第27話_恐怖の門を抜けた先、王様....軽すぎませんか?
ルミナス大要塞、玉座の間。
重厚な石と黒曜の装飾に囲まれた空間は、確かに「王の間」と呼ぶに相応しい威厳を備えていた。
だが、不思議と息苦しさはない。
その理由を、セレフィアはすぐに理解することになる。
「――どうぞ、そのままで」
玉座の前。
そこに立っていたのは、一人の少年だった。
黒を基調とした衣装。
豪奢ではないが、無駄のない仕立て。
背は低く、年の頃は――どう見積もっても十歳に満たない。
「わざわざ跪く必要はないよ。今日は“話をしに来たお客さん”なんだから」
その言葉に、セレフィアの護衛たちが一瞬だけ息を詰める。
(……王?)
困惑は、無理もない。
彼らが想像していた「世界を震撼させた王」と、あまりにも違う。
だが、セレフィアは視線を逸らさなかった。
「では、失礼します」
彼女はあくまで自然に応じ、椅子へと腰を下ろす。
その際――
護衛全員が、帯刀したままであることに気づいた。
本来ならあり得ない。
玉座の間では、武器は預けるのが常識だ。
(試されている……?)
そう思った瞬間、少年――アルトが軽く首を傾げた。
「なにか気になる?」
「……正直に言えば、少し」
セレフィアは率直に答えた。
「帯刀を許されるとは思っていませんでした」
「ああ、それね」
アルトはあっさりと笑う。
「全然問題ないよ」
その言葉に、護衛の一人が反射的に身構えた。
だが、アルトは気にする様子もない。
「変な気を起こす人が仮にいたとしても――」
視線を、さりげなく玉座の間の端へ向ける。
そこには、静かに控えるクロウとヴァルカス。
そして、動かぬ三体のアンデット騎士。
「うちの配下が、確実に対処してくれるから」
淡々とした口調。
誇示も、挑発もない。
ただの事実として語られた言葉に、
護衛たちは背筋に冷たいものを走らせた。
(……この少年、全て理解して言っている)
セレフィアは、その反応を見て小さく息を吐いた。
「なるほど。
それは確かに、問題ありませんね」
アルトは少し驚いた顔をしてから、笑った。
「理解が早くて助かるよ。さすが賢王」
「その呼び方は、少し照れますね」
そう返しながらも、セレフィアの内心は穏やかではなかった。
(この余裕……)
恐怖を与える演出を否定しない。
だが、それに依存していない。
――強者だ。
「改めて名乗るよ」
アルトは玉座から半歩前に出る。
「ルミナス王国の王、アルト。
今日は来てくれてありがとう」
敬語は使わない。
だが、見下した様子もない。
対等に、向き合う姿勢。
「こちらこそ、歓迎いただきありがとうございます」
セレフィアも、微笑みを返す。
「私はリュシュート王国女王、セレフィアです。
……率直に一つ申しても?」
「もちろん」
「思っていたより、ずっとお若いのですね」
護衛たちが、思わず息を呑む。
だがアルトは、むしろ楽しそうに笑った。
「よく言われるよ。
初対面の人は、だいたい同じ反応する」
「失礼かとは思いましたが」
「いいって。事実だし」
軽い。
あまりにも軽い。
(……だが)
セレフィアは、先ほど街で見た光景を思い出す。
整えられた街並み。
活気ある住人。
怯えのない表情。
(これを作ったのが、この少年?)
「もう一つ、聞いても?」
「どうぞどうぞ」
「――この国を、どうしたいのですか」
直球だった。
恐怖で縛るのか。
理想で塗り固めるのか。
それとも、ただの力の誇示か。
アルトは、少し考えてから答えた。
「どうしたい、って言われると難しいな」
「難しい?」
「うん。
でも、“こうなってほしい”はある」
そう言って、玉座の間の外――街の方向を見る。
「ここに住む人たちが、
明日の心配をせずに眠れること」
「それだけ?」
「それだけ」
即答だった。
「それを壊そうとするなら、全力で止める。
やり合いたいのなら、拒まない」
「民を力で従わせる気はない、と?」
「ないね」
アルトは肩をすくめる。
「面倒だし」
護衛たちが、今度こそ言葉を失った。
(面倒……?)
だが、セレフィアは違った。
(違う)
(この王は、“力で従わせる必要がない”)
だからこそ、軽い。
だからこそ、余裕がある。
「配下を、とても信頼しているのですね」
「してるよ。
僕より優秀な人ばっかりだしね」
何の躊躇もない。
「みんながそれぞれの役割を果たしてる」
「僕は、最後に“いいね”って言う係」
それを聞いた瞬間。
セレフィアの中で、何かがはっきりと形を持った。
(……王の器だ)
すべてを抱え込まない。
だが、逃げてもいない。
信頼を手放さず、
責任だけを手元に残している。
「……羨ましいですね」
思わず、そう口にしていた。
「え?」
「その在り方が、です」
セレフィアは、まっすぐにアルトを見る。
「他国では、なかなか実現できません。
“自由と安寧”を、同時に成立させることは」
アルトは少し照れたように頬を掻いた。
「そう言ってもらえると、嬉しいな」
一拍、間を置いて。
「私は、ルミナス王国と友好関係を築きたいと思っております」
セレフィアは、はっきりと告げた。
「僕も、そのつもりだった」
即答だった。
条件も、脅しもない。
ただ、同じ目線での言葉。
その瞬間、セレフィアは確信する。
(この王は、世界と戦うつもりはない)
(世界と、並んで歩くつもりなのだ)
賢王セレフィア・リュシュートは、
この日、初めて“安心できる隣国”を見つけた。
そしてアルトは、内心で小さく思う。
(……話が通じる人でよかった)
こうして。
恐怖でも、契約でもない。
ただの会話から始まる友好関係が、確かに芽吹いた。
世界はまだ、この出会いの意味を知らない。
だが――
この二人が並び立つ未来が、静かに形を取り始めていた。
※ここまで読んでくださってありがとうございます。
もし続きが気になりましたら、
ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!




