第19話_底辺冒険者、アルトと申します。
ルミナス王国から南東。
山脈をひとつ越え、街道を三日ほど進んだ先に、
石造りの城壁に囲まれた都市が姿を現した。
交易都市レインブルク。
周囲を三つの街道が結び、
商人、職人、冒険者が行き交うこの街は、
大陸南部における中継拠点として知られている。
人口はおよそ二万五千。
城壁は高くはないが厚く、
街の中心には領主館と大きな冒険者ギルドが構えられている。
「……なるほど」
俺は街門の前で足を止め、素直に感心した。
ルミナス王国の森とは、あまりにも違う。
石畳。
活気ある呼び声。
武器屋の金属音。
香辛料と焼き肉の匂い。
――世界は、ちゃんと“人の営み”で回っている。
(こういうのを見に来たかったんだよ)
一応アルトは一国の王なのだがフードや仮面で顔を隠すようなことはしていない。
そもそもこの世界で“アルト”の顔を知る者はほとんどいない。
今の俺はただの旅人だ。
少し街を散策した後、
自然な流れで目的地へ向かう。
冒険者ギルド。
二階建ての石造りの建物で、
一階は酒場を兼ねているらしく、昼間から賑わっていた。
扉を開けると、
視線が一瞬だけ集まる。
……理由は分かっている。
子供だからだ。
七歳ほどの見た目で、
重装備も背負っていない。
だが、それも一瞬。
冒険者というのは、
他人に無関心であることに慣れている。
俺はそのまま受付へ向かった。
「こんにちは。冒険者登録をお願いしたいのですが」
受付に立っていたのは、
落ち着いた雰囲気の女性だった。
年は二十代半ばだろうか。
淡い栗色の髪をまとめ、
清潔感のある制服をきちんと着こなしている。
「いらっしゃいませ。
当ギルドへのご登録ですね」
声も、態度も、柔らかい。
「はい」
「かしこまりました。
お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「アルトです」
偽名ではないが、
今はそれで十分だ。
「アルト様ですね。
失礼ですが、ご年齢は……」
「七歳です」
一瞬、彼女の瞳が揺れた。
だが、すぐにプロの顔に戻る。
「……承知いたしました。
当ギルドでは年齢による登録制限は設けておりません」
(あぶねぇ、確かに年齢制限でギルド登録出来ませんっていうオチも
可能性としてはあったよな)
「ただ、初回登録の際には銀貨1枚を頂戴するようになっております……。
ご準備はありますでしょうか」
(いやアウトだ。)
「えーと……もちろんありますよ」
俺はポケットを漁るふりをする。
(どうするアルト、絶体絶命のピンチだぞ――
――いや待てよ)
「お姉さんすみません僕、田舎から出稼ぎに来ていて
村ではあまり通貨を使うことが無かったのでにあまり詳しく無いんです。
なので――銀貨を見せてもらえないですか?」
受付嬢はこんな小さい子が出稼ぎに……
と同情するような表情を一瞬見せたが顔を横に振り、いつもの表情に戻る。
「かしこまりました。
――はい、これが銀貨となります」
俺はその銀貨を目に焼き付け、再びポケットに手を入れ、脳内で唱える。
《創造:通貨》
するとアルトのポケットが少し膨らむ。
「ありがとうございます。それならここにあります」
俺は銀貨を一枚手に取り、受付嬢に渡す。
「はい、頂戴します」
受付嬢は銀貨を受け取り説明を始める。
「それでは――今回アルト様は、新規でFランク冒険者としての登録となります」
手続きは、拍子抜けするほどあっさりだった。
木製の冒険者証。
簡単な注意事項。
ギルドの利用規約。
「こちらが、アルト様の冒険者証です」
手渡された札は、驚くほど軽い。
「ありがとうございます」
「続きまして、冒険者証についての注意事項となります」
受付嬢からの説明の内容は以下だ。
1.冒険者証は紛失すると、再発行に再度銀貨1枚が必要となる。
2.各冒険者の討伐実績は自動でこの冒険者証に記録される。
3.冒険者証はギルドでのみ発行や更新が可能。
「ギルド外部で違法に冒険者証の発行や更新を行ったことが発覚すると、
地下で一生、労働奴隷として働くことになります。」
(それだけで一生労働奴隷って厳しすぎないか?)
「かなり重い処罰なのですね」
「冒険者ギルドは国家が運営する機関ですので、
依頼を受け、街を守護する冒険者との信用が大事になってきます。
例えばランクが上がると得られる特典がありますが、
ランクを詐称して利を得るような人間がいれば、
国家の信用が地に落ちてしまいます。」
(そういうことか)
「ですのでご存じだとは思いますが……
――"通貨の不正発行"――
と同じく、この国では死刑の次に重い罰となっております」
アルトは一瞬固まる。――かと思っていたが周囲も止まって見える。
俺の同様を感知し、無意識に《超思考》 が発動されたようだ。
だがすぐに時間が戻る……戻らないでくれ。
「はいはい、もちろんご存じでございますよ。
まったく、けしからん奴もいるもんですね。ははは……」
受付嬢は不思議そうな顔をしたが、気にせず次に移る。
「もしご不明な点がありましたら、いつでもお声がけくださいね」
その言葉には、
子供相手だからという色は一切なかった。
……好感が持てる。
鋭いのか、鈍いのかはよく分からないが……。
俺は軽く頭を下げ、
依頼掲示板へ向かった。
壁一面に貼られた依頼書。
護衛。
採取。
討伐。
危険度も報酬も、ピンからキリまでだ。
Fランク向けは、当然ながら地味だ。
「……ゴブリン討伐、か」
街の西。
ローディア森林。
レインブルクから徒歩で半日ほど。
街道に近く、初心者冒険者の実地訓練にも使われる森だ。
被害は軽微。
農村の倉庫荒らし。
行商人への小規模な襲撃。
討伐対象:ゴブリン数体。
(平和だな)
だが、だからこそいい。
初手から派手にやる必要はない。
「これにします」
受付に依頼書を持っていくと、
彼女は内容を確認し、穏やかに頷いた。
「ローディア森林ですね。
ゴブリンは単体では脅威ではありませんが、
数が増えると危険度が増します。ですので油断は禁物ですよ」
「はい。気をつけます」
「討伐記録ば冒険者証に記録されますので、
別途、依頼達成の証明を準備する必要はありませんが、
魔物の素材やドロップアイテムの買い取りもギルドで行っております。
そちらについてもご検討いただければと思います。
――ご無事をお祈りしています」
その最後の一言が、妙に俺の心に残った。
(次もここに並ぼう)
――こうして。
ルミナス王国の王は、
名も力も伏せたまま。
Fランク冒険者として、
最初の一歩を踏み出した。
この依頼が、
“ただのゴブリン狩り”では終わらないことを。
まだ、誰も知らない。




