第14話_これを戦争と呼ぶのですか?
「……撤退だ」
帝国軍の将は、掠れた声でそう命じた。
遅すぎる判断だった。
「撤退、だと……?」
副官が、信じられないものを見る目で将軍を見つめる。
「この状況で、ですか……?」
目の前には、武神ヴァルカス。
背後には、無数の魔物、悪魔、獣人の軍勢。
空も、地も、森の奥も――
すべてが、敵だ。
「進めば死ぬ」
「留まれば死ぬ」
「逃げ場は、ない」
将軍は、それを理解していた。
「……構わん」
歯を食いしばり、命じる。
「生き残れる者が一人でもいるなら、それでいい。
帝国軍は――撤退する!
そして、この情報をいち早く帝国へ持ち帰るのだ!」
その瞬間。
ヴァルカスが、ゆっくりと一歩、前へ出た。
ただ、それだけだった。
だが――
「――もう遅い」
低く、冷たい声。
次の瞬間、大地が砕けた。
衝撃波。
いや、意思そのものだ。
ヴァルカスが拳をただ握り込んだだけで、
前線にいた帝国兵数百が、まとめて吹き飛んだ。
悲鳴はない。
叫ぶ暇すら、与えられない。
「……っ!?」
将軍が、反射的に剣を抜く。
だが、その剣は――
砕け散った。
触れられたわけでもない。
ただ、ヴァルカスのオーラに触れただけだ。
「武とは、こういうものだ」
次の瞬間。
帝国軍の騎士団が突撃を試みる。
魔導師部隊が、渾身の魔法を放つ。
火球、雷撃、氷槍――
帝国が誇る大型魔法の数々。
しかし、それらは――
届かなかった。
ヴァルカスの前で、すべてが霧散する。
「な……」
「馬鹿な……」
「神なのか……」
その言葉を口にした者から、崩れ落ちていった。
背後。
突如として、影が蠢く。
気づいた時には、帝国軍の後方が――消えていた。
補給部隊。
魔導師の控え。
伝令部隊。
一切の音もなく、痕跡すら残らず。
「……何が、起きている」
誰も答えられない。
答えは、すでに“見えない場所”にいた。
影神ミュリエル。
帝国軍の動線、退路、連絡網。
すべては、戦闘開始前に“遮断”されている。
「……完了」
誰にも聞こえない声で、そう告げる。
――そして。
地上の軍勢が、動いた。
ルミナス軍。
命令は、たった一つ。
殲滅。
十万の軍勢が、一斉に踏み出す。
だが、それは“戦闘”ではなかった。
抵抗は、瞬時に押し潰される。
隊列は、意味を成さない。
勇気も、経験も、誇りも――無意味だった。
帝国軍三万。
そのほとんどが、
一刻と経たずに戦闘不能となる。
将軍は、膝をついていた。
「……陛下」
誰に向けた言葉かも、分からない。
その前に、ヴァルカスが立つ。
「問おう」
静かな声。
「貴様らは、ここに何をしに来た」
将軍は、震える唇で答えた。
「……制圧を……」
「違う」
ヴァルカスは、首を横に振る。
「貴様らは、主の大事な土地を“踏み荒らし”に来たのだ」
そして、告げる。
「それは、決して許されることでは無い」
と同時にヴァルカスの腕が振り下ろされる。
その衝撃は帝国の将だけではなく、
背後に控えていた約一万の兵もろとも衝撃波で跡形もなく消し去ってしまった。
その後は酷いものだった。
将を失い、統率が取れなくなった軍は使い物にならない。
地上では無数の魔物、悪魔、獣人の軍勢。
上空からは空を埋め尽くす程のワイバーンの群れ。
戦う意思を失った帝国軍では、総勢36,000が消滅するのに一刻もかからなかった。
――――
ルミナス大要塞、玉座の間。
映像が消え、静寂が戻る。
「……終わったね」
俺は、淡々とそう呟いた。
「帝国軍、壊滅です」
クロウが、事務的に報告する。
「生存者は、ごく僅か。
敢えて数名逃がすことで、
ドミナス王国の強大さを伝える役割を担っていただきます」
「うん。それでいい」
フィオナは、少しだけ表情を強張らせていた。
「……アルト様」
「大丈夫。これも必要なことだ」
俺は、玉座の背にもたれた。
「これで、世界は理解する」
俺の森、俺の国、そして俺の仲間達に害するものは"死"だ。
――――
その日。
帝国は、軍を失った。
だがそれ以上に――
世界の序列が、書き換えられた。
もう誰も、
禁域の森を“未知”とは呼ばない。
そこは――
神を従える王の国なのだから。




