第20話_ローディア森林は、静かすぎた。
ローディア森林は、想像していたよりも開けていた。
木々の間隔は広く、下草も短い。
街道からそれほど離れていないため、
定期的に冒険者や猟師が入っているのだろう。
「……確かに、初心者向けって感じだな」
俺は小さく呟きながら、森の中を進んでいく。
足元の土は踏み固められ、
獣道とも街道とも言えない中途半端な道が続いている。
(この感じだと、普通は――)
ゴブリンが一、二体。
運が悪くて五体ほど。
それが、この森の“相場”のはずだ。
耳に魔力を集める。
風の音。
木々の擦れる音。
遠くで鳥が羽ばたく音。
……強力な魔物の気配は、近くには無い。
「……ん?」
だが、違和感はあった。
臭いだ。
湿った土と、森の匂いに混じって、
微かに鼻を刺す――鉄臭さ。
(血の匂い?)
しかも、新しい。
獣が狩られたというより、
何かが集団で動いた跡に近い。
俺は歩調を落とし、視線を巡らせる。
倒れた低木。
折れた枝。
無秩序に踏み荒らされた地面。
(数が多い……)
その時。
――ガサリ。
右前方、茂みが揺れた。
「……来たか」
最初に姿を現したのは、ゴブリンだった。
小柄で、痩せた体。
錆びた短剣を握り、
ぎょろりとした目でこちらを見ている。
一体だけではない。
左右、背後。
合計、六体。
「……多いな」
だが、まだ想定内だ。
俺は腰を落とし、構えを取る。
剣は使わない。
今回は、動きの確認だ。
一体目が、奇声を上げて突っ込んでくる。
遅い。
踏み込み、体を半身にずらし、
肘を叩き込む。
鈍い音。
ゴブリンが地面に転がる。
二体目、三体目。
連携……は、ない。
だが――
「……?」
違和感。
後方の二体が、
距離を取って動かない。
逃げない。
突っ込まない。
待っている。
(指示?)
四体目を倒した瞬間。
――笛の音。
短く、鋭い。
次の瞬間、
奥の茂みから新たな影が現れた。
「……装備が違うな」
体格が一回り大きい。
革鎧。
槍。
動きも、明らかに“兵士寄り”だ。
(ゴブリン兵……いや)
俺は目を細める。
「兵長クラス、か」
通常、こんな場所に出る個体じゃない。
しかも――
そいつは、俺を見て笑った。
知性のある笑み。
(……おかしい)
兵長が槍を振るう。
直線的だが、力はある。
俺は受けず、
足を払って転ばせ、
首元に掌底。
一瞬で意識を刈り取る。
周囲が、静まり返った。
残っていたゴブリンたちは、
一斉に森の奥へと逃げ出す。
「……逃がした、か」
だが、追わない。
理由は一つ。
逃げ方が、綺麗すぎる。
(統率されてる)
俺は周囲を見回す。
戦闘時間は、数分にも満たない。
それなのに――
森が、妙に静かだ。
鳥が鳴かない。
虫の音が消えている。
まるで、
何かを警戒しているように。
(この森、何かいるな)
ゴブリン討伐。
それ自体は、もう達成している。
だが、依頼内容と、
実際の状況が噛み合っていない。
(数が多い)
(階級個体がいる)
(統率されている)
そして何より――
(“奥に集めてる”)
俺は、森のさらに深部を見る。
ローディア森林は広くない。
にもかかわらず、
この地点まで、
“本命”が出てきていない。
「……なるほど」
嫌な予感が、確信に変わりつつあった。
これは偶然じゃない。
誰かが――
意図的にゴブリンを集めている。
俺は一度、踵を返した。
「今日は、ここまでだな」
無理に踏み込む理由はない。
Fランク冒険者としては、
すでに十分すぎる成果だ。
だが。
森を出る直前、
背後から――
視線を感じた。
振り返る。
当然、何もいない。
だが、確かに。
“見られていた”。
(……王、ね)
あの兵長ゴブリンの目。
あれは――
下位が、上位を見る目だった。
ローディア森林。
ここはもう、
ただの初心者向け狩場じゃない。
そう確信しながら、
俺は街への帰路についた。
この森の“本当の顔”を見るのは、
次の依頼になりそうだ。
――底辺冒険者、アルトとして。




