第31話_仕事を奪われた冒険者たちの行き先
冒険者ギルドの掲示板の前で、男はしばらく腕を組んだまま動かなかった。
貼られている依頼は、相変わらず少ない。
しかも内容は、採取や短距離運搬ばかりだ。
「……やっぱ、ねぇな」
呟きは独り言に近かった。
十年以上、この街で冒険者をやってきた。
魔物退治、護衛、危険地帯の踏破。
剣を振るって稼ぐのが、当たり前の日常だった。
それが今はどうだ。
「森越えの依頼、完全に消えたな」
背後から声がする。
「ルミナスだろ?」
「あそこ、もう危険地帯じゃねぇらしいぞ」
「らしい、じゃねぇよ」
男は鼻で笑った。
「事実だ。
魔物は出ねぇ。出ても襲わねぇ。
わざわざ縄張りに入りさえしなけりゃ、無視される」
誰も反論しない。
仕事が減った理由は、もう皆分かっていた。
「……このままじゃ、ホントに食えねぇぞ」
誰かが言った。
怒りはない。
恨みもない。
ただ、現実だけがそこにある。
――その時。
「なあ……聞いたか?」
声を潜めた冒険者が、周囲を見回してから言った。
「ルミナスの近くに、とんでもねぇダンジョンができたって話」
「ダンジョン?」
男が顔を上げる。
「世界でも類を見ない程大きいらしいぞ」
「それに階層によって環境が全然違うとか」
「環境?」
「ああ。ただの洞窟じゃねぇ。
森や雪山、火山、湖……なんでもありだってよ」
一気に空気が変わった。
ダンジョン。
その言葉は、冒険者にとって特別だ。
「……ボスは?」
「いる。階層ごとにな」
「素材は?」
一瞬、間が空く。
「……それが出ねぇらしい」
ざわり、と空気が揺れる。
「は?」
「素材が出ねぇダンジョンって、なんだよ」
普通なら、その時点で話は終わる。
だが、続きがあった。
「代わりに……ドロップアイテムがある」
「ドロップアイテム?」
「確実ではねぇらしいが、
装備、魔導具、宝石……」
男の目が、僅かに細くなる。
「……一攫千金、ってやつか」
「あぁ」
安定した素材回収はできない。
だが当たれば、街一つ分の稼ぎになる。
危険度が高い。
だが、それでこそ興奮を抑えられないのが冒険者だ。
「……なるほどな」
男は、ゆっくりと息を吐いた。
「仕事を奪われたんじゃねぇ」
「仕事の“場所”が変わっただけか」
気付けば周囲には冒険者たちが集まり、皆が静かに頷く。
その日のうちに、街の宿は慌ただしくなった。
荷をまとめる者。
仲間を集め直す者。
情報を買い集める者。
行き先は、皆同じだ。
ルミナス王国。
――――――
数日後。
街道を進む冒険者たちは、すでに気づいていた。
「……静かすぎねぇか?」
森はある。
山もある。
だが、魔物の気配が薄い。
「全然、魔物がいねぇぞ」
道は整備され、見通しも良い。
交差点ごとに簡易の標識が立ち、
巡回の気配すら感じられる。
(本当に……国が管理してやがる)
やがて、視界が開けた。
巨大な――
あまりにも巨大な“入口”が、そこにあった。
「……なんだ、これ」
石で組まれた門。
奥は闇に沈み、底が見えない。
空気が違う。
圧がある。
「これが……ダンジョン?」
誰かが、喉を鳴らした。
入口付近では、ルミナス王国の管理者が淡々と対応している。
入場規則。
禁止事項。
そして――
「倒した魔物は黒い霧となって消えます。
素材の回収はできません」
冒険者たちは、誰も文句を言わなかった。
「その代わり、倒された魔物はドロップアイテムを落とすことがあります」
その一言で、すべてがひっくり返る。
(……なるほどな)
男は、ゆっくりと剣の柄に手を置いた。
安定はない。
保証もない。
だが、夢はある。
「悪くねぇ」
誰かが笑う。
「むしろ、最高だろ」
冒険者たちは、次々と闇の中へ足を踏み入れていく。
仕事を奪われたのではない。
仕事を“更新”されたのだ。
そして誰もが、同じことを思っていた。
――これが、ルミナス王国の“特産物”。
世界は、また一つ。
後戻りできない形で、動き出していた。
※ここまで読んでくださってありがとうございます。
もし続きが気になりましたら、
ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




