第3話_統治者の訪問
白い羽根が、ひらりと落ちてきた。
霧の向こう、木の上。
そこにいたのは、翼を持つ影だった。
人の形をしている。背丈は大人くらい。
背に生えた翼は真っ白じゃない。月明かりを受けて銀灰に見える、長い羽根。
月明りで顔は……よく見えない。
霧が薄い膜みたいにまとわりついて、輪郭だけが浮かぶ。
(あー、これ絶対ただの鳥じゃないやつだ)
俺は地面に縫い付けたままの白面のマカクたちを開放した。
「今度からは悪さするんじゃないぞ~」
笑顔で手を振っている俺には目も向けず、白面のマカクたちは我先にと
散っていった。よほどこの場にいるのが怖かったんだろう。
木の上の影が、静かに口を開いた。
「……人間の子が、なぜこんなところにいる」
声は落ち着いていて、妙に澄んでいる。
男とも女ともつかない。年齢も分からない。
(もしかしていま喋った?)
俺は軽く手を振った。
「お、会話できる系? 助かる。いま俺、話相手が欲しかったんだよね」
影の翼が、わずかに震えた。
「その口ぶり……そなた、我を恐れていないのか」
「うーん……全然だけど。
それよりさ、ずっと1人だったから喋る相手もいなくて退屈してたんだよ」
俺が言うと、影は一瞬だけ黙った。
次いで、必死に逃げていく白面のマカクたちに目をやる。
「群れを成すことでしか生きていけない雑魚とはいえ、
こやつらに従属の刻印まで刻み従えるとは」
「そう、これ便利なんだよね」
俺は適当に返したが、視線が鋭くなったのが分かった。
俺を見定めている。敵か、災厄か、あるいは――森の異物か。
「問う。そなたは何者だ」
(あ、来た。名乗れってやつ)
俺は胸を張ろうとして、気付いた。
(……そういえば俺、名前ないんだった)
ステータスには"【名前】未定"の文字。
ずっと気にはなってたけど、今までそれどころじゃなかった。
(名乗れって言われても困るんだが。名前ありませんとか言ったら怪しまれるよな)
だから、とりあえず誤魔化す。
「ただの旅人だよ。道に迷ってさ。俺なんか名乗るほどでもないさ…」
「……ほぅ」
おれの何気ない言葉に影が興味を持ったように返した。
「ここは、三大秘境の一つである禁域の森。
人間の住む地からは少なくとも馬で半年はかかる。
人間のそなたが手ぶらで、うろうろして良い場所ではないのだよ」
(あこれ、やらかしっちゃった?)
影の警戒がさらに強まったような気がした。
「…まぁ、俺の詮索はこれくらいにしてもらって、
お前は? 森の偉い人なの?名前は?」
俺が軽く聞くと、影は大きな翼を広げ、木の上からふわりと降りてきた。
足が地面に触れる直前、霧が流れて音を吸う。
着地しても足音がしない。
服は黒い外套みたいなもの。首元に細い銀鎖が揺れている。
そして顔。
綺麗だ。
整いすぎていて、逆に人間っぽくない。
瞳は淡い金で、月明かりの色に似ている。
(はい待ってました。こういうのを!神様ありがとう)
「我はここら一帯を統治する存在だ。」
「精霊の王をしているが、我らは人間のように固有の名は持たぬ」
"影"もとい"精霊"は落ち着いた表情で答えた。
「え、名がない同盟じゃん。仲良くしようぜ」
俺が言うと、影の眉が微妙に動いた。
たぶん、冗談だと分かっていない。
精霊は俺をじっと見たまま、淡々と言った。
「この森は禁域。人が踏み入れば、命はない」
「うん、さっきSランクの狼くんも挨拶に来たところだったよ」
「……ルビーアイ・フェンリルはここら一帯の番犬だ。
倒したなら、我はそなたを“脅威”と見なすしかない」
(やっぱそうなっちゃうよな、俺紳士だから女性には手を出したくないんだけど…)
「まぁいいよ、俺もこの森を味方にする予定だから」
影の瞳が細くなる。
「……味方にする?」
「"支配する"…の方が近いかな。ここのみんなを。」
俺がさらっと言うと、空気が一段冷えた。
霧が少し濃くなり、周囲の木々がざわりと揺れる。
影の背の翼が、わずかに開いた。
「禁域の種族を全て従えるなど……できるはずがない」
「できるよ。俺、負けないし」
「……傲慢だ」
「傲慢じゃなくて、事実」
言い合いになりそうだったので、俺は話題を変えた。
「てかさ、この森のこと教えてよ。
魔物にもランクがあるみたいだけど奥に行ったらもっと強いのがいっぱい
いる感じ?」
影は少しだけ黙ってから、淡々と答えた。
「ここら浅層には群れ種が多い。中層からは私を含めた3つの領主が支配し、
深層には王がいる」
(王ね。いきなり王のとこまで行っちゃうか?)
「領主って、強いやつ?」
「強さだけではない。種族を束ね、縄張りを保ち、禁域を守る者だ」
「守る、ねぇ」
(誰から守ってるんだ? 人間? それとも外の何か?)
そこまで考えて、俺は精霊を見た。
「お前、ここら一帯を見張ってるって言ったよな。
じゃあ俺みたいなのが来たら、普通はどうするの?」
「排除する」
即答だった。
(うん、やっぱそうだよね)
「じゃあ、なんで今すぐ排除しないの?」
俺が笑って聞くと、影の瞳が揺れた。
答えは一つしかない。
「……できぬと判断したからだ」
「素直でよろしい」
(この子は賢い。平然を装ってはいるが内心怯えているのだろう)
「……してそなたは、ここに来て何をするつもりなんだ?」
「俺さぁここら辺に拠点作る予定なんだ。」
「拠点……?」
「うん。俺のんびりできるところ探しててさ。」
「俺まだ赤子だから、ゆっくり寝たいし。お風呂も良いなぁ」
精霊が理解できないものを見るような目をした。
禁域で暮らす発想がそもそもないのだろう。
「はぁ…ひとまずこの森に害をもたらす存在では無いと思って良いのか?」
「うん、そう思ってもらって大丈夫だよ」
精霊は安心した表情を見せた。
「ただ……俺ののんびりライフを邪魔をするやつには容赦しなけどね」
俺が笑ってそういうと、精霊は覚悟を決めたように話を切り出した。
「そなた――いや主様に我が忠誠を誓います。
ですので1つお願いを聞いていただけないだろうか…」




