第34話_静かに仕掛けられる違和感
グラント商会の一行がルミナス大要塞を去った、その日の夜。
ハルディア王国の一角。
外から見れば、ただの上等な宿の一室。
だが室内では、すでに次の話が始まっていた。
「正面交渉は失敗、ですね」
副会頭レイヴンは、椅子に深く腰を下ろしながら淡々と言った。
「ええ。
王は金にも、こちらの規模にも、まったく靡きませんでした」
随行の一人が答える。
「……なら」
レイヴンは指を組む。
「環境を変えましょう」
「力で叩く価値はない。
だが、放置できる存在でもない」
「噂を流す。
不安を煽る。
判断を鈍らせる」
「それだけで十分です」
声に熱はない。
だが、そのやり方を知り尽くした者の冷たさがあった。
「金は、表に出ない方がよく回る」
その言葉と共に、動きは始まった。
――――――
数日後。
冒険者ギルドでは、いつもと少し違う会話が増えていた。
「なあ……ルミナスのダンジョン、
最近危険度上がってるって話、聞いたか?」
「管理が甘くなったとか?」
「王が気まぐれらしいぞ。
ルールが急に変わるかもしれないって」
どれも、決定的ではない。
だが、完全な嘘でもない。
事実と推測が、巧妙に混ざっていた。
商人の間でも同様だ。
「契約条件、今後変わる可能性があるらしい」
「独占を嫌ってる王だろ?
いつ掌返しされるか分からん」
一部の商人は、取引を一時保留にした。
冒険者の中にも、様子見を決める者が出始める。
普通の国なら――
ここで焦る。
だが。
――――――
ルミナス大要塞、執務区画。
「状況は以上です」
アルトの前に立つのは、一人の女性だった。
綺麗な金髪に、非の打ち所のない整った顔立ち。
本来なら人目を引いて当然の容姿だが、
彼女はそれを“背景”に溶かす術を知っている。
「やっぱり犯人は?」
アルトが聞く。
彼女は、淡々と答えた。
「はい。冒険者ギルドへの噂、商人への不安材料――
出所はほぼ同一。
グラント商会です」
ミュリエル。
ルミナス王国において、“表に出ない側近”の一人。
諜報、潜入、情報操作。
影で国を支える存在だ。
「商会も動きが早いですね」
クロウが言う。
「ええ。
ですが、雑すぎますね」
ミュリエルは首を振った。
「効かせるつもりなら、
もう一段深く踏み込むはず」
「今は……様子見ですね」
アルトは、ふうん、と声を漏らした。
「やっぱり来たか」
「想定内ですか?」
ミュリエルが尋ねる。
「まあね」
アルトは軽く笑う。
「金の話を断ったんだ。
次は裏から揺さぶるしかない」
「対策は?」
クロウが聞く。
「特に、しない」
即答だった。
ミュリエルが、わずかに目を細める。
「……よろしいのですか?」
「うん」
アルトは、椅子に背を預ける。
「今のルミナスは、
噂一つで崩れる構造じゃない」
ダンジョンは回っている。
冒険者の稼ぎは安定し、満足度も高い。
商人も、実利を手放す理由がない。
「焦るのは、向こうだよ」
クロウも頷いた。
「噂が長引けば、
出所を探る者も増えるでしょう」
「そう」
アルトは言う。
「嘘は、続けるほど重くなる」
ミュリエルは一礼した。
「では、引き続き監視を続けます」
「お願い」
彼女が退室すると、部屋には二人だけが残った。
「ミュリエル、優秀だよね」
アルトがぽつりと言う。
「ええ。
表に出ないのが惜しいほど」
「でも、影がいないと国は回らない」
アルトは、窓の外を見た。
大要塞の外では、今日も人が動いている。
冒険者も、商人も、住民も。
(さて……)
(次は、どこまで踏み込んでくるかな)
グラント商会は、諦めない。
だからこそ――
この国も、試される。
静かに。
だが確実に。
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