」
「秩序を否定する思想だ」
「放置すれば、信仰そのものが揺らぐ!」
結論は、早かった。
「聖教国エルディアは――」
教皇が、低く宣言する。
「ルミナス王国を、神への反逆者と認定する」
ざわり、と場が揺れた。
「軍を動かす」
「徹底的に叩く」
「神の名の下に、正しさを示す」
アーシャは、思わず一歩前に出た。
「待ってください!」
視線が集まる。
「神は……」
アーシャは、はっきりと言った。
「神は、争いを望んでいません」
一瞬の静寂。
だが、それはすぐに砕かれた。
「第三聖女アーシャ」
教皇の声は冷たい。
「お前は、何を根拠にそう言う」
「神託です」
即答だった。
「確かに、神の意思を受け取りました」
場の空気が、張りつめる。
「……だからこそ、問題なのだ」
別の聖女が口を開く。
「あなたは若すぎる。信託の解釈が甘いのです」
「神は試練を与える存在」
「異端を許すはずがありません」
アーシャは、唇を噛んだ。
(違う……)
神の意図は、もっと優しい。
人の暮らしを、傷つけない。
「お願いです」
アーシャは、頭を下げた。
「せめて、対話を……」
「不要だ」
教皇は、即座に切り捨てる。
「剣を向けることでしか、分からぬ者もいる」
その言葉に、アーシャは悟った。
――聞く耳は、ない。
――――――
その夜。
アーシャは、聖堂の裏庭で空を見上げていた。
星は、変わらずそこにある。
(神様……)
(私は、どうすればいいのでしょう)
答えは、もう出ていた。
神の意思を信じるなら。
人を守るために動くなら。
――自分で、行くしかない。
「……私が、止めなきゃ」
アーシャは、静かに拳を握る。
戦争が始まれば、
多くの兵士が傷つく。
それは、神の望みではない。
(私は、聖女なんだから)
(祈るだけじゃ、足りない)
翌朝。
聖教国エルディアは、ルミナス王国に対して正式に宣戦布告をした。
神の名の下に。
正義を掲げて。
そしてその裏で――
一人の聖女が、誰にも告げず、国を出た。
神の声に従い、
戦争を止めるために。
その選択が、
やがて戦場の運命を大きく変えることを――
この時、まだ誰も知らなかった。
※ここまで読んでくださってありがとうございます。
もし続きが気になりましたら、
ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




