第15話_謝るくらいなら、最初からやらないことだね
帝国の玉座の間には、重苦しい沈黙が続いていた。
ルグナリア帝国皇帝は、玉座に深く腰を下ろしたまま、
膝元に跪く伝令を見下ろしている。
「……もう一度言え」
低く、抑えた声。
伝令の喉が鳴る。
「は……。
西方派遣軍、全軍――壊滅いたしました」
その言葉が、空間に染み込む。
「三万の正規軍、
五千の精鋭騎士団、
千の魔導師部隊――」
皇帝は、指先で玉座の肘掛けを叩いた。
「……全滅か?」
「生存者は、数名のみ。
現在、帝都へ帰還中とのことです」
沈黙。
重臣たちは、誰一人として口を開けない。
「禁域の森だぞ」
皇帝が、ぽつりと呟いた。
「神話と恐怖の森。
だが、あそこに国家など存在しなかったはずだ」
伝令は、震える声で続ける。
「……敵は、軍でした」
「ほう?」
「統率された軍勢。
魔物、悪魔、獣人――
その全てが、兵として動いていたとのことです」
「指揮官は?」
「……“武神”を名乗った存在が、前線に立っていたと」
その瞬間。
皇帝の表情が、初めて変わった。
「……武神、だと?」
「はい。
帝国軍はなすすべも無く壊滅させられたとのことです」
皇帝は、ゆっくりと立ち上がる。
「……神が、軍を率いていたというのか」
「そのようです…」
否定は、なかった。
「そして――」
伝令は、最後の一言を絞り出す。
「敵国の名は、“ルミナス王国”。
王の名は、アルトと」
玉座の間に、冷たい空気が流れた。
「……なるほど」
皇帝は、深く息を吐く。
「我々は、踏んではならぬ場所を踏んだようだな」
重臣の一人が、恐る恐る口を開く。
「陛下……今後は……」
「分かっている」
皇帝は、即座に言った。
「ルミナス王国には、手を出すな」
その言葉に、重臣たちがざわめく。
「帝国の威信が――」
「威信?」
皇帝は、冷笑した。
「軍を失ってなお、威信を語る愚か者は必要ない」
そして、告げる。
「使者を出せ。
戦争ではなく、“謝罪”の準備をしろ」
その判断に、誰も反論できなかった。
帝国は、この日を境に、
世界の“上”ではなく、“下”を知ったのだから。
――――
ルミナス大要塞。
最下層、玉座の間。
俺は、報告を聞いていた。
「帝国皇帝、謝罪の使者を準備中です」
クロウが、淡々と告げる。
「早いね」
「賢明な判断です。
滅びを避けるための、最低限の知恵でしょう」
ノクスが、腕を組む。
「……帝国が、頭を下げるとは」
「別に下げなくていいんだけどね」
俺は、肩をすくめた。
「ただ、分かってくれればそれでいい」
フィオナが、静かに俺を見る。
「何を、ですか?」
「この国に、手を出すなってこと」
単純だ。
「敵じゃなくていい。
味方じゃなくてもいい」
俺は、玉座に背を預ける。
「でも――害するなら、容赦しない」
クロウが、静かに微笑んだ。
「世界は、すでに理解し始めています」
「そうだね」
帝国は最初だった。
だが、最後ではない。
「次は、どこの国が動くかな」
その呟きに、誰も答えなかった。
だが、全員が理解している。
――世界は、もう後戻りできない。
禁域の森に生まれた王国は、
もはや“異端”ではない。
新たな基準だ。
そして、その玉座に座る少年は――
まだ、笑っていた。
「容赦しない、って言っただろ?」
その言葉は、
これから世界がルミナス王国の脅威を思い知る“予告”だった。




