第26話_賢王は、恐怖の門をくぐる
ルミナス王国北門。
かつては禁域の森と呼ばれていたその場所に、
今は堂々たる街道と、白と黒を基調とした門が築かれている。
そこへ――
一行が姿を現した。
絹のように滑らかで、淡く輝く白銀の髪を、風に揺らしながら先頭を進む一人の女性。
簡素ながら品格を失わぬ外套、その背筋は真っ直ぐで、視線は高い。
リュシュート王国女王。
賢王と名高い、セレフィア・リュシュート。
その背後には、王国が誇る精鋭部隊。
数は多くないが、全員が鍛え抜かれた兵であることが一目で分かる。
――だが。
門の前で待ち受けていた光景に、
その兵たちの足が、わずかに止まった。
黒衣の参謀、クロウ。
赤黒き鎧を纏う軍統括、ヴァルカス。
そして――
その背後に、三体。
三メートル級の巨体。
全身を黒い騎士鎧に包み、顔の奥には虚ろな闇が覗く。
死の象徴。
否、死そのものが形を成したかのような――
アンデットの騎士たち。
圧が、違う。
空気が重く、冷たい。
護衛兵の中から、誰かが息を呑む音がした。
剣に手を掛けかけ、慌てて制止される者もいる。
(……これが、歓迎?)
恐怖を覚えぬ者などいない。
だが。
「――失礼いたします」
その中で、ただ一人。
セレフィアだけは、歩みを止めなかった。
表情は平然。
視線は揺れず、アンデットにも、ヴァルカスにも、同等に向けられている。
クロウが一歩前へ出て、丁寧に一礼した。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。
ルミナス王国参謀、クロウでございます」
続いてヴァルカスが、胸に手を当てて頭を下げる。
「同じく、軍統括を務めております、ヴァルカス。
どうぞ、ご安心を。
この場は我が王の大事な客人を迎えるものです」
その声は低く重いが、敵意は一切なかった。
セレフィアは、その二人を静かに見つめ――
ふっと、わずかに微笑んだ。
「噂以上ですね。
恐怖と理性が、きちんと両立している」
その言葉に、護衛兵たちが目を見開く。
クロウは一瞬だけ目を細め、すぐに微笑を返した。
「恐れ入ります。
それでは、我が王の待つ大要塞まで、ご案内いたします」
一行は、門をくぐる。
その先に広がっていたのは――
想像を超える光景だった。
整然と区画された街並み。
商業区では人と獣人が行き交い、
農業区では緑が風に揺れ、
工房からは金属音と笑い声が漏れる。
舗装された道。
魔導街灯。
上下水路。
どこにも、無理や歪みがない。
「……」
護衛兵の一人が、思わず呟く。
「本当に……禁域だった場所なのか……?」
セレフィアは、街を行き交う住人たちの表情に目を留めていた。
怯えはない。
強制もない。
そこにあるのは、生活そのものだ。
「力で押さえつけた国では、こうはなりません」
彼女は、誰にともなく言った。
「これはまるで……“自由と安寧”を体現している国ですね」
クロウは、静かに頷く。
「我が王は、その点を最も重視されております」
遠く、視線の先。
街の中央にそびえるのは――
城ではない。
地下へ、そして上へと連なる、異形の巨構造物。
ルミナス大要塞。
威圧感。
存在感。
だが、不思議と“拒絶”はない。
むしろ――
守られている、という感覚。
セレフィアは、その姿を見上げながら、確信する。
(この国は、偶然ではない)
(恐怖の演出も、街の整備も……すべて計算されている)
そして同時に、
そのすべてを統べる“王”に、強い興味を抱いた。
――どんな人物なのか。
クロウが、歩みを止める。
「まもなくです。
我が王が、お待ちしております」
賢王セレフィアは、ゆっくりと頷いた。
恐怖の門をくぐり、
賑やかな街を抜け、
いよいよ――
世界を変えた王と、
初めて顔を合わせる時が来た。
その表情に、怯えはない。
あるのは、
自分自身の目で見定めるという、静かな覚悟だけだった。
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