第29話_王の一言で道は簡単に生まれるものなんです。え、だよね?
玉座の間を出て、応接用に整えられた一室へ移動した後。
セレフィアとその護衛たちは、ようやく肩の力を抜いていた。
――あの玉座の間で、剣を抜かずに済んだ。
それだけで、十分すぎる成果だ。
「さて」
軽く手を叩き、アルトが言った。
「大事な話はだいたい終わったし……あ、そうだ」
まるで思い出したかのような口調だった。
「リュシュートとの間の道を整備しとこうよ」
「……道、ですか?」
セレフィアは一瞬、聞き返した。
護衛たちも、言葉の意味を測りかねている。
「うん。公道」
アルトはあっさり頷く。
「冒険者も商人も行き来しやすい方がいいでしょ。
人と物が動けば、勝手に国は豊かになるし」
(……それを“勝手に”で済ませますか)
セレフィアは内心で息を呑んだ。
リュシュート王国とルミナス王国の距離は、決して短くない。
山を越え、森を抜け、魔物の出没地帯を横断する必要がある。
(どれだけの労力と金がかかると……)
「費用とか管理は、全部ルミナスで持つよ」
追い打ちのような一言。
護衛の一人が、反射的に目を見開いた。
だが、声には出さない。
(……本気、なのか)
「もちろん、リュシュート側に無理はさせない。
通行の規則とかは、後で詰めよう」
アルトは、あくまで軽い。
善意……ではある。だが、それだけではない
セレフィアをすぐに理解した。
これは施しではない。
流通を押さえ、影響圏を作る――
極めて現実的な国家運営だ。
「クロウ」
アルトは、隣に控える側近へ視線を向けた。
「どれくらいでいけそう?」
「三日程いただければと」
間髪入れず、クロウが答えた。
確認でも、相談でもない。
それが“当然”であるかのような声音。
(……三日?)
リュシュート側の兵士たちは、内心で凍りついた。
距離、地形、治安、魔物。
すべてを考慮すれば、数か月、下手をすれば数年がかりが相場だ。
(三日で道を通す……?
いや、そもそも“整備”とは何をするつもりだ……)
だが、誰も口には出さない。
出せる空気ではなかった。
「りょーかい、ありがとう」
アルトは満足そうに頷き、
「それとさ」
と、続ける。
「特産物になりそうなのも、いくつかピックアップして進めといて」
「承知しました」
クロウは即答した。
食料。
素材。
魔物由来の加工品。
あるいは、ルミナス独自の魔導技術。
(道を通し、物を流す……)
(この王は、戦争をせずに国力を広げる)
セレフィアは、改めてその手腕に息を呑んだ。
「……感謝いたします、アルト王」
「ん? ああ、気にしないで」
アルトは笑う。
「その方が、みんな楽だからさ」
その一言が、やけに重く響いた。
――――――
場面は変わる。
大陸中央部。
複数の交易路を押さえる商業国家、ハルディア王国。
白壁の会議室で、数名の貴族と官僚が顔を揃えていた。
「何を考えているんだ、あの小娘は」
一人が、吐き捨てるように言う。
「魔物と共存しているなどという国と、国交を結ぶとは」
「リュシュートの女王も、随分と甘くなったものだ」
ハルディア王国は、金と情報で成り立つ国だ。
武力よりも、流通と契約を重んじる。
だからこそ――
最近の“動き”が、気に食わない。
「ルミナス王国……」
別の男が、書類に目を落とす。
「急に現れ、要塞を築き、街を整え、
今度は“道”だと?」
「目立ちすぎだ」
誰かが、小さく笑った。
「……一度、探りを入れてみるか」
その言葉に、部屋の空気がわずかに揺れる。
まだ、誰も知らない。
その“探り”が、
どれほど厄介な相手に向けられることになるのかを。
世界は、静かにざわめき始めていた。
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