第16話_北方の賢王国
――ルミナス王国の北方。
雪と針葉樹に囲まれた地に、
長い歴史を持つ小国が存在していた。
その名は――リュシュート王国。
大国ではない。
軍事力も、魔力も、帝国には遠く及ばない。
だがこの国には、
周辺諸国から一目置かれる理由があった。
「……なるほど」
玉座に座る女王は、報告書から目を離し、静かに息を吐いた。
銀に近い淡金の髪。
鋭さと柔らかさを併せ持つ瞳。
年若く見えるが、即位してすでに十年。
内政・外交ともに失策のない、賢王と名高い女王――
セレフィア・リュシュートである。
「ルグナリア帝国の派遣軍、壊滅。
武神を名乗る存在が前線に立ち、禁域の森で迎撃……」
側近の一人が、慎重に言葉を選びながら続ける。
「生存者は僅か。
帝国はすでに謝罪の使者を準備しているとのことです」
女王は、すぐには答えなかった。
しばし考え、やがて小さく微笑む。
「……帝国が頭を下げる、ですか」
それは恐怖でも嘲笑でもない。
純粋な理解の表情だった。
「禁域の森は、長らく“触れてはならない場所”でした。
ですが――」
彼女は、窓の外、雪原の向こうを見つめる。
「そこに、意思ある国家が生まれた。
それだけのことです」
側近が、少し驚いたように尋ねる。
「恐ろしくは、ないのですか?
神を従える王国など……」
「恐ろしい、でしょうね」
女王は頷いた。
「ですが、“恐ろしい”だけで敵と判断するのは、愚者のすることです」
そして、はっきりと言った。
「私は、この目で見てから決めます」
空気が、引き締まる。
「ルミナス王国が、
脅威なのか、
それとも――この国に幸運をもたらすものなのか」
側近たちは、沈黙した。
「帝国は、力で抑えつけようとした」
女王は、静かに続ける。
「結果、抑えつけられる側になった。
同じ過ちを、私たちは犯しません」
「では……調査団を出しますか?」
「いえ」
即答だった。
「調査団ではありません。
使者でもありません」
彼女は、微笑む。
「私がルミナス王国へ出向きます。
礼を尽くしたうえで…“見定める”ために」
側近は一瞬驚いた表情を見せたが、納得したように頷き深く頭を下げる。
「かしこまりました」
女王は、最後にこう付け加えた。
「もし――
あの国の王が、力に溺れていないのであれば」
その瞳に、かすかな期待が宿る。
「私たちは、良い隣人になれるでしょう」
――――
ルミナス王国。
禁域の森の奥で、
アルトは、まだそのことを知らない。
だが、確かに世界は変わり始めていた。
恐怖で膝をつく国もあれば、
理解しようと歩み寄る国もある。
帝国との因縁は、ここで終わり。
脅威は、十分に世界に知らしめられた。
あとは――
この国が、どう在るかだ。
そしてそれは、
王であるアルト自身が決めることだった。




