第30話_噂は想像よりも早く広がる。尾ヒレを添えて。
冒険者ギルドの掲示板を前にして、
男は腕を組んだまま首を傾げていた。
「……最近、魔物退治の依頼、減ってないか?」
中堅どころの冒険者。
この街で十年以上飯を食ってきた男だ。
「ああ、あの“ルミナス方面”の話か」
隣にいた別の冒険者が、気だるげに答える。
「森越えの護衛も、掃討依頼も、ほとんど消えたな」
「街道が安全になったってよ」
「は?」
男は眉をひそめる。
「安全って……あの辺、魔物の巣だらけだっただろ」
「だった、な」
苦笑が返ってくる。
「でも、もう違うらしいぞ」
「道が通って、管理されてる」
掲示板を見渡せば、確かに依頼の種類が変わっていた。
討伐より、採取。
護衛より、短距離の運搬。
「……仕事、奪われてないか? 俺たち」
誰かがぽつりと呟く。
「奪われたっていうか……」
「必要なくなった、だな」
魔物は出ない。
出ても、襲ってこない。
縄張りに入らなければ、無視される。
そんな噂が、もう珍しくもなくなっていた。
「全部退治されたって話も聞いたぞ」
「いや、従わせてるらしい」
「どっちにしても、普通じゃねぇ」
冒険者の仕事は、危険があるから成り立つ。
危険が消えれば、役目も消える。
「……もう、ここじゃ稼げねえな」
誰も反論しなかった。
――――――
一方で。
街道沿いの簡易宿。
商人たちの間では、まったく違う熱が広がっていた。
「三日だ」
酒杯を置きながら、行商人が言う。
「ここからリュシュートまで、三日で着いた」
「護衛は?」
「いらなかった」
どよめきが起きる。
「魔物は?」
「見かけた、遠目にな。けど、近づいてこなかったな」
道は整備され、見通しもいい。
休憩所には簡易の見張りが立ち、
通行税は破格で、余計な請求もない。
「……冗談みたいな話だ」
別の商人が、半ば呆然と呟く。
「運送費が護衛費も含めると半分以下だぞ」
「時間も短い」
「損する要素が見当たらない」
「それが全部、ルミナス王国の管理だって?」
「ああ」
誰かが、声を潜めた。
「しかもな……」
「ルミナスとリュシュートを繋ぐために作られた道だそうだが、
途中の関係ない街から通ろうとする俺らみたいな連中に対しては、
脅しも圧力もなかった」
「ただ“使っていい”ってだけだ」
沈黙が落ちる。
商人にとって、
“安全で、安くて、早い”道ほど魅力的なものはない。
「……だが、ここまでやって、あそこが黙ってるはずないよな」
誰かがそう言った。
「あぁ確実に動くだろうよ」
――――――
数日後。
大陸中央、商業国家ハルディア王国。
その中心部に本拠を構える、巨大な商会。
グラント商会。
利益のためなら、合法も非合法も問わない。
潰せるなら潰し、取り込めるなら取り込む。
それが、この商会の流儀だった。
「ルミナス王国か……」
応接室で、男が書類をめくる。
「道を完成させ、魔物を制圧し、
今度は流通網まで牛耳ろうとしている?」
「ええ。すでに商人が集まり始めています」
報告役が淡々と答える。
「採算は?」
「……非常に良いかと」
男は、にやりと笑った。
「儲かる匂いがするな」
「ですが……相手は、かなりの力を持っています」
「力?」
肩をすくめる。
「力があるからこそ、商売になる」
グラント商会は、常にそうだった。
「視察団を出せ」
「条件次第では、独占も狙う」
「もし、拒まれた場合は?」
男は、しばらく考えるふりをしてから言った。
「その時は――」
「別の“手段”を考えるだけだ」
穏やかな口調だった。
だが、その目は、冷えている。
世界は、確実に動き始めていた。
噂は、剣より早く広がる。
そして、金は――
噂よりも、ずっと容赦がない。
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