第24話_いやそれはさすがに、急に昇格しすぎではありませんか?
レインブルクの朝は、どこか落ち着かない。
市場の呼び声はいつも通りなのに、
人々の視線は頻繁にローディア森林の方角へ向けられている。
「本当にゴブリンが出なくなったらしいぞ」
「森が静かすぎて逆に怖いって話だ」
「王級が倒されたって噂、やっぱ本当だったのか……?」
噂は、もう隠しようがないところまで広がっていた。
(……まあ、そうなるよな)
俺は人混みを抜け、冒険者ギルドへ向かう。
今日ここに来た目的は、ただ一つ。
依頼完了の正式報告と――
「しばらく街を離れる」という連絡だ。
冒険者としての区切り。
それを付けに来ただけ……のはずだった。
ギルドに入ると、いつもより視線が集まる。
不思議と、好奇の目ではない。
探るような、測るような視線。
(……あれ?)
受付に目を向けると、
あの受付嬢が、書類を抱えたままこちらを見ていた。
そして――明らかにいつもと様子が違う。
「アルト様!」
声が、少し弾んでいる。
「少々……いえ、かなりお時間よろしいでしょうか」
「え? はいわかりました……」
奥の応接用スペースに通され、
腰を下ろした瞬間、彼女は深く一礼した。
「まずは――ローディア森林の件、
街を代表してお礼を申し上げます」
「いえ、依頼を受けただけなので」
「それでもです」
彼女は、真剣な表情で続ける。
「ゴブリンエンペラーの討伐により、
ローディア森林で拡大しつつあった被害は、
これ以上広がることなく食い止められました」
被害は、確かに出ていた。
行方不明者、怪我人、壊された倉庫。
だが――
“それ以上の被害”を防いだ。
その事実が、街にとってどれほど重いかは、
わざわざ説明されなくても分かる。
「そして……本題です」
彼女は、一枚の正式書類を差し出した。
赤い封蝋。
冒険者ギルド本部の印。
「アルト様は、
本部判断により――」
一拍置いて、告げられる。
「Aランク冒険者へ、特例昇格となりました」
……一瞬、言葉が出なかった。
「え?」
「Aランク、です」
彼女は、はっきりと頷く。
「通常、Aランクへの昇格には、
長年の実績、複数の高難度依頼、
そして厳格な審査が必要です」
それを前置きしたうえで、
「ですが今回――
“王級魔物の単独討伐”という前例のない功績により、
試験・測定をすべて省略した、異例中の異例の昇格となりました」
(……そりゃそうか)
Fランクから、いきなりAランク。
普通なら、笑い話にもならない。
周囲がざわつく理由も、ようやく理解できた。
「Aランクになると、
いくつかの特典が発生します」
彼女は、淡々と説明を続ける。
素材買い取り額は通常の一・五倍。
ギルド提携の宿屋や食堂は、原則無料。
街を跨いだ依頼の受注制限も、ほぼ無くなる。
……正直、生活面はかなり楽になる。
「また、指名依頼や、
国家・貴族関連の案件への優先参加権も――」
「……あ、それはいらないです」
思わず、即答してしまった。
受付嬢は、一瞬きょとんとした顔をしたが、
すぐに小さく笑った。
「そう仰ると思いました」
正直なところ、
面倒くさい、が本音だ。
政治。
権力。
責任。
そういうものから距離を置きたくて、
冒険者になったのだから。
「でも……」
俺は、少し考えてから続ける。
「ランクが上がったことで、
この世界を“見て回る”のは、かなり楽になりそうですね」
それは、嘘じゃない。
街を越え、国を越え、
人と文化と価値観を見る。
最初の目的は、確実に果たしやすくなった。
「……ですので」
俺は、冒険者証を見下ろしながら、静かに言う。
「街を出るのは、一旦保留にします」
受付嬢が、ほっとしたように息を吐いた。
「ただ――」
冒険者証を、胸元にしまう。
「今は、一区切りです」
Aランク昇格。
ゴブリンエンペラー討伐。
これ以上ない、節目。
(……やっぱり、俺には戻る場所がある)
冒険者としての“外の世界”。
王としての“内の世界”。
その両方を行き来できる立場になった。
それだけで、十分だ。
――その日の夕方。
誰にも告げず、
俺は静かに転移魔法を使った。
視界が反転し、
見慣れた光景が戻る。
ルミナス大要塞。
玉座の間。
「おかえりなさい、アルト様」
フィオナの声。
「……ただいま」
クロウが、微笑みながら言う。
「もうAランク、ですか。
ずいぶん派手な冒険者活動だったんですね」
「縛りプレイしてたんだけどなぁ」
軽口を叩きながら、
俺は玉座に腰を下ろした。
冒険者アルトは、一区切り。
だが――終わりじゃない。
ギルド本部は、
“アルト”という名を覚えた。
王級魔物を誘導していた“何者か”の存在も、
確かに残った。
神雷を見た者もいる。
噂は、やがて形を持つ。
「……さて」
俺は、少しだけ笑う。
「冒険者の次は、また国の方かな」
冒険者として得た“視点”を携えて。
ルミナス王国の王は、
再び表舞台へ戻る。
――好き放題やる。
その意味は、
また一段、深くなった。
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